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第2話 神々の審判(1)

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 エレベーターで上昇していく時にも似た浮遊感。



 ゆっくりと意識が覚醒していく。



 足下には雲、天には夜の世界で生きて来た聖夜には眩しすぎる極光がきらめいていている。



 辺りには、無数の男女。



 数多の美女、美男子を見て来た聖夜でも驚愕するほどの整った容姿の面々が、優雅に立食パーティーを楽しんでいた。



 一瞬で理解する。



 ここは、もはや『この世』ではない。



「目が覚めたか。田口栗済たぐちくりすますよ」



 髭を蓄えた壮年の男が、厳かに呟く。



「人違いでは? 俺は聖夜。それ以上でもそれ以下でもない」



 聖夜は微笑を浮かべ、淡々と答えた。



 生物学上の親から与えられた仮初の名前は、夜の世界に入るずっと昔に捨てたのだ。



「ふむ。あくまで偽りの名を貫くか。それもよかろう――余は至高神ゼウス。ここは、神々が地上の人々の中より、生前優れた偉業を成した英雄を選び、褒美を与える場である。そなたは『夜の王』。泡沫の宴に人生を捧げた男。宇宙そらの星になり永遠の名誉を得るもよし、今の魂のまま新たな地を這い、さらに研鑽を積むもよし。どちらか望む方を選べ」



 ゆったりとした貫頭衣をきた壮年の男が、顎髭を撫でつけながら呟いた。



「星になっては女を口説くこともできないでしょう。それならば再び赤子になって、女の乳を吸う方がいい」



「然り。異なる世界でさらに魂を試すが良い。掟に従い、今の魂のままでも不自由なきように、異なる言葉を解する権能を授ける。では、わしの他にそなたに申すべきことがある神々どもから、祝福と呪いを受けよ」



 ゼウスは事務的な口調で言って、辺りを見渡した。



 いつの間にか幾人かの――いや、ここは幾柱と表現すべきなのだろう――神々が聖夜を取り囲んでいる。



「あなた。そもそも、私はこのような夜ごとに伴侶をことにする貞節のかけらもないような男に、褒美を与えるのは反対です」



 ゼウスの隣に寄り添っていた、キツめの顔をした美人が呟く。



 ゼウスを『あなた』と呼んでいるということは、妻の女神ヘラか。



「そうよ! アクタイオンみたいに鹿に変えて飢狼の森に放り出しましょう! 不潔不潔不潔不潔!」



 熊の毛皮の外套を被った少女が、矢をつがえた弓を聖夜に向けてくる。



「違うわ。アルテミス。この子は、ただ愛の数が人より多いだけなのよ。アフロディーテの名において、この子が女に与えてきた愛は、全て本物だったと保証します」



 肌が透けて見えそうなほどの薄いヴェールを纏った絶世の美女が、擁護するように聖夜の隣に立った。



 女神アフロディーテ、またの名を『ヴィーナス』。



「あんたみたいなふしだら女が保証して何の意味があるっていうのよ! こいつも、愛とか恋とか調子のいいこと言ってるけど、要は金で身体を売る男娼でしょう? 汚らわしいわ」



「誤解です。確かに俺は金を受け取っていましたが 金の前に愛がなくてはホストは務まりません。そして、時に身体を重ねることがあろうとも、俺が埋めたいのは女性の肉欲ではなく、彼女たちの心でした。証拠をお望みなら、どうか、俺に一時間ください。オリオンとの悲恋に傷ついたあなた心をきっと満たして差し上げます」



 聖夜はそう言って、張りつめた弓を構えるアルテミスの腕をそっと絡めとり、跪いてその拳を自らの額に押し当てる。



「なっ! なっ! なっ! 一体なんなのよこいつうううううう!」



 アルテミスが弓を取り落とし、聖夜の手を振り払うと、顔を真っ赤にして後ずさる。



「はっはっはっ! 処女神を口説き始めよった。古の時代を思い出すな。昔はこいつのように骨のある人間がたくさんいたものだ。わしもあの大工の息子が幅を利かせよる前はよく――」



「あなた!」



「コホン――く議論を進めよ」



 ヘラに脇腹をつねられたゼウスが、咳払い一つ呟く。



「……やはり、私は、数多くの女に愛されながら、生涯一度も定まった伴侶をもたなかったこの男を快く思いません。私の眷獣たちは、あなたを拒むことでしょう。これを私の呪いとします」



「……全てか? 竜種ラドーンも、巨人種アルゴスも、向こうで英雄と契約を交わしている強力な眷獣の多くは、お前の管轄ではないか。それら全てを封じられれば、この者が戦働きで功を立てることは難しくなる」



「この男は口先だけで生きてきた男。戦働きができぬとて、何の問題がありますか? それとも、あなたはこのような浮気者の男が正しいとでもおっしゃるつもりですか? 大体あなたは昔から――」



「ただ確認しただけだ。邪推をするな」



 耳元でがなり立てるヘラに、ゼウスが眉間に皺を寄せて両耳を塞ぐ。



「ああ。哀れな子。でも、嫉妬されるのは美しい者の宿命だわ。――さあ、我が愛し子よ。望みを述べなさい。わたくしに与えられるものなら、なんでも与えてあげる」



 アフロディーテが、聖夜の頬を優しく撫でて言った。
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