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二章終了後のお話

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「セルゲイよ、久しぶりに手合わせでもしようでは無いか」

 人並み外れた回復力で、侵攻後わずか五日程度で傷も疲労も全快してしまったアルバートが、病み上がり早々にそんな事を言ってきた。
 どんな状態でも、一度やると言ったら止めないのがアルバートと言う冒険者だ。相変わらず面倒な性格をしているな。
 私は無駄と知りつつも、アレシアに『こいつを如何にかしてくれ』と言う旨の視線を送る。アレシアは素早く私の意図を読み取り、こくりと頷き、

「分かりました。奥の訓練場を使っている冒険者に、ギルマスとアルバート様の模擬戦を行うと触れ込んでおきます」

 そして口元を三日月の形に歪ませて、そう言った。

「って、いやいやいやそうじゃ無くてね? 私はギルドマスターの仕事が……」

「大丈夫ですよ、今日の分の仕事なら私が全て片付けておきますから。セルゲイさんは心ゆくまでアルバート様とよろしくやっていて下さい」

「ほんと君は私が嫌がる事をする時に限って活き活きしてるよねぇ!?」

「感謝するぞ、アレシア嬢。さて、セルゲイ。早く訓練場へ向かうぞ」

 私は、【無属性魔法】で腕力を強化された二人に引き摺られ、訓練場へ連れて行かれた。
 アレシアは、私に嫌がらせをする時は本当に無駄なスペックを発揮するよなぁ。


「皆さん! これより、リェリェン支部ギルドマスターセルゲイと! Sランク冒険者アルバートの模擬戦をします!」

 結局、抵抗も虚しく連れて行かれ、今は訓練場の中央辺りでアルバートと対峙している。
 アレシアは【風属性魔法】を応用したと言う【拡声】なる魔法を使い、他の冒険者に注意喚起と言う名の客寄せをしている。適正外の魔法を応用できるレベルまで使いこなせるってとこは凄いと思うけど、それはもう少し益のある用途で使ってくれないかな?

 私の思いを嘲笑うように、ギャラリーの冒険者達が集まってくる。殆ど全員が興味本位だろう。
 だがそれでも、私にとっては本当に頭が痛くなる話なんだよな。適当に戦って早めに負けてデスクワークに戻るつもりだったのに。こんなに居れば、本気出せとか言う輩が出てくるだろうな。

 アレシアから観念して下さい的な気配を感じる。
 ……しょうがない、腹をくくるか。

「両者、準備が整ったようです」

 アレシアが持って来ていた鉄槌を受け取り、二、三度振って、勝手を確かめる。暫く戦っていなかったからか、体が鈍っている感じはする。
 侵攻の時より、少しはマシに動けると良いけど。

 お互いの距離が10mくらいになるまで離れる。模擬戦の基本ルールの一つだ。
 位置に立った事を確認すると、アレシアが合図する。

「用意は良いですね? それでは………始め!」

 アレシアの合図と同時に、アルバートは地面を蹴り、肉薄してくる。そして、剣の間合いに入ったところで横薙ぎに一閃。
 アルバートの剣は、通常の武器では防御不可能と言われている。それは別に、アルバートの剣自体がそんな効果を持っているからでは無い。

 アルバートの剣技は、鋼程度ならば両断できる。

 先日、セシリアはアルバートと斬り結ぶ事が叶っていたらしいが、それは妖精と言う特殊な存在を武器にしていたからだ。基本的に、アルバートの剣を武器で、盾などで受けてはいけない。
 後ろに退がっても追撃が来るだけだ。一度近付かれたら、攻撃を回避し続ける事はほぼ不可能と言って良いだろう。
 だから私は、前に踏み込んだ。剣の間合いの外側に出るのでは無く、内側へ。

 瞬間、アルバートの顔が不敵に歪んだ。

 そのまま鉄槌の柄で叩きつけようとした直後、アルバートは身体を捻り、私の背後に回り込む。

「ッ!」

 読んでいたのだろう。私が剣を回避せずに向かって来るのだと、アルバートは予想していた。
 流石に古い付き合いだ。お互いがお互いを理解しているし、考えもある程度は予想可能だ。故に、私の行動は読まれていた。
 そして当然、私もアルバートの行動を予想できた。
 しゃがみ込んで半回転。足払いをし、アルバートの体勢を崩させる。が、軽く跳ねて避けられた。

 しかし、多少の時間稼ぎはできた。素早く立ち上がり、今度はこちらから向かう。
 私の使う武器鉄槌は、その性質上、攻撃がどうしても大振りになってしまう。柄を短く持てば、小回りも効くのだが、それだとどうしても鉄槌の重さを活かせない。正直、対人戦には向かない武器だ。
 どうして私がその鉄槌を愛用しているのかと言えば、それは鉄槌の持つ破壊力の一点に尽きるだろう。

 アルバートの剣の間合いに入らないギリギリのところで、鉄槌を地面に叩きつける。石でできた訓練場の床は砕け、破片が飛び散る。これで集中力を削る事ができる、などと楽観視してはいけないが。  
 アルバートはSランク冒険者だ。本気を出せば、雨粒の一つ一つを避けて歩くなど容易い事。それが、たかが石の破片が飛んできた程度でどうこうなる訳が無い。故に、これには視界を埋める程度の効果しか無い。

 だがそれで良い。目が見えなくなれば、嫌でも警戒せざるを得なくなるから。
 そこで私が正面から、思い切り鉄槌を大きく振って出てやればいい。アルバートは、私に対応しに動くだろうから。

「ぬ?」

 踏み込もうとしたアルバートの足が縺れる。呆気にとられて、アルバートは思わず足下を見る。
 訓練場の床が僅かに隆起して、アルバートはそれに躓いていた。
 【土属性魔法】、私には【土】の魔法適正があり、Cランクくらいの魔法ならば使える。なんとか気を引いた一瞬で、アルバートの足下の石だけを隆起させる事に成功したのだ。

 反応に遅れたアルバートの腹に、渾身の一撃が、力を込めた鉄槌が突き刺さる。

「がッ……!」

 そして、鉄槌を振り抜き、アルバートを吹っ飛ばす。空中では踏ん張りが効かず、アルバートの身体は模擬戦場として定められた範囲から完全に出ていった。

 直後、アレシアの声が響く。

「リングアウト、ギルドマスターセルゲイの勝利です!」

 瞬間、いつの間にか設営されていた仮設会場がわっと沸き上がる。

「……は?」

 当然、その結果に一番驚いたのが私だ。やるからには勝つつもりで戦ってはいたが、そもそも私は、現役をAランクの時点で引退している。ギルドマスターとなった後は、軽く勘を忘れない程度にしか戦闘に触れていなかった。
 その私が、研鑽を重ねてきたアルバートに勝てる道理がある筈がない。

 と、そこである可能性に気が付いた。
 起き上がって腹をさするアルバートに近付く。

「見事だったぞ、セルゲイ。未だ衰えてはいないようだな」

「アルバート、手を抜いていただろう?」

「いや、全力だったぞ」

 万が一、手加減していた場合を考えて言ってみたが、アルバートに嘘をついている様子は無い。『全力で手を抜いた』などと言う詭弁を使う奴でも無いから、この直感は信じていい。
 だったら何だと言うのか、答えは驚くほど単純で。

「傷が、まだ癒えて無いんだな」

 セシリアとの戦い。アルバートは【闇の妖精球】の剣で脇腹を貫かれた。本来ならば死んでも可笑しくはない。
 しかしSランク冒険者とは、一般的に化け物とすら言われる次元にいる。『人並み外れた回復力で、侵攻後わずか五日程度で傷も疲労も全快してしまった』とは、まさに正確な表現だった訳だ。
 その化け物が負った深い傷。妖精球は持ち主の魔力によって性質を変えると言う。セシリアの【闇の妖精球】は、化け物アルバートを倒す為だけの性質を持っていたと言う事だろうか。

「もう治ったと思っていたがな」

 そう言ったアルバートの顔は、どこか清々しさすら感じさせた。


 その後、アルバートはまた三日ほど休養し、リェリェンを出て行った。急ぎすぎでは無いかとも思ったが、『時間は有限』らしい。砥石と携帯食料を買って、また魔族を倒しに行くのだろう。
 なお、完全回復したアルバートとも戦わされたが、十秒と保たずに敗北した。やはり  あの時の『治った』宣言は嘘だったようだ。

「ギルマス、また可笑しな書類が来てます」

「緊急依頼か?」

「いえ、ラブレターですね。私への」

「だったら報告しないでくれ。余計な仕事は要らないから」

「あ、こっちが新しい依頼書です」

「そっちを先に出してくれ、頼むから」

 現役だった頃よりも大変になった気はするが、私にはこっちの方が性に合っていそうだ。
 時々騒がしいギルドは、今日も平常運転。
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