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第二十四話 包囲
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呂布の屋敷を取り囲む徐栄の私兵三千。
邸宅内から放たれる矢に怯まず塀をよじ登る兵、尖らせた先端に鉄を被せた巨大な杭で門を突き破ろうとする兵を見ながら徐栄はほくそ笑む。
無双の武を誇る呂布やその配下を相手にするとは言え、流石に一軒の屋敷を襲うのに三千人の動員は過剰だったろうか。
今の状況は包囲というより、封鎖に近い。
この日呂布が千の精鋭を召集すると聞き、慎重を期してその三倍にあたる自分が抱える全ての私兵を動員した。
だが、今にも破れそうな門を見れば杞憂に過ぎなかったと感じてしまう。
一つ懸念があるとすれば、包囲しきる直前に脱出を計った一部の兵への追っ手から、いまだに何の報告がないことだ。
「よいか、呂布の妻子と貂蝉は間違っても殺してはならんぞ」
将を射んと欲すれば先ず馬を射る。
呂布とは同じ所属の官位に就く徐栄は、呂布の愛妻、子煩悩振りを知っている。
呂布には最低限の兵を召集させて董卓を暗殺させる。
そのまま郿塢征討に向かわせ、徐栄は貂蝉を奪い、呂布の家族を確保する。
郿塢の董卓一族に敗れるならば、その過失を問い処断すればよし。
戦死しても、それはそれで自らの手を汚さずに始末出来てよし。
勝てば家族を人質に李傕や郭汜らの残党相手に縦横無尽に戦わせる。
死ぬまで。
これが王允と徐栄の企みだった。
徐栄は呂布に僅かながらも同情する。
その情深さ故に、生き別れた元恋人の為に義父殺しの汚名を被り、そして家族の為に戦う傀儡になろうとしている男だ。
だからと言って徐栄も身を引くつもりはない。
幾度となく王允の元へ足を運び、熱望した美女が手に入る。
見初めてから早一年以上経つ。
その想いは熱病の様に募るばかり。
都が長安に遷り、宮女だけでなく西域の美女も目にしてきたが、貂蝉の美貌とくらべれば全てが霞んで見える。
戦いに明け暮れてきた自分がこれ程に一人の女に夢中になるとは思いもしなかった。
そしてようやく王允が手放す事を了承してくれたのだ。
しかも董卓暗殺が成った暁には、自身の右腕として大将軍の位に任じてくれると言う。
寒く痩せた幽州の大地で烏丸や鮮卑を相手に矛を振るっていた頃には想像もできなかった武官としての極み。
それを目前にすれば自然と笑みも漏れる。
「さぁ、胡軫。
もうすぐ門が破れる。
返り咲きは目の前だぞ」
徐栄の脇には陽人の戦いの戦犯として、官職や資産、全てを剥奪された胡軫が控える。
去年の陽人の戦いの頃と比べると頬は痩け、やつれたようにも見えるが、その眼光はむしろ鋭くなっている。
「家族を殺すな、ってのはどうも気に入らねぇ。
俺は奴の目の前で嫁と娘を犯してから八つ裂きにしてやりてぇくらいなんだが……」
胡軫の狂気を宿した発言に徐栄は眉を潜める。
この狂猛残虐な性質は涼州人特有の性質なのだろうか。
それとも董卓軍特有の気風なのか。
「そう言うな。
人質は生きて無事であるからこそ意味があるのだ」
嫌悪感は持ちつつも宥める徐栄。
妻子を人質に呂布を使って董卓残党を征討する計画だが、もし呂布が負ければ自分が董卓残党と戦う必要が出てくる。
そうなった場合の事を考えれば人材を多く抱え込んでおくに越したことはない。
陽人の戦いでの報告を見る限り将としての資質は低いかもしれないが、胡軫個人としての武勇は使いようがある。
「しかし、寡兵相手にたかだか屋敷の門を破るだけで随分と時間がかかったな」
「ああ、敵としてここまで精強とは思わなかった。
流石は音に聞く夜叉の爪牙、と言った所か。
だが、もう終わりだ」
杭が門を突き破り、門が開かれる。
「行くぞ。
呂布の妻子以外は皆殺しだ」
手にした長刀を肩にかけ、胡軫が兵を引き連れて屋敷に乗り込んでいく。
「ほとんど賊や野盗と変わらんな」
徐栄は苦笑して胡軫を見送った。
ふと徐栄は背後を振り返った。
通りを埋め尽くす兵達。
その後方に何かを感じる。
「どうかされましたか」
部下の声に返事もせずに馬脚を返す。
突然振り返った将の姿に立ち並ぶ兵は怪訝な表情で釣られるように振り返った。
「何か来る」
長年戦場で培った勘が何かを知らせる。
微かに聞こえる馬蹄の音。
嫌な予感が胸を去来する。
屋敷から逃れた兵、まさか取り逃がしたのか。
馬上からの視界の彼方、立ち並ぶ兵を押し分け、悲鳴と鬨の声を上げながら押し寄せる血煙が見えた。
「後方に警戒せよ」
徐栄の声に振り返る兵達だが、海嘯の様に押し寄せる血煙の勢いは止まらない。
そして目前に迫った血煙から、雄々しい咆哮と共に一頭の騎馬が飛び上がる。
振り下ろされる渾身の斬馬剣。
徐栄は矛を薙いで受け流す。
「張遼か」
「奉先殿の姫や奥方には指一本触れさせぬ」
屋敷の門に殺到する徐栄兵を薙ぎ払い、張遼は破られた門前に立ち塞がる。
続いて包囲を突発してきた魏越が夜叉の爪牙に檄を飛ばす。
「夜叉の爪牙、一人一人が凶刃砕く金剛の盾となれ」
徐栄は張遼が背にする破れた門を指し、高らかに勧告する。
「今更来たところで手遅れよ。
もう既に胡軫や我が兵が中に突入している。
無為に抗う事なく、我が軍門に降れ。
特に張遼。
お前はまだ若いが、いずれ天下に名を轟かせる将になれる資質を感じる。
大人しく降れば俺の右腕としてやる」
「馬鹿な事を。
主が健在でありながら戦わずして敵に降る者は呂軍にはおらん」
徐栄の勧告を拒絶し、斬りかかろうとする張遼だが、魏越がその張遼と徐栄の間に割って入る。
「文遠、徐栄の相手は俺がする。
流石の高も殿の家族を守りながら胡軫の相手は厳しいだろ。
お前が行って、姫の前で格好よく胡軫をぶった斬ってやりな」
そう言って魏越は斬馬剣を構えた。
「わかった。
ここは任せた」
躊躇う事なく答えた張遼は破られた門をくぐり、胡軫の後を追う。
「俺を見くびるなよ、魏越。
江東の虎をも怯ませた我が武をお前が受けられるか」
徐栄が繰り出す矛を重い斬馬剣で捌く魏越。
「見くびっているのはお前だ。
我らの并州の軍は丁原の頃より呂将軍、文遠と、最も武に長けた者が先陣を務めてきた。
それよりも前、十年以上先陣を務めてきたのはこの俺だ」
魏越の振るった斬馬剣を矛の柄で受けた徐栄が体勢を崩し、夜叉の爪牙が歓声をあげる。
邸宅内から放たれる矢に怯まず塀をよじ登る兵、尖らせた先端に鉄を被せた巨大な杭で門を突き破ろうとする兵を見ながら徐栄はほくそ笑む。
無双の武を誇る呂布やその配下を相手にするとは言え、流石に一軒の屋敷を襲うのに三千人の動員は過剰だったろうか。
今の状況は包囲というより、封鎖に近い。
この日呂布が千の精鋭を召集すると聞き、慎重を期してその三倍にあたる自分が抱える全ての私兵を動員した。
だが、今にも破れそうな門を見れば杞憂に過ぎなかったと感じてしまう。
一つ懸念があるとすれば、包囲しきる直前に脱出を計った一部の兵への追っ手から、いまだに何の報告がないことだ。
「よいか、呂布の妻子と貂蝉は間違っても殺してはならんぞ」
将を射んと欲すれば先ず馬を射る。
呂布とは同じ所属の官位に就く徐栄は、呂布の愛妻、子煩悩振りを知っている。
呂布には最低限の兵を召集させて董卓を暗殺させる。
そのまま郿塢征討に向かわせ、徐栄は貂蝉を奪い、呂布の家族を確保する。
郿塢の董卓一族に敗れるならば、その過失を問い処断すればよし。
戦死しても、それはそれで自らの手を汚さずに始末出来てよし。
勝てば家族を人質に李傕や郭汜らの残党相手に縦横無尽に戦わせる。
死ぬまで。
これが王允と徐栄の企みだった。
徐栄は呂布に僅かながらも同情する。
その情深さ故に、生き別れた元恋人の為に義父殺しの汚名を被り、そして家族の為に戦う傀儡になろうとしている男だ。
だからと言って徐栄も身を引くつもりはない。
幾度となく王允の元へ足を運び、熱望した美女が手に入る。
見初めてから早一年以上経つ。
その想いは熱病の様に募るばかり。
都が長安に遷り、宮女だけでなく西域の美女も目にしてきたが、貂蝉の美貌とくらべれば全てが霞んで見える。
戦いに明け暮れてきた自分がこれ程に一人の女に夢中になるとは思いもしなかった。
そしてようやく王允が手放す事を了承してくれたのだ。
しかも董卓暗殺が成った暁には、自身の右腕として大将軍の位に任じてくれると言う。
寒く痩せた幽州の大地で烏丸や鮮卑を相手に矛を振るっていた頃には想像もできなかった武官としての極み。
それを目前にすれば自然と笑みも漏れる。
「さぁ、胡軫。
もうすぐ門が破れる。
返り咲きは目の前だぞ」
徐栄の脇には陽人の戦いの戦犯として、官職や資産、全てを剥奪された胡軫が控える。
去年の陽人の戦いの頃と比べると頬は痩け、やつれたようにも見えるが、その眼光はむしろ鋭くなっている。
「家族を殺すな、ってのはどうも気に入らねぇ。
俺は奴の目の前で嫁と娘を犯してから八つ裂きにしてやりてぇくらいなんだが……」
胡軫の狂気を宿した発言に徐栄は眉を潜める。
この狂猛残虐な性質は涼州人特有の性質なのだろうか。
それとも董卓軍特有の気風なのか。
「そう言うな。
人質は生きて無事であるからこそ意味があるのだ」
嫌悪感は持ちつつも宥める徐栄。
妻子を人質に呂布を使って董卓残党を征討する計画だが、もし呂布が負ければ自分が董卓残党と戦う必要が出てくる。
そうなった場合の事を考えれば人材を多く抱え込んでおくに越したことはない。
陽人の戦いでの報告を見る限り将としての資質は低いかもしれないが、胡軫個人としての武勇は使いようがある。
「しかし、寡兵相手にたかだか屋敷の門を破るだけで随分と時間がかかったな」
「ああ、敵としてここまで精強とは思わなかった。
流石は音に聞く夜叉の爪牙、と言った所か。
だが、もう終わりだ」
杭が門を突き破り、門が開かれる。
「行くぞ。
呂布の妻子以外は皆殺しだ」
手にした長刀を肩にかけ、胡軫が兵を引き連れて屋敷に乗り込んでいく。
「ほとんど賊や野盗と変わらんな」
徐栄は苦笑して胡軫を見送った。
ふと徐栄は背後を振り返った。
通りを埋め尽くす兵達。
その後方に何かを感じる。
「どうかされましたか」
部下の声に返事もせずに馬脚を返す。
突然振り返った将の姿に立ち並ぶ兵は怪訝な表情で釣られるように振り返った。
「何か来る」
長年戦場で培った勘が何かを知らせる。
微かに聞こえる馬蹄の音。
嫌な予感が胸を去来する。
屋敷から逃れた兵、まさか取り逃がしたのか。
馬上からの視界の彼方、立ち並ぶ兵を押し分け、悲鳴と鬨の声を上げながら押し寄せる血煙が見えた。
「後方に警戒せよ」
徐栄の声に振り返る兵達だが、海嘯の様に押し寄せる血煙の勢いは止まらない。
そして目前に迫った血煙から、雄々しい咆哮と共に一頭の騎馬が飛び上がる。
振り下ろされる渾身の斬馬剣。
徐栄は矛を薙いで受け流す。
「張遼か」
「奉先殿の姫や奥方には指一本触れさせぬ」
屋敷の門に殺到する徐栄兵を薙ぎ払い、張遼は破られた門前に立ち塞がる。
続いて包囲を突発してきた魏越が夜叉の爪牙に檄を飛ばす。
「夜叉の爪牙、一人一人が凶刃砕く金剛の盾となれ」
徐栄は張遼が背にする破れた門を指し、高らかに勧告する。
「今更来たところで手遅れよ。
もう既に胡軫や我が兵が中に突入している。
無為に抗う事なく、我が軍門に降れ。
特に張遼。
お前はまだ若いが、いずれ天下に名を轟かせる将になれる資質を感じる。
大人しく降れば俺の右腕としてやる」
「馬鹿な事を。
主が健在でありながら戦わずして敵に降る者は呂軍にはおらん」
徐栄の勧告を拒絶し、斬りかかろうとする張遼だが、魏越がその張遼と徐栄の間に割って入る。
「文遠、徐栄の相手は俺がする。
流石の高も殿の家族を守りながら胡軫の相手は厳しいだろ。
お前が行って、姫の前で格好よく胡軫をぶった斬ってやりな」
そう言って魏越は斬馬剣を構えた。
「わかった。
ここは任せた」
躊躇う事なく答えた張遼は破られた門をくぐり、胡軫の後を追う。
「俺を見くびるなよ、魏越。
江東の虎をも怯ませた我が武をお前が受けられるか」
徐栄が繰り出す矛を重い斬馬剣で捌く魏越。
「見くびっているのはお前だ。
我らの并州の軍は丁原の頃より呂将軍、文遠と、最も武に長けた者が先陣を務めてきた。
それよりも前、十年以上先陣を務めてきたのはこの俺だ」
魏越の振るった斬馬剣を矛の柄で受けた徐栄が体勢を崩し、夜叉の爪牙が歓声をあげる。
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