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願いが叶うならば

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──ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ

 鎮まり返った屋敷で、ドアノブを回す音がする。恐怖から、身が竦みガタガタと震える身体。狂ったように激しく音を立てるドアノブ。それが、ピタッと止まったかと思うと……

──ドン!

 乱暴に何かがぶつかる音がした。

「セリーナ……待っていろ。こんなすぐに壊して、お前の傍に側にソバに……逝くから」

──ドン!ドン!ドン!

 ブツブツと呟くお義兄様の声。叩かれる扉に耳を塞ぎ頭を振る。ごめんなさいお義兄様……狂わせてしまってごめんなさい。 

──ドッ!ガッ!ガキィッン!

 鉄のぶつかる音!?えっ!嘘!ドアノブ事破壊する気だわ!
 このまま此処で蹲っていても助けは来ない。自分でなんとかしなきゃ。兎に角、扉から離れて……まっ窓辺へ……バルコニーから木を蔦って外へ……。
 恐怖で竦む足を引き摺り、窓へ手をかける。後方を確認する余裕なんてない。あと少し。外に……。窓を開けバルコニーに出た所で、絶句する。ああ……木を蔦うにも……こんな細い枝では、とても私の体重を支えられない。そんな……そんな……

──バキィ!ギッ……ギギ……

「……待たせたな。セリーナ」

 窓を開け、呆然とする私。背後からかけられる声に絶望を覚える。

「そんな所でをしている? 危ないからこっちにおいで」

 優しい声色でそう問いかけるお義兄様。差し伸べられた手からは、ボタボタと血が滴り落ちている。それは、細やかな装飾の施された絨毯を赤く染め上げて……

 月明かりの下、優しく微笑むお義兄様と流れ落ちる鮮血。その異様な光景が、絵になる程美しく歪で恐ろしい。

「セリーナ。最期だ……俺の手をとれ。お前の意思で、俺の元にくるなら、お前の心を尊重する。無理矢理暴く事も、お前の大切なモノにも手を出さない。俺には、普通の愛し方というのが……わからない……が、お前が望むなら、そう努力する。だからお願いだ……俺から逃げないで……お前まで、俺を……捨てないでくれ」

 雨の中捨てられた子犬のように……私を見つめ哀願するお義兄様。その様子が私にソレを想い出させる。

 ─あぁ……そうだった。お義兄様は、愛を知らない。愛し方を知らないのだ。



 遠縁にあたるお義兄様の家庭は、複雑だった。お義兄様の父親は、気紛れに若い女中に手をだす。女中……お義兄様の母は、当時恋人がいたが捨てられた。望まぬ関係を強いられたそのひとは、失意の中お義兄様を出産。精神的にも追い詰められ、無理も祟りお義兄様を残し彼女は亡くなった。そうして、本妻に疎まれながら過ごす幼少期。其処に彼の居場所なんてなかった。やがて、本妻が身篭り嫡男が生まれ……捨てられるようにヴィスコンティ家うちにきた。それが、レイズ・ヴィスコンティの

 ゲームの中での設定。過去持ちキャラ。ヒロインが寄り添う事で、愛を知っていくという為の設定かこがお義兄様を苦しめている。【愛し方を知らない】と張り裂けそうな声で訴えるお義兄様。【愛して欲しい】と縋るお義兄様。私は……私はそれを拒絶できるの?

 推しキャラだったのだ。前世の私の……お義兄様のその真っ直ぐで歪な愛は、底沼のように深く激しい事をは、知っていた。知っていたからこそ、怖くて仕方なかった。お義兄様に恋し、ヒロインに絆されていくお義兄様を見て、悪役令嬢になる私が怖かった。だから、お義兄様の全てを拒絶した。

「セリーナ……お前は、本当に俺の事が嫌いか? なんとも思っていない? 俺は、お前の為なら……お前が愛してくれるなら、なんでもするのに」

 お義兄様の手が、恐る恐る私の手をとる。その指先は微かに震えていて……冷たく凍えるその手は、温もりを求めるように私に触れる。ぬるりとぬめるお義兄様の手。前世の私なら……ヒロインなら、傷付いたお義兄様を抱きしめ、お義兄様を選ぶ。でも、それでも

「ごめんなさい」

 はらはらと涙が零れる。恐怖からでも懺悔からでもない。

「それでも……クラウスが好きなの」

 お義兄様を選んでも、今の私では、貴方を幸せにできない。私も貴方とでは幸せになれない。共依存。抜け出せない沼に堕ちていくだけ。同情で人を愛せない。私は薄情だから。私は嘘が下手だから。寄り添えばきっと、今以上にお義兄様を傷付けてしまう。だから、

「お義兄様は、家族よ。兄妹。親愛は持てても……異性として見る事は今までも、この先もありませんわ」

 そう、告げる。

 顔をあげ、お義兄様の瞳を見て、その言葉が、お義兄様を深く傷付けるとわかっていながら、

「だから私は、貴方の手は選ばない」
 
 ハッキリとそう口にした。



*****

 月が雲に隠れ、光が消える。

 
「私は、クラウスが好きだから。お義兄様の手は選べない」

 そう、お義兄様に告げた。それでお義兄様に襲われ、心を壊されるのだとしても……私は今、きちんと告げなければいけない。それが、ずっと避け続けてきたお義兄様への誠意だ。

「正直に……お義兄様が怖かった。お義兄様に惹かれるかもしれない事も……それで私が私でなくなる事も……」

 悪役になりたくなかった。嫉妬に狂い、醜い感情で周りを傷付け、ヒロインを憎く思う存在になりたくなかった。攻略対象に好意を持てなかったのは、自分の事が可愛かったからだ。人を憎む事も、人から憎まれる事も怖い……曖昧な笑顔と態度で、誤魔化して……。そんな私を叱り、傍で護ってくれたのはクラウス。

「お義兄様の事は、大切な家族です。遠回りしてしまったけれど、私は貴女の大切な妹でありたい」

 手遅れかもしれない。こんなにまでお義兄様を追い詰めてしまった。それでも兄妹として共にありたい。家族として。それは私の我儘だ。

「私は、家族として……貴方を愛したい」

 お義兄様の傷付いた手を、そっと包む。私では、貴方の闇は癒せない。それでも、家族として愛を育みたい……だから。

「う……うう……」

 月の光が消えた今、お義兄様の表情はわからない。静寂の中、お義兄様の声がその苦しみを伝えてくる。

「セリーナ……俺は……それでも」 

 再び射し込んだ光。月灯りに照らされたお義兄様の瞳は、大きく見開かれ……其処からぼろぼろと、大粒の泪が零れ落ちていた。

「お義兄様……」
「っ! やめろ! 今更……そんな顔で……今触れられたら、俺はまたお前を……」

 涙を拭おうと伸ばした手を、弾かれる。お義兄様の拒絶。それは当然だと思った。私は彼を、無自覚にたくさん傷付けたのだから……弾かれた瞬間、身体が仰け反る。意に反して、身体はバルコニーの柵を越えて……

「……あ」
「! セッ……セリーナ!」

 視界がゆっくりと横転する、目に映るのは青白く光る銀の月で……その色が、クラウスの髪と重なる。それを不覚にも綺麗だと思った。

 ─ああ、私、このまま死ぬのね。
 悪役令嬢の結末ってどれもこれも似たようなモノばかり。

 願うなら、の腕の中で、終わりを迎えたかったわ。



 ─クラウス。

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