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二章 「初めて会った時から」

24話

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 あの後、リリスの居る宿屋に帰ってみると、リリスは既に目を覚ましていた。
 自分が寝ている間に何があったのか訊いてきたので、別に隠す必要も無いと包み隠さずに話したら、案の定と言うべきか申し訳なさそうな表情をしていた。
 だが、リリスが役に立ってなかった訳が無い事は、実は誰もが知っている。
 結果論にはなるが、侵攻の予兆を察知できたのはリリスの功績だし、セシリアがリリスに対して何の感情も抱いていなければ、リリスにかけられた魔法が更に厄介なものになっていた可能性は高い。そうなれば、リェリェンが受けた被害は今よりもっと酷い事になっただろう。

 少しの間しか過ごしていないが、リリスは気が強いように見えて、結構遠慮がちだ。常に『私なんか』と言ってしまう少女だ。
 だから今も、ギルドマスターを前にしてこんなにも狼狽している。

「わ、私がCランクですか!? いえ、そんな働きなんてしてませんし、私より他の皆さんの方が……」

 ここは冒険者ギルドリェリェン支部。つい昨日目覚めたばかりのリリスには早速、昇格と言うイベントが待っていた。

「私なんて無様に寝込んでただけですし、そもそも魔物に囲まれた時に切り抜けられたのはエンマさんが貸してくれた武器のお陰ですから!」

 俺とセルゲイは顔を見合わせて苦笑いする。何せ、事前に俺が予想していた反応と同じだったのだ。『リリスは全力で遠慮するだろう』と。
 セルゲイはリリスを諭す。

「君が幾ら棄権しても、これは君の働きを吟味して判断したギルドの決定だ。ギルドマスターの権限を使っても、取り消しは出来ないんだよ」

「ですが……」

「君はもっと自信を持った方が良い。例え君がどう思っていようと、私達は君に助けられたと感じているんだ」

「そう…ですか?」

「そうだ。君は胸を張って良い。寧ろそうで無きゃ、侵攻に立ち向かった冒険者たちが納得してくれないだろう。今回の君の働きは、何ならリェリェンの冒険者全員が認める事なんだ」

 だから、素直に受け取ってくれ。
 それを聞いたリリスはと言うと、まだ難しそうな表情をしていたが。

「……分かりました」

 そう言って、Cランクのギルド証を受け取った。しぶしぶと言った風ではあるが、頬の緩みを隠しきれていない。やはり昇格そのものは嬉しかったらしい。
 セルゲイはそれを見届けた後、残った仕事を消化しに奥の部屋へと去って行く。リリスの様子を眺めていたギャラリーも、各々のルーチンへと戻っていった。詳しく言えば、街の復興を手伝ったり、依頼を受ける為に掲示板へ群がったりと。
 そんな冒険者たちの慌ただしい日常を横目に、興奮の冷めきらないリリスへ言葉をかける。

「なあ、リリス」

「何ですか?」

「俺は今から、リェリェンを出るつもりだ」

 リリスの動きが完全に止まるのを感じた。
 申し訳なさも感じながら、話を続ける。

「元々この街に長く留まるつもりは無かったしな。区切りとしては、今が丁度いい」

「え? えと、じゃあ、私と別れるって事、なんですか?」

 リリスから窺える感情には、困惑と焦燥、そして大きな不安があった。
 俺も鈍感じゃあない。リリスの気持ちにも、気が付いてはいたんだ。

 離れたくない。一緒にいたい。リリスの俺に対する感情に、依存の類いが多くなり始めている事は分かっていた。
 そして困った事に、俺自身もリリスとは離れたくないんだ。

「まさか。ただ出て行くだけなら、こんな風に誰かに言う必要は無いだろ」

 ややこしい事は何も無い。お互いに同じ感情を持ってしまっているだけ。

「一応、訊いておきたいんだ」

「何を、ですか?」

 このまま一人で旅をするならば、確実に孤独が付き纏う。そればかりは勘弁したい。
 今までは一人だったが、それは一人だと意識できる余裕も無かったから。白線から半歩踏み出せば死、邪神領ではそれが普通だった。
 しかし、人族の地に入ってからは易々と死の危険に陥るような事は無く、生き延びる以外の事に意識を向ける余裕が出来たのだ。

 そこで気付いたのが、孤独と言う感情。俺はこの世界【A'camlayenn】に来て、殆ど誰ともコミュニケーションをとっていなかった。
 言葉を発するにしても、独り言以外には無かったと言っていい。それだけ、他人との関わりの無い日々だった。

 そこに、僅かながらも変化をもたらしてくれたのがリリスだ。オーガから助けた時は、特に何かを感じていた訳では無い。だが……

「俺と一緒に来てくれないか?」

 リリスといる時は、孤独が薄れていくのを感じた。それと同時に、欲が生まれた。リリスが欲しい、と。
 変態みたいだと思った。いくらなんでも、初対面でそれは無いだろうと。しかし、後でその欲望の理由を追求すると、何故か納得出来てきた。

 はっきり言うと、それに気付いたのはつい昨日の事、ガズルドと手合わせした後だ。あの後、ガズルドは俺を目標にしているのだと話してくれた。
 どれ程の力の差があるのかを知りたい。この言葉の時点で予想はしていたから、それほど驚いた訳では無い。俺が驚かされたのはその後の言葉だ。

『直ぐには無理だろうがな、いつかはてめえに一撃喰らわせてやる』

 あの時、俺が本気を出していなかったのはガズルドも分かっていた筈。ガズルドはその上で、そう言った。
 圧倒的な実力差を見せつけられた後でもそう言える彼を、俺は素直に尊敬した。俺だったら絶対に心が折れていただろうから。
 その時に思い至った。ああ、あの時のリリスも戦っていたんだ、と。

 オーガに追い詰められたリリスは、確かに生を諦めていた。気配から戦意自体を感じ取れなかった。既に戦いを放棄したのだとも考えられるだろう。
 だが、リリスは考える事だけは止めなかった。暴力的ですらある恐怖に晒され、死を目前にして尚、思考を止める事だけは無かった。
 それは、結果的にオーガを煽る効果を齎し、逆上させた。仮にオーガに人間的な感情があったとしたら、殺した後も勝ったとは思えなかっただろう。本能的に戦いを楽しむ筈のオーガに、楽しめない戦いがあった事になる。
 そのお陰で俺の攻撃が間に合い、リリスは助かった。一般的な定義からは外れるだろうが、リリスは遥か格上であったオーガと戦っていたのだ。

 一目惚れ、と言うのだろうか。恋愛感情は無いのは確かだが、俺がリリスに惹かれたのは間違い無さそうだ。

 だから。

「リリスが必要なんだ」

 こんな稚拙な甘言で誘う。リリスが断らないのを確信しているから。
 リリスの表情が一気に明るくなる。俺の卑しい下心でこの表情をさせているのだと思うと、胸が痛む。

「はい、私もご一緒します!」

 しかし、俺もやはり欲に生きる生物なのか。無邪気な笑顔でそんな事を言われれば、嬉しくない筈が無い。
 自分の頬が緩むのを感じながら、リリスに右手を差し出す。

「それじゃ、これから宜しくな」

「はい! こちらこそ、宜しくお願いします!」

 リリスは膝立ちになって俺と目線を合わせ、俺の右手を両手で包み込むように握った。
 リリスの手は、剣を使って戦っている為か少し固く、女の子と言う感じでは無かったが、しかし優しい温かさがあった。


……こうして、不知火 炎真とリリスの物語は始まった。
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