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第2章

はい。と言って

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「俺は・・・・お嬢様の傍に居たい。執事として、ずっと貴女を支えたい。嫌われても、疎まれても・・・・お嬢様に必要とされたあの日から・・・・俺はただお嬢様だけの執事でいたい。」

 抱きしめるハンスの腕。らしくないその声。震えて、弱々しくて、哀願するように・・・・切々と紡がれるハンスの言葉。

「お嬢様・・・・俺が不要になったのですか?好きな奴ができた?いや、それはいいんだ。俺はちゃんと祝福するし、貴女の大切な相手も支えていくつもりだ。邪魔なんてしない。だから・・・・」

 
「いらないなんて言わないでくれ。俺の権利を・・・・執事として傍にいれる権利を・・・・俺から奪わないでくれ・・・・。」

まるで、愛の告白のよう。
苦しげに吐き出される言葉が、甘い毒を持った蜜のように染み込んで・・・・喜びを感じてしまう。
勘違いしてしまう。
ハンスに想われているだなんて。

執事として、傍にいたい。

献身的なその想い。
私の想いとは・・・・違う想い・・・・。
それでも嬉しくて、ハンスのその広い背中に腕を回し・・・・抱きしめ返し・・・・。

「ハンス・・・・」

 顔をあげるとそこにあるのは、みっともなく崩れて今にも泣き出しそうな情けない顔をしたハンス・・・・。

「やだわ。貴方、こういう時にそんな顔。ソコソコのイケメンなのに台無しじゃない。そんなに私に捨てられるのが嫌なの?」

 大の大人が、クシャりと歪んだ顔で今にも泣きそう。・・・・キュン。胸が高鳴りを覚えますわ。普段爽やかで絶えず笑顔のハンス。見た事もない情けない顔。それをさせたのが私だなんて・・・・ちょっとゾクゾクしますわね。

えっ?ちょっと待って私。泣き顔ハンスにトキメクだなんて・・・・正気ですの?

「・・・・いや・・だ。捨てないでくれ。」

 イマナンテ?

ちょっと!ハンス!今なんて!?そしてなんて顔をなさるの!?貴方のそんな顔!初めて見ましたわ!ええっ!?いつも余裕たっぷりで隙を見せない、大人なハンスさんは何処に行きましたの!?やだっ!捨てられた子犬みたい!可愛い!可愛すぎですわ!必死な顔も声も、私に捨てられたくない一心でプライドも何もかも捨てて哀願するその言葉。私にしか見せないその姿。

ズッキュウウゥウウン!!


いけないスイッチが

は い り そ う。



ーってダメよダメダメ!

ここで誘惑に負けては・・・・ハンスが傍に居れば、私は辛い想いをする事になるのですもの。

「ハンス。私、貴方が傍にいると、きっと嫉妬でルビアナに酷い事をしてしまいますわ。」

 息を深く吸い込み。心を落ち着かせる。

「私、二人を祝福したいの。」

「ハンスとルビアナが付き合って・・・・私が二人を心のそこから祝福できるようになるまで・・・・ハンスとは距離を置きたい。だから、せめてその間だけでも、執事を辞めて欲しい。・・・・ダメかしら?」


 正直な思いを告げる。大切な二人だから、誤魔化したくない。傷付けたくない。だから、ただ一言「はい。」そう言って。

「は?」

ーいえ、「は?」じゃなくて「はい。」ですわ。

「お嬢様・・・・仰っている意味が・・・・よくわからないのですが・・・・」

口元に手を当て、盛大に困惑するハンス。ちょっと、貴方、理解力に乏しかったかしら?

「まさかですが・・・・お嬢様」
「なによ?」
「お嬢様は・・・・俺とルビアナ嬢が・・・・その・・・・好き合ってるとか・・・・お思いですか?」


 震える声で、ハンスがゆっくりと告げる。

「むしろ付き合うのでしょう?ルビアナにも確認したわ。」

 私は、貴方の事が好きだから・・邪魔すると思ってるのよね。ハンスったらここまできて誤魔化そうとするのね。ほんと心外だわ!

 私の言葉に、ハンスは目を見開く

「まさか、その思い込みが発端で俺を捨てようと!?」


 そう叫び、私に詰め寄るハンス。

「そうよ。私、貴方達の邪魔になりたくないの。好きな相手に振られて笑える程できた人間ではないから、貴方と距離を置きたいの。そうさせて。」

 何故ここまで言わせるのかしら。ハンスは、本当に酷い男ね。

「いや、それ勘違いですからね!?俺がルビアナ嬢を好きとか・・・・ありえないでしょ!?俺、幼女趣味じゃないですから!大体俺がお嬢様いがい・・・・」

「私以外・・・・なによ」

 確かにルビアナは、背も低く幼いけれど、幼女というのは言い過ぎでなくて?それとも何?年下は論外って事?それに私が何だっていうのかしら。

「ってあーもー!そういう事か!何処を見たんです!って事は肝心なとこ見てないって事ですよね!大方俺とルビアナ嬢の姿だけ見たって事ですよね!?クソッ!こんな事なら断わりゃ良かった!何時も通りお嬢様を優先していれば!!頼まれたからって!あぁっ!」

 頭を抱え、唸るハンス。



ーえっと・・・・これは・・・・


「お嬢様。」


 ハンスの様子に、息を飲み佇む私。盛大なため息を吐きながら、疲れた表情のハンスが私の方を見て言いましたわ。


「ちゃんと話がしたいんです。聞いていただけますか?」

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