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第30話 お嬢様キャラは大体チョロい

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「ご、ごめんなさい。あの、電気がついてないので、無人かと思って」



 香が弁解するように言った。



「古い館ですから、配電が行き届いてませんのよ。今日、こちらに着いたばかりですの」



 シエルお嬢様は、イギリスからの帰国子女である。本国で血生臭い身内の権力闘争が発生し、それから逃れるために、急遽この田舎に疎開してきたって訳だ。それ故、住居の準備も満足に整っていないという訳である。



「ちっ、人がいるならいるって、看板でも出しとけよ! クソがっ!」



 翼が悪態をつく。



「盗人猛々しいですわね。開き直りは見苦しいですわよ」



「悪かったよ。なんらかの形で償いはするから、許してくれ」



 俺はきっちり反省しているトーンでそう謝る。



「……ふう。仕方ありませんわね。――ソフィア。この方々を自由にして差し上げて」



「ですが、お嬢様。刺客の可能性も」



「このような簡単なトラップに引っかかる刺客がおりまして?」



 ソフィアの懸念に、シエルが肩をすくめる。



 なお、こいつのトラウマ発生は、この先、信頼していた『お兄さま』が実は黒幕だったということを知ってからのことになるが、俺にそれが防げるかは怪しい。



 なにせ、相手は財閥だからな。



 いくら俺が金を稼ぎまくって、政治家とのコネを作り始めてるとはいえ、財力も権力もまだまだ到底かなわない。



 まあ、シエルのぬばたまの姫の巫女としての血は、全ヒロインの中でも一位、二位を争う薄さなので、悲劇には直結しないだろう。シエルのバッドエンドは、彼女自身のバッドエンドであり、世界の危機にまでは至らない。



 要は、救出のコストとリターンが見合っていないヒロインなので、後回しにせざるを得ない枠である。



 それでも、お嬢様キャラは色々イベントを回すのに便利だから、関係性はつないでおくけどね。



「――かしこまりました」



 ソフィアは、俺たちの所へゆっくりと近づいてくると、腰の剣を一閃させた。



 縛めから解き放たれた俺たちは、床へと転がる。



「あの、住居に不法侵入した私が言うのもなんなんですが、それ、普通に銃刀法違反では?」



 祈が冷静に突っ込む。



「模造刀です」



 ソフィアは眉一つ動かさずに即答し、主の元へと戻っていく。



 嘘じゃん。バリバリの真剣じゃん。ついでに、それ、過酷な実験で死んでいった仲間たちの魂が詰まった作中屈指の強武器つよぶきじゃん。



 銀髪メイドこと、ソフィアちゃんは、俺のママンによって改造人間にされかけ、エゲつないトレーニング、もとい実験体にされていた所を、護衛を探していたシエルお嬢様に身請けされて救われたという裏設定がある。



 そして、彼女たちの犠牲のおかけで、今の主人公くん=俺の命がある訳です。そういう意味では、ソフィアちゃんに感謝しないといけないね。



 ちなみに、彼女は本編では攻略対象のヒロインではないが、くもソラ発売後にご主人様のシエルちゃんを凌ぐ人気を得たため、ファンディスクで無事、攻略できるようになった。主人公くんとは過去の因縁が色々とあり、好感度がマイナススタートのため、中々攻略難易度は高い。



「とりあえず、立ち話もなんですから、お入りになって。お茶にでも致しましょう。ソフィア。紅茶を――いえ、時間が時間ですし、ハーブティーの方がよろしいですわね」



「はい」



 ソフィアが音もなく視界から消える。彼女の戦闘力は、ドラ〇ンボールにおけるクリ〇ンくらい強い。一般人相手なら大体余裕で勝てるが、ぬばたまの姫の呪いが発動した人外チートヒロインズには敵わない。それくらいの立ち位置だ。



「では、応接室へどうぞ」



 シエルは洗練された動作で、俺たちを応接室に導く。



 マッチの火で灯されたろうそくが、部屋の中を赤く照らす。



「……もしかして、あれ、ファーブル昆虫記、しかも、初版じゃないですか!?」



 インテリアを兼ねた本棚を見て、祈が目を輝かせる。



「初版かは分かりませんけれど、相当古い物であることは確かですわね。ワタクシの曽祖父のものですから」



「あの、もしよろしければ拝読しても?」



「ええ。ご自由にどうぞ」



「ありがとうございます!」



 祈が本の虫モードに入った。これでしばらくは会話に参加してこないだろう。



「失礼致します」



 やがて、ソフィアが銀色のカートにのせて、ティーポットとお茶請けを運んできた。



 それらをテキパキと俺たちの前に配ってから、再びシエルの側に控える。



 気まずい沈黙が流れる。



 まあ、俺たちは不法侵入者だしね。



「そういえば、私、まだ英語はあまり読めないのだけれど、本棚に並んでるの、昆虫関係の本ばかりよね。『毒蛾伯爵』の噂と関係あるのかしら」



「毒蛾伯爵? なんですの、それ」



「ここら辺に伝わってる噂話なんだけど――」



 俺は、シエルに『毒蛾伯爵』の逸話とここに肝試しに来るに至った経緯を、かいつまんで説明した。



「なるほど。そういう理由でこちらにいらしたんですの。納得は致しませんけど、理解はしましたわ。結論から申し上げますと、その噂話は八割がた虚構ですわね。ワタクシの曽祖父が昆虫学者で、こちらの現地女性――曾祖母と結婚したところまでは本当ですけれど、後は全て事実ではありませんわ。むしろ、身体を悪くしたのは曾祖母の方で、曽祖父が当時の最先端の医療を受けさせるために彼女をイギリスに連れ帰ったというのが真相です」



 実は、このエピソードは他のヒロインの先祖の諸々にまつわる悲劇と、シエルの曽祖父の噂が混合した結果のものだ。つまり、実際にあったことだけど、シエルの曽祖父とは関係ないということだ。



「ちっ、なんだ。つまんねーの」



 翼は退屈そうにソファーの背もたれに身体を預けて欠伸する。



「ぷふー。じゃあ、お化けさんはいないんだね。よかったー」



「金髪のお姉ちゃん、このお茶おいしい! お菓子も! ありがとー」



 ぷひ子と渚はむしろほっとしたように笑う。



「どういたしまして。――で、真相がわかったところで、あなた方はどう罪を償いますの? けじめもつけずになあなあというのは、ワタクシ、好みじゃありませんの」



 シエルは貴族っぽい峻厳な視線を俺たちに送ってくる。



「……そうだな。とりあえず、この屋敷の掃除を手伝うっていうのはどうだ? 事情はよくわからないけど、人手が足りてないみたいだし」



 俺は本編通り、そう贖罪の提案をする。



「あ、うん。いいね。僕も一生懸命、引っ越しの手伝いをやるから、ゆるしてもらえないかな」



 香が即座に賛同して頷いた。



「お兄ちゃんがやるなら、渚もお手伝いするよー」



「ぷひ子もお掃除する! あのね。納豆にはお水をきれいにする力があるんだよ」



「あ、では、私は書庫の整理などを任せてもらえればと」



 他もおおむね賛同の意。



「あー? 掃除とかタルい――」



「翼ちゃん。ここはゆうくんに従いましょう。上手くいけば、私たちの秘密基地ができるかもしれないわよ?」



「秘密基地か……、まあ、それなら悪くねえかもな」



 数少ない不満分子も、みかちゃんが即行で鎮圧した。



「――分かりましたわ。それで手を打ちましょう。ソフィア一人に屋敷の掃除を任せるのは、さすがに酷ですものね」



 シエルはハーブティーを飲んで一拍おいてしばし瞑目した後、そう呟いた。



(説明しよう! シエルお嬢様は、対等に付き合える友達に飢えているのだ!)



 シエルお嬢様は財閥特有の利害関係前提のドロドロした人間関係に疲れている、という設定である。



 つまり、お嬢様キャラのご多聞に漏れず、真の友情やら恋愛やらに脆くてチョロいのだ。



「お嬢様。掃除ごとき、私が……」



「でも、あなた、最近働き詰めじゃありませんの。ワタクシは今、あなた以外に信頼できる従者もおりませんのよ。倒れられても困りますわ」



 シエルは、金髪ドリルらしいツンデレの片鱗を見せる、思いやりあふれる声色で言った。



「お嬢様がそうおっしゃるなら。――あなた方、お嬢様の寛大さに甘えて、調子に乗った行動を取らないでください。二度目はありません」



 ソフィアが射貫くような目で俺たちを見渡し、そう釘を刺す。



(さて。舞台は整ったな。やっぱり、不安の芽は早めに摘んでおかなきゃね)



 俺は神妙に頷くフリをしながら、銀髪メイドに狙いを定める。



 シエルの鬱フラグを今すぐ折るのは無理だが、ソフィアの方は違う。



 ベストな展開は無理でも、ベターな選択をして、彼女の歓心を買うとしよう。

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