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第56話 町を守るいいヤクザ(1)

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 翌日、俺は約束通りに、賽蛾組の事務所へと出向いた。



 なお、撮影は、こちらと賽蛾組との交渉がまとまるまで中止ということで、演者やスタッフたちは休憩している。厳しいスケジュールだったので、ちょうどいい息抜きになるかもしれない。



「さて、どんな画が撮れるか、わくわくしますねぇ……」



 寡黙なカメラマンを引き連れた白山監督が、堺雅人ばりのにやけ面で言う。



「ご期待に沿えるよう努力はしますが――、彼女まで連れてくるとは聞いていませんでしたよ」



 俺は横目で、愛しの主演女優様を見遣った。



 小百合ちゃんは、セーラー服姿で、ポン刀(模造)を突っ込んだ学生鞄をきつく抱きしめている。



「いえね。やはり、フィクションを撮るからには、演ずる人間がいなければ映画ではないと思いましてね」



「あの、祐樹くん。やらせてください。もちろん、こうして、一筆したためてきました。万が一のことがあっても、皆さんにご迷惑をかけないように」



 小百合ちゃんが決然とした表情で言う。



 ご迷惑かけないでって言っても、その万が一があったら、俺は日本一のアイドルを傷つけた戦犯になっちゃうからね? 多分、ファンに殺されるよ。



「この映画にそこまで真剣に取り組んでもらえるのは本当にありがたいんですが……。あの、佐久間さんはこのことをご存じで?」



「佐久間さんには黙って出てきました。私、このままじゃ、ダメだと思うんです。監督や祐樹くん、それに、私よりずっと小さな女の子がこれだけ身体を張ろうとしているのに、私だけいつまでも佐久間さんに守られたままでは、今回のヒロインみたいな強い女の子は演じる資格がないんです。だから、もっと、体当たりで演技に臨まないと」



 体当たりすぎない? でも、確かに、本編では、佐久間さんが暴漢に殺されたトラウマを乗り越えることによって、アイドルとしても女優としても一皮向けて、小百合ちゃんは伝説の芸能人として大成するんだよなあ。でも、今はそういう障害はない訳で、彼女は本能的にトラウマイベントの代替物というか、成長イベントを求めているのかもしれない。



(うーん、映画の出資者としては、当然、メイン女優を危険に晒すのは、リスク高すぎてノー。でも、主人公的には、本気になったヒロインに協力しないということはありえないんだよなあ……)



 迷うところだが、出資者としての俺と、くもソラの主人公としての俺。どちらの役目が優先されるかといえば、やはり後者だろう。



「――分かりました。そこまでの覚悟があるなら、俺はもう何も言いません。ついてきてください」



 俺は顔をクッと引き締めて頷く。



「ごちゃごちゃうるさいわねぇー。早くしないと置いていくわよぉー?」



 せっかちなアイちゃんが脚を貧乏ゆすりして言う。



 雑魚ヤクザとの戦闘ノルマを早く終わらせたくてイライラしているのだろう。



 俺とアイちゃんが先行する形で歩く。



 十分も経った頃だろうか。俺たちは町の外れにあるヤクザ事務所――というより屋敷へと到着した。



「うんうん。中々いいロケーションではないですか」



 白山監督は、屋敷の外観を眺めて、満足げに呟く。



 高い塀と鉄扉に守られ、松なんかが生えちゃってる、和風要塞。自称街を守るいいヤクザさんにぴったりのアジトだ。



 俺は門扉のインターホンを押した。



「……なんや」



 しばらくの間があってから、不機嫌そうな声が返ってきた。



「成瀬祐樹です。お約束通り、『誠意』を見せにきました」



「おう。そんなことはわかっとるわ。ワレの後ろに金魚の糞みたいにくっついとんのはなんやねん」



「いえ、白山監督が、どうせなら、本物の任侠道を極めた皆さんの映像を撮りたいとおっしゃってまして。地元振興のためにも、映画撮影にご協力ください」



 俺は笑顔で答えた。



「アホぬかせ。お前だけで来い」



「そんなことおっしゃらずに。こちらは丸腰の子どもですよ。これくらいの自衛の手段を用意させてもらってもバチは当たらないのでは? お嫌なら、こちらも別の形でふさわしい『準備』をさせてもらいますが」



 俺は両手を挙げて、クルリとその場で一回転して非武装アピールをする。



 もし、天下のアイドルと世界的な監督は傷つけられたら、大騒動になる。そうすれば、ショボイ駐在所があるだけのこの田舎にも、本庁から大量の人員がなだれ込んできて本格的な捜査をすることになるだろう。駐在員の一人や二人なら脅しや買収で抱き込むことは容易くても、全国規模のニュースになったら、隠蔽は難しいよ――という、俺からの対抗策という設定だ。



 まあ、白山監督たちを会談の場に連れて来るには、もっともらしい理由が必要なので、そういうことにした。



「ちっ――まあええわ。入れ!」



 鉄門扉が重々しい音を立てて開く。



「どうも」



 チンピラに軽いボディーチェックをされた後、石畳の通路を通り、俺たちは中へと進んだ。



「いいですねー。素晴らしいですねー。見てください! この床の木目、それからこの窓ガラス。こういう古い窓ガラスのある邸宅は、意外と貴重なんですよ。小百合さんちょっとそこに立って、シーン37を――」



「おら! チンタラしとらんとキビキビあるかんかい!」



 白山監督はウキウキでカメラを回す。何度ヤクザにドヤされても、全くめげることがない。



 肝座りすぎだろこの人。



 俺はアイちゃんの実力を知ってるから落ち着いていられるけど、監督はマジで漠然とした経験と勘だけでついてきてるんだぞ。



 やがて、俺たちは応接間のような場所に通された。



 まず目に入ったのは額縁。



『人生は賽の目、飛んで火に入る毒蛾にも意地』



 達筆の墨文字で書かれた謎のお題目が俺たちを睥睨している。



 実は、このお題目がアナグラムのパスワードになっており、みかちゃんルートにおける攻略の鍵だという知識を、今回は使う必要はなさそうだ。



「ちょっと座って待っとれ」



 俺は勧められるがままに、革のソファーに座る。アイちゃんは俺の隣に立って控える。



 白山監督は、今がチャンス! とばかりに色んな角度で小百合ちゃんを撮り始めた。
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