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第12話 もう一人の母

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 俺は、開きっぱなしの扉から、こっそり中を覗き込む。



 中にいるのは、一人の貴婦人と、長靴ならぬ、ハイヒールにカクテルドレスを着た大型のメス猫。



「もうちょっと、優しく教えて差し上げたら? まだ、あの子は七つなのですから」



 メス猫が、腰のサーベルを抜いて、毛づくろいするかのごとく舐めて呟く。



 どうやらこの猫は、ケットシークイーンという種類で、愛称をアコニという、ザラの契約獣らしい。



「ならぬ。貴族の子女たるもの、恋詩の一つも書けずになんとする」



 ザラは椅子の上で足を組み、パイプで香草をくゆらせながら、突き放すように吐き捨てた。



 吊り上がった怜悧な印象を与える目と、きりっとした眉、紫色の唇が、どこか冷たい印象を与える。



(俺のタイプは断然こっちだな)



 実母には申し訳ないが、俺は気の強い女の方が好きなのだ。



 一見、男を受け付けなさそうな鉄壁を崩すことこそ、男の醍醐味であるが故に。



「ですが、ヒトの貴族が作る恋詩は、どうせ誰かの代筆でしょう? あの子に恋詩が作れなくたって、いいではありませんか。代わりにあなたが書いて差し上げれば」



「あらかじめ家同士の定められた婚姻ならばそれでも構わぬが、夫はこのような政略には積極的ではあらせられぬ。なまじ、あやつの家格も高いだけに、相手も誰でもいいという訳にはいかぬし」



「ヒトは面倒ですわねー。本能の赴くままに番うだけで良い、気楽な猫でよかったですわ」



「笑わせるな。身の程知らずに、ライオンの王に恋をして、妾にメスの魅力を増す振る舞いを教えてくれと懇願してきたのはどこのどいつじゃ。アコニ?」



「猫は今を生きているんですのよ。そのような昔のこと、もう忘れましたわ」



 アコニは、飄々と言って、大きな欠伸を一つした。



「ふう……左様か。精霊はしがらみが少なくてよかろうの――ここは田舎じゃ。それだけで、中央の娘たちにははるかに遅れをとっておる。あやつの器量では、見てくれだけで男をたぶらかすという訳にもいくまい。いずれあやつを中央に出し、本当に自らの望む伴侶を見初めし折、恋詩の一つも読めねば傷つくのはあやつじゃ」



 残念ながら、我が姉は、ザラよりも、父サイドの血を濃く引いている。



 不細工という訳ではないのだが、『男装の麗人』が似合いそうなタイプの顔で、どうやら中世チックなこの時代に、男受けする顔ではない。



「あらあらお優しいご主人様。誰よりも子どものことを愛しているから厳しくするのに、子どもたちから恐れられて」



「――甘やかすのは、カチュア一人で十分であろう」



 ザラは憂いげな眼差しで、灰を火鉢に落とす。



 なるほど。



 俺の母はあのようにポワポワした性格であるので、メディス家において、誰かが貴族の社交の機微や厳しさを教えてやらねばならない。彼女は損な役割を自ら買って出ているという訳だ。



 父も厳しいが、軍人の厳しさと、貴族の社会で求められるそれは違う。



(ますます気に入ったね。悟ったようなことを言っていても、俺にはお前の寂しさが手に取るようにわかる)



 ホスト時代の上客だった女社長には、この手のタイプが多かった。



 高度に政治家した社会を生き抜いていくためには往々にして女らしさを犠牲にせねばならず、然して完全に捨てきれるものでもない母性の隙間に、ホストが活躍する余地が生まれる。



「バブバブ」



 俺は無邪気を装って、部屋に侵入した。



「うふふ、どうやら、かわいいスパイさんにあなたの本音を聞かれていたようですわね」



 アコニが、尻尾で俺を指す。



「カチュアの愛が重くて逃げ出したか。男はいくつになっても甘えたがりの癖に、束縛を嫌う自分勝手な生き物じゃからの」



 ザラが皮肉っぽく笑う。



「あばばば!」



 俺はキニエが置き捨てていった教本をバンバンと叩き、ザラをじっと見つめた。



「あら、この子、貴女に恋詩を教えて欲しいそうですわよ」



「絵本か何かと勘違いしておるのか――ならば、作ってみるが良い。3ページ目、シチュエーションは、基本中の基本、片想いの相手に送る恋詩じゃ。完成の暁には妾が採点してやろう」



 ザラが冗談めかして呟いた。



 もちろん本気で言っている訳ではなかろうが、こういう世の中の全てを分かった顔になっている女を見ると、驚かせてやりたくなる。



 ならば――
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