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第49話 老婆心は厄介なフラグを立てがち

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 こうして初日の撮影は、あれやこれや想定外はあったもののなんとか無事終了した。



 日がくれる頃、俺たちはスタッフたちの待機所ともなっている公民館に引き上げる。



 折り畳み式の長テーブルの上には、ペットボトルの飲み物の類と、近所の方々のご協力で作られたおにぎりやちょっとしたおかずの軽食が準備されている。



 ちなみに、これらの差配をしたのは、我らがみかちゃんである。今も、忙しなくそこら中を歩き回って、甲斐甲斐しく癒しを振りまいている。



 さすがはみかちゃん。合コンなら絶対サラダを取り分けてくれるタイプだよ。男たちにモテモテだよ。そして、他の女の子にトイレで「あざとい」って陰口叩かれるまでがワンセットだよ。



「ふう、今日はとてもよい一日でした。非常に満足のいく画が撮れた」



 白山監督はパイプ椅子に腰かけると、愉快そうに麦茶を飲み干した。



 役者関係の人とかは酒をガンガンかっくらいそうなイメージだが、白山監督は食事もストイックで、酒もタバコも一切やらないらしい。



「それにしても、驚きました。祐樹くんが今回のヒーロー役にあそこまでハマるとは、思いませんでしたから」



 祈ちゃんは、何か気付いた所があるのか、台本に熱心に書き込みをしながら呟く。



(まあ、今も常時主人公の演技をしてるし?)



 などとは言えない俺は、



「そ、そうか?」



と、照れくさそうに笑う。



「うん! ゆうくんがかっこよかったー!」



 ぷひ子はそう言って俺にキラキラした視線を向けてくる。



(ヒロイン役を奪われたのに呑気な奴だ……)



 歩く嫉妬マシーンのぷひ子も、さすがにぽっと出のアイちゃんに俺がかっさらわれる可能性は考えてないらしい。そうやって油断してるから、いろんなルートで負け幼馴染となり、くもソラ人気投票ではサブヒロインたちにフルボッコにされまくるんだぞ。ぷひ子よ。



 つーか、こいつ、手遅れになってから後悔して爆発する、一番厄介なタイプの嫉妬ネキだしな。まー、ギャルゲーに二人幼馴染の攻略対象がいる場合、選ばれなかった方のブチキレイベントは必然なんだけど。



「それにしても、不思議ですね。今回のヒーロー像は、青年期の方の役者さんに合わせて作りました。子役の方もそれに準じたキャラクターになっています。どちらかというと、祐樹くんとは真逆のタイプかと思ったんですが……」



 祈ちゃんがふとペンを止めて考え込む。



 小百合ちゃんのお相手役の、今をときめくイケメンね。



「そうでしょうか……。私はむしろ、本質的にあのキャラクターに一番近いのは、祐樹くんだと思いましたよ。だから、私は彼を指名したんです。祈さんご本人が自覚していらっしゃるかは分かりませんが、異性の恋人役を作る時、クリエイターは、本人の無意識にしろ、その理想を投影せずにはいられません。私も監督なんて仕事をしていますから、よくわかります」



 白山監督がニコニコして言う。



 うわっ。このおじさん、めんどくさい会話フラグを立てようとしてやがる。



 俺は飲み物を取りに行くフリをして立ち上がった。



 二人の会話が『聞えない演技をしても』不自然でないくらいの距離感だ。



「幼い恋心を勝手に代弁するのは、無粋ではないですか……」



 祈ちゃんが台本で顔隠しながら、呟く。



「ははは、そうですね。失礼しました。でも、恋はいいものですよ。楽しいものでも、辛いものでも、どちらも、人生の糧になる。だから、どんどん恋をしたらいい」



 おい。それっぽいこと言ってんじゃねーぞ、ニセ無免許医が。俺の恋には世界の命運がかかってんだぞこら。



「だ、そうです。祐樹くんは、もし映画を撮るなら、どんなヒロインにしますか?」



「……ん? よくわからないけど、俺ならヒロインを助けないだろうな。勝負は勝負だし、鬼ごっこに参加したのはヒロイン本人の意思だしな」



 俺は監督と祈ちゃんの前の会話が聞こえなかった体でそう答える。



 『誰が好きなの!?』系の選択肢は、誰かを選ぶと選ばれた以外のヒロインの好感度が下がるクソだ。



 ここはぐらかし一択。



「ふふっ。そうですよね。祐樹くんは、後でこっそり特訓に付き合ってくれるタイプです」



 祈ちゃんはクスっと笑った。好感度が小上がった。多分。



「祐樹の演技も良かったけど、僕はアイちゃんの演技にも驚いたよ。その、失礼だけど、演技ができそうなタイプには思えなかったから」



 香が、疲れてうたた寝を始めた渚ちゃんに肩を貸しながら呟く。



 香は主役からモブ子役に格下げされたものの、特に不満はなさそうだ。むしろ、ぷひ子といちゃいちゃしなくてよくなったから安堵してる感すらある。



「それな。――良かったな、アイ。俺のボディーガードを辞めても、女優で食っていけるぞ」



 俺は香に大きく頷いて見せてから、アイに水を向ける。



 俺の演技の出来は自分では客観的な評価はできないが、少なくともアイの演技に関しては文句のつけようがないクオリティだった。



 特に涙目の演技は野次馬にきていた村人たちが息を呑むほどで、『ただものではない』いじめられっ子を見事に表現していた。



 ソフィアあたりに言わせれば、『こちらの方がむしろ素に近いですよ。アイは、本当は、脆くて優しい子なんです』といった話になるのだろうが。



 ともかく、白山監督の映画人としての腕は確かなようで、俺は一安心だ。



「はぁ? どうでもいいけどぉ。どうせなら、もっと、こう、血とか内臓とかがドバドバ派手に出る映画にしなさいよぉ。つまんないわぁ」



 アイは本当に心底つまんなそうに行った。こちらに視線を向けることもなく、そこらを飛び回る羽虫を割り箸で捕まえて潰す達人ムーブをして無聊を持て余している。



「後半に暴力団の事務所に乗り込む、アクションシーンがありますよ。一応、青春映画なんで、グロテスクな演出は控え目ですが」



 祈ちゃんが呟く。



「そこなんですがねえ。私としては、もうちょっと真に迫った演出がしたいんですがねえ。青春の無鉄砲には痛みがともなうものでしょう?」



「いや、さすがにレーティングに引っかかるようなものだと、メインの客を逃してしまうんで、そこは勘弁してください。アイドルである小百合さんとのイメージの兼ね合いもありますんで」



 俺はまた映画馬鹿を発動させようとした白山監督をなだめにかかる。クリエイターという生き物は好き勝手にさせとくと、商業を無視したものを作りがちだ。いくら一部のマニアに評価されようが、売れてくれなきゃ俺としては困る。



 そういえば、か〇や姫の物語でジブ〇がやばくなったってマジなのかな?



「小百合さんの今後の芸能活動の飛躍を期するなら、むしろアイドル映画ということを意識しない方がいいと思いますがねえ……」



「小百合さんの芸能活動はともかく、私は純粋に映画のために、グロテスクなシーンはいらないと思います。ここで表現が身体性に寄り過ぎると、テーマがブレるので――」



 喧々諤々の議論は続く。



 正直に白状すれば、この時、俺は純粋に楽しかった。



 最初は打算で始めた映画撮影だった。でも、子ども時代、部活も勉強もそこそこで真剣に向き合わず、暇があればギャルゲーばっかりやっていた俺にとっては、まるで青春を追体験しているかのような、新鮮で刺激な体験だったのだ。



 まあ、こういうモノローグって、大体フラグだよなあ……と気づいたのは、後になって、全てが終わってからのことだった。
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