15 / 27
第14話 父からの初めてのプレゼント
しおりを挟む
生まれてから、十か月。
どうやら、この地方には、日本ほどはっきりとはしていないものの、四季があるらしいということを実感する。
春というには、まだ肌寒い、雪解けの季節。
俺は、初めて両腕の自由を得た。
「ほら、見てください。ヴァレリーが歩きました! 歩きましたよ! マタイやヨナと比べたら、半年は早いんじゃないかしら!」
朝の食事の後に、父を部屋に招いた母は、ヨタヨタとゾンビのような二足歩行を繰り出す俺に、興奮気味に手を叩く。
「うむ……。では、メディス家代々の倣いによって、この短刀を授ける。刃の力と痛みを学び、王の剣たる我が家にふさわしい男になれ」
父は、嬉しいのか嬉しくないのか分からない無表情で頷くと、俺に鞘付きの短刀――というより、小型のナイフを渡してきた。
鉛筆を削るのにちょうどよさそうなくらいの刃渡りだ。
鞘には紐がついていて、首から提げられるようになっている。
まだ一歳にも満たない赤子に刃物を与えるというのは、さすがに危ないと思うのだが、少なくともこの家では常識らしい。
(まあ、地球にいた頃と違って、チクリクソ鳥みたいな保護者の契約獣が常時監視してやがるからな)
万が一の時には、ナイフを取り上げるなりなんなりするのだろう。
(指先を動かすのは脳の発達にいいというし、存分に使わせてもらおう)
「パ、パ、パ、あり、が、と」
言葉もだいぶ喋れるようになった。
しかし、唇に余計なワセリンでも塗ってあるかのように、言葉が滑り、明瞭な発音にはならない。
「ほら! やっぱり、『パパ、ありがとう』って言いましたよ! もう言葉もこんなに! ザラ様は詩も作るとおっしゃっていました!」
「うむ」
「ほら、ヴァレリー。ママよ。ママって呼んで」
「ま、マ、マ、マ、すうき」
「きゃー! 本当にこの子は天才なんじゃないかしら! でも、ナイフは危ないから、ママにちょうだいねー」
「ぶー!」
俺はナイフをぎゅっと抱きしめた。
(母よ。俺が貰った物は俺の物だ)
「……好きに使わせてやれ。刃をどう振るうかで、人の本質が分かる」
「確かに、マタイはナイフで土をほじくり返して、離乳食に入っていた果実の種を植えようとしました。そして、ヨナはナイフをその辺に捨て置き、銀貨に興味を持っていたことを、私は昨日のことように覚えております。ですが、この子の絹のように薄い柔肌を見ていると、ちょっとしたことで取り返しのつかないことになりそうで心配なのです。この子は、グラン様の血を引いた上二人と違って、私の柔弱な身体を継いでしまったようなので」
グラン様とは、もちろん、俺の父の名前である。
日頃は、ご当主様や、公爵様など、身分で呼ばれることが多いので、意外に忘れがちだ。
「もし自らの振るった刃で死ぬようならば、その程度の男だったということだ」
父は、突き放すようにそう言い放った。
武門の家柄だけあって、死というものを常に身近に感じていろということか。
「はい……」
母は小さく頷いて、ナイフの紐を俺の首に通した。
色々思うところがあっても、家の論理には逆らえないということなのだろう。
「では、息子たちに稽古をつけたら、朝の見回りだ」
父が忙しなく踵を返した。
「そとぉ、そとぉ」
俺は窓の外を必死に指さした。
仕方がないとはいえ、ほぼ一年もの間、俺は屋敷内に軟禁状態だったのである。
母に抱かれた状態で、ちょろっと屋敷の周りを散歩することがあっても、そんなものでは、俺の自由への渇望をとても満足させることなどできない。
「はいはい――グラン様、この子にアレン様たちの勇姿を見せてやりたいのですが……」
「……勝手にしろ」
「はい」
寡黙な父の後ろを、母は微笑みながらついていく。
母に手を引かれる俺も、自然とそれに従う形になった。
どうやら、この地方には、日本ほどはっきりとはしていないものの、四季があるらしいということを実感する。
春というには、まだ肌寒い、雪解けの季節。
俺は、初めて両腕の自由を得た。
「ほら、見てください。ヴァレリーが歩きました! 歩きましたよ! マタイやヨナと比べたら、半年は早いんじゃないかしら!」
朝の食事の後に、父を部屋に招いた母は、ヨタヨタとゾンビのような二足歩行を繰り出す俺に、興奮気味に手を叩く。
「うむ……。では、メディス家代々の倣いによって、この短刀を授ける。刃の力と痛みを学び、王の剣たる我が家にふさわしい男になれ」
父は、嬉しいのか嬉しくないのか分からない無表情で頷くと、俺に鞘付きの短刀――というより、小型のナイフを渡してきた。
鉛筆を削るのにちょうどよさそうなくらいの刃渡りだ。
鞘には紐がついていて、首から提げられるようになっている。
まだ一歳にも満たない赤子に刃物を与えるというのは、さすがに危ないと思うのだが、少なくともこの家では常識らしい。
(まあ、地球にいた頃と違って、チクリクソ鳥みたいな保護者の契約獣が常時監視してやがるからな)
万が一の時には、ナイフを取り上げるなりなんなりするのだろう。
(指先を動かすのは脳の発達にいいというし、存分に使わせてもらおう)
「パ、パ、パ、あり、が、と」
言葉もだいぶ喋れるようになった。
しかし、唇に余計なワセリンでも塗ってあるかのように、言葉が滑り、明瞭な発音にはならない。
「ほら! やっぱり、『パパ、ありがとう』って言いましたよ! もう言葉もこんなに! ザラ様は詩も作るとおっしゃっていました!」
「うむ」
「ほら、ヴァレリー。ママよ。ママって呼んで」
「ま、マ、マ、マ、すうき」
「きゃー! 本当にこの子は天才なんじゃないかしら! でも、ナイフは危ないから、ママにちょうだいねー」
「ぶー!」
俺はナイフをぎゅっと抱きしめた。
(母よ。俺が貰った物は俺の物だ)
「……好きに使わせてやれ。刃をどう振るうかで、人の本質が分かる」
「確かに、マタイはナイフで土をほじくり返して、離乳食に入っていた果実の種を植えようとしました。そして、ヨナはナイフをその辺に捨て置き、銀貨に興味を持っていたことを、私は昨日のことように覚えております。ですが、この子の絹のように薄い柔肌を見ていると、ちょっとしたことで取り返しのつかないことになりそうで心配なのです。この子は、グラン様の血を引いた上二人と違って、私の柔弱な身体を継いでしまったようなので」
グラン様とは、もちろん、俺の父の名前である。
日頃は、ご当主様や、公爵様など、身分で呼ばれることが多いので、意外に忘れがちだ。
「もし自らの振るった刃で死ぬようならば、その程度の男だったということだ」
父は、突き放すようにそう言い放った。
武門の家柄だけあって、死というものを常に身近に感じていろということか。
「はい……」
母は小さく頷いて、ナイフの紐を俺の首に通した。
色々思うところがあっても、家の論理には逆らえないということなのだろう。
「では、息子たちに稽古をつけたら、朝の見回りだ」
父が忙しなく踵を返した。
「そとぉ、そとぉ」
俺は窓の外を必死に指さした。
仕方がないとはいえ、ほぼ一年もの間、俺は屋敷内に軟禁状態だったのである。
母に抱かれた状態で、ちょろっと屋敷の周りを散歩することがあっても、そんなものでは、俺の自由への渇望をとても満足させることなどできない。
「はいはい――グラン様、この子にアレン様たちの勇姿を見せてやりたいのですが……」
「……勝手にしろ」
「はい」
寡黙な父の後ろを、母は微笑みながらついていく。
母に手を引かれる俺も、自然とそれに従う形になった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
せっかく転生したのに得たスキルは「料理」と「空間厨房」。どちらも外れだそうですが、私は今も生きています。
リーゼロッタ
ファンタジー
享年、30歳。どこにでもいるしがないOLのミライは、学校の成績も平凡、社内成績も平凡。
そんな彼女は、予告なしに突っ込んできた車によって死亡。
そして予告なしに転生。
ついた先は、料理レベルが低すぎるルネイモンド大陸にある「光の森」。
そしてやって来た謎の獣人によってわけの分からん事を言われ、、、
赤い鳥を仲間にし、、、
冒険系ゲームの世界につきもののスキルは外れだった!?
スキルが何でも料理に没頭します!
超・謎の世界観とイタリア語由来の名前・品名が特徴です。
合成語多いかも
話の単位は「食」
3月18日 投稿(一食目、二食目)
3月19日 え?なんかこっちのほうが24h.ポイントが多い、、、まあ嬉しいです!
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
転生しても山あり谷あり!
tukisirokou
ファンタジー
「転生前も山あり谷ありの人生だったのに転生しても山あり谷ありの人生なんて!!」
兎にも角にも今世は
“おばあちゃんになったら縁側で日向ぼっこしながら猫とたわむる!”
を最終目標に主人公が行く先々の困難を負けずに頑張る物語・・・?
【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる