3 / 27
第2話 神々の審判(1)
しおりを挟む
エレベーターで上昇していく時にも似た浮遊感。
ゆっくりと意識が覚醒していく。
足下には雲、天には夜の世界で生きて来た聖夜には眩しすぎる極光がきらめいていている。
辺りには、無数の男女。
数多の美女、美男子を見て来た聖夜でも驚愕するほどの整った容姿の面々が、優雅に立食パーティーを楽しんでいた。
一瞬で理解する。
ここは、もはや『この世』ではない。
「目が覚めたか。田口栗済よ」
髭を蓄えた壮年の男が、厳かに呟く。
「人違いでは? 俺は聖夜。それ以上でもそれ以下でもない」
聖夜は微笑を浮かべ、淡々と答えた。
生物学上の親から与えられた仮初の名前は、夜の世界に入るずっと昔に捨てたのだ。
「ふむ。あくまで偽りの名を貫くか。それもよかろう――余は至高神ゼウス。ここは、神々が地上の人々の中より、生前優れた偉業を成した英雄を選び、褒美を与える場である。そなたは『夜の王』。泡沫の宴に人生を捧げた男。宇宙の星になり永遠の名誉を得るもよし、今の魂のまま新たな地を這い、さらに研鑽を積むもよし。どちらか望む方を選べ」
ゆったりとした貫頭衣をきた壮年の男が、顎髭を撫でつけながら呟いた。
「星になっては女を口説くこともできないでしょう。それならば再び赤子になって、女の乳を吸う方がいい」
「然り。異なる世界でさらに魂を試すが良い。掟に従い、今の魂のままでも不自由なきように、異なる言葉を解する権能を授ける。では、わしの他にそなたに申すべきことがある神々どもから、祝福と呪いを受けよ」
ゼウスは事務的な口調で言って、辺りを見渡した。
いつの間にか幾人かの――いや、ここは幾柱と表現すべきなのだろう――神々が聖夜を取り囲んでいる。
「あなた。そもそも、私はこのような夜ごとに伴侶を異にする貞節のかけらもないような男に、褒美を与えるのは反対です」
ゼウスの隣に寄り添っていた、キツめの顔をした美人が呟く。
ゼウスを『あなた』と呼んでいるということは、妻の女神ヘラか。
「そうよ! アクタイオンみたいに鹿に変えて飢狼の森に放り出しましょう! 不潔不潔不潔不潔!」
熊の毛皮の外套を被った少女が、矢をつがえた弓を聖夜に向けてくる。
「違うわ。アルテミス。この子は、ただ愛の数が人より多いだけなのよ。アフロディーテの名において、この子が女に与えてきた愛は、全て本物だったと保証します」
肌が透けて見えそうなほどの薄いヴェールを纏った絶世の美女が、擁護するように聖夜の隣に立った。
女神アフロディーテ、またの名を『ヴィーナス』。
「あんたみたいなふしだら女が保証して何の意味があるっていうのよ! こいつも、愛とか恋とか調子のいいこと言ってるけど、要は金で身体を売る男娼でしょう? 汚らわしいわ」
「誤解です。確かに俺は金を受け取っていましたが 金の前に愛がなくてはホストは務まりません。そして、時に身体を重ねることがあろうとも、俺が埋めたいのは女性の肉欲ではなく、彼女たちの心でした。証拠をお望みなら、どうか、俺に一時間ください。オリオンとの悲恋に傷ついたあなた心をきっと満たして差し上げます」
聖夜はそう言って、張りつめた弓を構えるアルテミスの腕をそっと絡めとり、跪いてその拳を自らの額に押し当てる。
「なっ! なっ! なっ! 一体なんなのよこいつうううううう!」
アルテミスが弓を取り落とし、聖夜の手を振り払うと、顔を真っ赤にして後ずさる。
「はっはっはっ! 処女神を口説き始めよった。古の時代を思い出すな。昔はこいつのように骨のある人間がたくさんいたものだ。わしもあの大工の息子が幅を利かせよる前はよく――」
「あなた!」
「コホン――疾く議論を進めよ」
ヘラに脇腹をつねられたゼウスが、咳払い一つ呟く。
「……やはり、私は、数多くの女に愛されながら、生涯一度も定まった伴侶をもたなかったこの男を快く思いません。私の眷獣たちは、あなたを拒むことでしょう。これを私の呪いとします」
「……全てか? 竜種も、巨人種も、向こうで英雄と契約を交わしている強力な眷獣の多くは、お前の管轄ではないか。それら全てを封じられれば、この者が戦働きで功を立てることは難しくなる」
「この男は口先だけで生きてきた男。戦働きができぬとて、何の問題がありますか? それとも、あなたはこのような浮気者の男が正しいとでもおっしゃるつもりですか? 大体あなたは昔から――」
「ただ確認しただけだ。邪推をするな」
耳元でがなり立てるヘラに、ゼウスが眉間に皺を寄せて両耳を塞ぐ。
「ああ。哀れな子。でも、嫉妬されるのは美しい者の宿命だわ。――さあ、我が愛し子よ。望みを述べなさい。わたくしに与えられるものなら、なんでも与えてあげる」
アフロディーテが、聖夜の頬を優しく撫でて言った。
ゆっくりと意識が覚醒していく。
足下には雲、天には夜の世界で生きて来た聖夜には眩しすぎる極光がきらめいていている。
辺りには、無数の男女。
数多の美女、美男子を見て来た聖夜でも驚愕するほどの整った容姿の面々が、優雅に立食パーティーを楽しんでいた。
一瞬で理解する。
ここは、もはや『この世』ではない。
「目が覚めたか。田口栗済よ」
髭を蓄えた壮年の男が、厳かに呟く。
「人違いでは? 俺は聖夜。それ以上でもそれ以下でもない」
聖夜は微笑を浮かべ、淡々と答えた。
生物学上の親から与えられた仮初の名前は、夜の世界に入るずっと昔に捨てたのだ。
「ふむ。あくまで偽りの名を貫くか。それもよかろう――余は至高神ゼウス。ここは、神々が地上の人々の中より、生前優れた偉業を成した英雄を選び、褒美を与える場である。そなたは『夜の王』。泡沫の宴に人生を捧げた男。宇宙の星になり永遠の名誉を得るもよし、今の魂のまま新たな地を這い、さらに研鑽を積むもよし。どちらか望む方を選べ」
ゆったりとした貫頭衣をきた壮年の男が、顎髭を撫でつけながら呟いた。
「星になっては女を口説くこともできないでしょう。それならば再び赤子になって、女の乳を吸う方がいい」
「然り。異なる世界でさらに魂を試すが良い。掟に従い、今の魂のままでも不自由なきように、異なる言葉を解する権能を授ける。では、わしの他にそなたに申すべきことがある神々どもから、祝福と呪いを受けよ」
ゼウスは事務的な口調で言って、辺りを見渡した。
いつの間にか幾人かの――いや、ここは幾柱と表現すべきなのだろう――神々が聖夜を取り囲んでいる。
「あなた。そもそも、私はこのような夜ごとに伴侶を異にする貞節のかけらもないような男に、褒美を与えるのは反対です」
ゼウスの隣に寄り添っていた、キツめの顔をした美人が呟く。
ゼウスを『あなた』と呼んでいるということは、妻の女神ヘラか。
「そうよ! アクタイオンみたいに鹿に変えて飢狼の森に放り出しましょう! 不潔不潔不潔不潔!」
熊の毛皮の外套を被った少女が、矢をつがえた弓を聖夜に向けてくる。
「違うわ。アルテミス。この子は、ただ愛の数が人より多いだけなのよ。アフロディーテの名において、この子が女に与えてきた愛は、全て本物だったと保証します」
肌が透けて見えそうなほどの薄いヴェールを纏った絶世の美女が、擁護するように聖夜の隣に立った。
女神アフロディーテ、またの名を『ヴィーナス』。
「あんたみたいなふしだら女が保証して何の意味があるっていうのよ! こいつも、愛とか恋とか調子のいいこと言ってるけど、要は金で身体を売る男娼でしょう? 汚らわしいわ」
「誤解です。確かに俺は金を受け取っていましたが 金の前に愛がなくてはホストは務まりません。そして、時に身体を重ねることがあろうとも、俺が埋めたいのは女性の肉欲ではなく、彼女たちの心でした。証拠をお望みなら、どうか、俺に一時間ください。オリオンとの悲恋に傷ついたあなた心をきっと満たして差し上げます」
聖夜はそう言って、張りつめた弓を構えるアルテミスの腕をそっと絡めとり、跪いてその拳を自らの額に押し当てる。
「なっ! なっ! なっ! 一体なんなのよこいつうううううう!」
アルテミスが弓を取り落とし、聖夜の手を振り払うと、顔を真っ赤にして後ずさる。
「はっはっはっ! 処女神を口説き始めよった。古の時代を思い出すな。昔はこいつのように骨のある人間がたくさんいたものだ。わしもあの大工の息子が幅を利かせよる前はよく――」
「あなた!」
「コホン――疾く議論を進めよ」
ヘラに脇腹をつねられたゼウスが、咳払い一つ呟く。
「……やはり、私は、数多くの女に愛されながら、生涯一度も定まった伴侶をもたなかったこの男を快く思いません。私の眷獣たちは、あなたを拒むことでしょう。これを私の呪いとします」
「……全てか? 竜種も、巨人種も、向こうで英雄と契約を交わしている強力な眷獣の多くは、お前の管轄ではないか。それら全てを封じられれば、この者が戦働きで功を立てることは難しくなる」
「この男は口先だけで生きてきた男。戦働きができぬとて、何の問題がありますか? それとも、あなたはこのような浮気者の男が正しいとでもおっしゃるつもりですか? 大体あなたは昔から――」
「ただ確認しただけだ。邪推をするな」
耳元でがなり立てるヘラに、ゼウスが眉間に皺を寄せて両耳を塞ぐ。
「ああ。哀れな子。でも、嫉妬されるのは美しい者の宿命だわ。――さあ、我が愛し子よ。望みを述べなさい。わたくしに与えられるものなら、なんでも与えてあげる」
アフロディーテが、聖夜の頬を優しく撫でて言った。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
せっかく転生したのに得たスキルは「料理」と「空間厨房」。どちらも外れだそうですが、私は今も生きています。
リーゼロッタ
ファンタジー
享年、30歳。どこにでもいるしがないOLのミライは、学校の成績も平凡、社内成績も平凡。
そんな彼女は、予告なしに突っ込んできた車によって死亡。
そして予告なしに転生。
ついた先は、料理レベルが低すぎるルネイモンド大陸にある「光の森」。
そしてやって来た謎の獣人によってわけの分からん事を言われ、、、
赤い鳥を仲間にし、、、
冒険系ゲームの世界につきもののスキルは外れだった!?
スキルが何でも料理に没頭します!
超・謎の世界観とイタリア語由来の名前・品名が特徴です。
合成語多いかも
話の単位は「食」
3月18日 投稿(一食目、二食目)
3月19日 え?なんかこっちのほうが24h.ポイントが多い、、、まあ嬉しいです!
知らない異世界を生き抜く方法
明日葉
ファンタジー
異世界転生、とか、異世界召喚、とか。そんなジャンルの小説や漫画は好きで読んでいたけれど。よく元ネタになるようなゲームはやったことがない。
なんの情報もない異世界で、当然自分の立ち位置もわからなければ立ち回りもわからない。
そんな状況で生き抜く方法は?
創造魔法で想像以上に騒々しい異世界ライフ
埼玉ポテチ
ファンタジー
異世界ものですが、基本バトルはありません。
主人公の目的は世界の文明レベルを上げる事。
日常シーンがメインになると思います。
結城真悟は過労死で40年の人生に幕を閉じた。
しかし、何故か異世界の神様のお願いで、異世界
の文明レベルを上げると言う使命を受け転生する。
転生した、真悟はユーリと言う名前で、日々、ど
うすれば文明レベルが上がるのか悩みながら、そ
してやらかしながら異世界ライフを楽しむのであ
った。
初心者かつ初投稿ですので生暖かい目で読んで頂くと助かります。
投稿は仕事の関係で不定期とさせて頂きます。
15Rについては、後々奴隷等を出す予定なので設定しました。
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる