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わるいひと
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【 キスしたい 】
クラウスの形の良い唇から告げられた言葉。それがぐるぐると脳内を駆け巡る。
「きす……えっ? キス!? 私としたいって、キスを!?」
「ええ。だめですか?」
鼻先が触れる距離で、クラウスが囁く。だから、なんでそう無駄に色っぽいのよ貴方。
「だっ……ダメに決まってるじゃない! なっ何を考えているの!?」
キスってあれよね? 恋人同士がする奴。唇と唇を重ねて愛を確かめ合う行為で……
「あっ……あれは、想いの通じあった恋人同士がするものよ!」
「なら、問題ないですね。俺とお嬢様の想いは通じあっている」
おでこをコツンとくっつけ、微笑むクラウス。ちょっとまって、想いが通じあったって……さっきのアレは聞き間違いでは無かったの!? 幻聴や妄想でもなく、クラウスが私の事「好き」だと……そう言ったの!?
「好きですよ。お嬢様。好きだ。愛してます。ねぇ。ですから、許可を下さい。貴女に口付けする許可を」
そう言い、額に小さくリップ音を立てる。ひゃっ、貴方、許可出す前からあちこちキスしてるじゃない!
「やっ……だっ……だめよ! きっキスなんてできないわ!」
ムズムズする気持ちと身体。流されそうになる思考をグッと堪え、クラウスに向き合う。
「だって、恋人ではないもの」
そう。確かに好きで、クラウスも好きだと言ってくれた。けれど、私達は恋人じゃない。
「好きあっているのに? ……お嬢様は、俺の恋人にはなってくれないのですか?」
私の言葉に、クラウスの顔が固まる。
「好きだと……そう言っておいて……恋人にはなれない。そう仰るのですか? お嬢様」
すぐに答える事ができない。クラウスが私の事を想ってくれていたなんて知らなかった。そうじゃないと思っていたから、無理矢理襲って処女を散らそうと思った。私が無理矢理手篭めにしたなら、クラウスは被害者で、私だけが悪い。
でも、恋人なら……主に手をだした執事を、あのお父様がお許しになる筈ない。
「だって……クラウスは、執事で私はその主だもの……どんなに好きでも恋人にはなれないわ……」
ズキンと胸が痛む。自分で言っておいて、傷つくなんて馬鹿みたい。鼻先がツンと痺れる。目尻にじわりと涙が滲む。だめよ。泣いては。そんな恥知らずな真似なんてできない。想いを考え無しに告げて、その上クラウスを拒絶して……傷付けておいて、悲劇のヒロインぶるなんて悪役令嬢の分際で何様なのよ、私!
「貴方を巻き込もうとしてごめんなさい。想いは……嘘ではないけど、私は貴方の気持ちに応えられない」
好きな人を、私の我儘で不幸になんてできない。
自分でも勝手だってわかってる。それでも、クラウスを不幸なエンドしかない私の巻き添えになんてしたくない。
「ごめんなさい。クラウス」
絞り出すようにそう告げる。顔をあげる事ができない。
「今夜の事は、忘れて」
沈黙が痛い。好きなのに、好きだからこそ、恋人になれない。だって私は、悪役令嬢だから。自分の破滅エンドを回避したいが為に、貴方を利用しようとした。
「悪い女ですね」
「……」
クラウスの言う通りだわ。悪役の私はどこまでいっても悪役で酷い令嬢なのよ。
「……仕置きが必要ですね」
「え?」
ぽそりと呟かれた言葉に不穏な空気を感じ、ぎょっとして見上げる。そこには、いつものアルカイックスマイルを讃えたクラウスがいて。
「恋人でないと口付けが許されない。そうおっしゃっていましたが、お嬢様」
「恋人でもない男に、夜這いをかけようとなさいましたよね?」
にこにこと笑いながら、私の痴態を詰るクラウス。
いえ、笑ってない。笑っているけど笑っていない。目に光がないわ!ひぃっ!
「くっクラウス?」
「私は悲しいのです。お嬢様がそのようにふしだらな行動をなさって」
「えっ!? ちょっとクラウス!? えっ? えっ?」
感情の読み取れない顔。淡々とそう告げると私をひょいと抱き上げ、部屋の奥にツカツカと進む。
「恋人でなければ誰でもよかったのですか? 好きと仰ったのは気紛れ? 愛を囁けば誰でも落ちると?」
「きゃっ」
ードサッ
クラウスに押され、ベッドに身体が沈む。天板から垂れ下がる、薄紫のレースが揺れる。ギシッという音と共に、クラウスが私に覆いかぶさってきた。
「あぁ、お嬢様。貴女は正しい。貴女に愛を囁かれれば、どの男も舞い上がり、喜んで貴女を抱くでしょう」
掴まれた腕は、白いシーツの上で縫とめられ攀じることも逸らす事もできない。
「……でも私は恋人でない女性を抱ける程、度量が広くないのです。例えどんなに恋焦がれた相手でも……」
溜息とともにそう告げられる。
「ですから、お嬢様のご希望には添うことができず申し訳なく思います」
残念そうに囁くクラウス。でもまって、何かおかしいわ。この状況、何か色々おかしい気がするの。
「えっと、クラウスは恋人でないなら抱く事はできない。そう言ってるのよね?」
「ええ。そうです。お嬢様」
「私は何故ベッドに身を沈めながら、クラウスを見上げてるのかしら?」
「それは、お嬢様。貴女にお仕置きをする為ですよ」
「え?」
「淫な愚行をおかそうとした主を止め、その行いを正すのも、従者としての務めです」
「はい?」
「……貴女がどんな愚かな事をなさろうとしたのか、ちゃんと理解していただかなくては……」
「大丈夫ですよ。恋人でない私は、貴女の唇に口付けもしませんし、貴女を抱く権利もありません。二度と夜這いなどなされないよう。灸を据えるだけですので……」
にこっと微笑むクラウス。その笑顔が何故か怖い。
えっと……私、一体どうなるの?
クラウスの形の良い唇から告げられた言葉。それがぐるぐると脳内を駆け巡る。
「きす……えっ? キス!? 私としたいって、キスを!?」
「ええ。だめですか?」
鼻先が触れる距離で、クラウスが囁く。だから、なんでそう無駄に色っぽいのよ貴方。
「だっ……ダメに決まってるじゃない! なっ何を考えているの!?」
キスってあれよね? 恋人同士がする奴。唇と唇を重ねて愛を確かめ合う行為で……
「あっ……あれは、想いの通じあった恋人同士がするものよ!」
「なら、問題ないですね。俺とお嬢様の想いは通じあっている」
おでこをコツンとくっつけ、微笑むクラウス。ちょっとまって、想いが通じあったって……さっきのアレは聞き間違いでは無かったの!? 幻聴や妄想でもなく、クラウスが私の事「好き」だと……そう言ったの!?
「好きですよ。お嬢様。好きだ。愛してます。ねぇ。ですから、許可を下さい。貴女に口付けする許可を」
そう言い、額に小さくリップ音を立てる。ひゃっ、貴方、許可出す前からあちこちキスしてるじゃない!
「やっ……だっ……だめよ! きっキスなんてできないわ!」
ムズムズする気持ちと身体。流されそうになる思考をグッと堪え、クラウスに向き合う。
「だって、恋人ではないもの」
そう。確かに好きで、クラウスも好きだと言ってくれた。けれど、私達は恋人じゃない。
「好きあっているのに? ……お嬢様は、俺の恋人にはなってくれないのですか?」
私の言葉に、クラウスの顔が固まる。
「好きだと……そう言っておいて……恋人にはなれない。そう仰るのですか? お嬢様」
すぐに答える事ができない。クラウスが私の事を想ってくれていたなんて知らなかった。そうじゃないと思っていたから、無理矢理襲って処女を散らそうと思った。私が無理矢理手篭めにしたなら、クラウスは被害者で、私だけが悪い。
でも、恋人なら……主に手をだした執事を、あのお父様がお許しになる筈ない。
「だって……クラウスは、執事で私はその主だもの……どんなに好きでも恋人にはなれないわ……」
ズキンと胸が痛む。自分で言っておいて、傷つくなんて馬鹿みたい。鼻先がツンと痺れる。目尻にじわりと涙が滲む。だめよ。泣いては。そんな恥知らずな真似なんてできない。想いを考え無しに告げて、その上クラウスを拒絶して……傷付けておいて、悲劇のヒロインぶるなんて悪役令嬢の分際で何様なのよ、私!
「貴方を巻き込もうとしてごめんなさい。想いは……嘘ではないけど、私は貴方の気持ちに応えられない」
好きな人を、私の我儘で不幸になんてできない。
自分でも勝手だってわかってる。それでも、クラウスを不幸なエンドしかない私の巻き添えになんてしたくない。
「ごめんなさい。クラウス」
絞り出すようにそう告げる。顔をあげる事ができない。
「今夜の事は、忘れて」
沈黙が痛い。好きなのに、好きだからこそ、恋人になれない。だって私は、悪役令嬢だから。自分の破滅エンドを回避したいが為に、貴方を利用しようとした。
「悪い女ですね」
「……」
クラウスの言う通りだわ。悪役の私はどこまでいっても悪役で酷い令嬢なのよ。
「……仕置きが必要ですね」
「え?」
ぽそりと呟かれた言葉に不穏な空気を感じ、ぎょっとして見上げる。そこには、いつものアルカイックスマイルを讃えたクラウスがいて。
「恋人でないと口付けが許されない。そうおっしゃっていましたが、お嬢様」
「恋人でもない男に、夜這いをかけようとなさいましたよね?」
にこにこと笑いながら、私の痴態を詰るクラウス。
いえ、笑ってない。笑っているけど笑っていない。目に光がないわ!ひぃっ!
「くっクラウス?」
「私は悲しいのです。お嬢様がそのようにふしだらな行動をなさって」
「えっ!? ちょっとクラウス!? えっ? えっ?」
感情の読み取れない顔。淡々とそう告げると私をひょいと抱き上げ、部屋の奥にツカツカと進む。
「恋人でなければ誰でもよかったのですか? 好きと仰ったのは気紛れ? 愛を囁けば誰でも落ちると?」
「きゃっ」
ードサッ
クラウスに押され、ベッドに身体が沈む。天板から垂れ下がる、薄紫のレースが揺れる。ギシッという音と共に、クラウスが私に覆いかぶさってきた。
「あぁ、お嬢様。貴女は正しい。貴女に愛を囁かれれば、どの男も舞い上がり、喜んで貴女を抱くでしょう」
掴まれた腕は、白いシーツの上で縫とめられ攀じることも逸らす事もできない。
「……でも私は恋人でない女性を抱ける程、度量が広くないのです。例えどんなに恋焦がれた相手でも……」
溜息とともにそう告げられる。
「ですから、お嬢様のご希望には添うことができず申し訳なく思います」
残念そうに囁くクラウス。でもまって、何かおかしいわ。この状況、何か色々おかしい気がするの。
「えっと、クラウスは恋人でないなら抱く事はできない。そう言ってるのよね?」
「ええ。そうです。お嬢様」
「私は何故ベッドに身を沈めながら、クラウスを見上げてるのかしら?」
「それは、お嬢様。貴女にお仕置きをする為ですよ」
「え?」
「淫な愚行をおかそうとした主を止め、その行いを正すのも、従者としての務めです」
「はい?」
「……貴女がどんな愚かな事をなさろうとしたのか、ちゃんと理解していただかなくては……」
「大丈夫ですよ。恋人でない私は、貴女の唇に口付けもしませんし、貴女を抱く権利もありません。二度と夜這いなどなされないよう。灸を据えるだけですので……」
にこっと微笑むクラウス。その笑顔が何故か怖い。
えっと……私、一体どうなるの?
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