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第74話 曇天の門出
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「クヒヒ、人望ねぇなぁ、お前。」
「……」
ふざけた笑みを浮かべるギィを無視して、アドノスは乱暴に馬車に乗り込んだ。
奴が言っているのは、どうせ先日の件についてだ。
思い出したくもない記憶が、吐き気と共にせりあがってくる。
『Sランククエストを受注したッ! 我こそはと思うものは、名乗り出ろ! 名を挙げるチャンスだぞッ!!』
アドノスはギルドメンバーを集めると、ぐしゃぐしゃになった受注書をクエストボードに叩きつけ、声高らかに叫んだ。
先に断っておくが、ここで人を募ったのは、別に戦力に不安があったからじゃない。
ギルド最強のパーティーに、元Sランクが二人。クエストの達成は既に確実なのだ。
いわば、これはボーナス枠。
ただ参加するだけで最高ランクに一枚噛めるという、褒美のようなものだ。
当然、場は興奮の声に包まれ、志願者が殺到する。
そのはずだった。
『……どうした? この受注書は……正式なもの、だぞ……?』
だが、実際に場を支配したのは――静寂と、疑惑の視線。
熱気とはおおよそ真逆の、白けた空気だった。
誰一人として、名乗り出る者はいなかった。
唖然とした。
何が起こっているのか、理解できなかった。
こんな腰抜けばかりだとは、夢にも思わなかったからだ。
そこから先は頭に血が上ったこともあり、何を言ったかあまりよく覚えていないが、ともかく最後に自分の中に残ったのは、呆れにも似た感情だった。
向上心の無い奴は、信頼するに値しない。あんな奴らは、こっちから願い下げだ。
硬い椅子に腰を下ろすと、アドノスは無限に沸きあがる苛立ちを抑えるため、自身の膝を強く打った。
馬車全体が軽く揺れ、まだ外にいたメディナとローザが、びくりと萎縮する。
「おやおやぁ? 人が集まらなくて、不安にでもなったかぁ?」
それに構う様子もなく、ギィは嬉しそうに顔を歪めながら、わざわざ対面の席に着いた。
そのにやけた目を、静かに睨み返す。
「……もともと、メンバーは五人の予定だった。問題はない。」
「ほぉ~。凄いね。予定通りってわけだ。」
ギィはわざとらしく感心したような顔を作り、ぱちぱちと手を叩いた。
思わずつかみかかりそうになる衝動をひねり抑え、アドノスは外へ視線をやった。
「……それより、ロキはどうした。出発の予定は伝えていただろうが。」
「ん~? なんか用事があるって言ってたなぁ。直接遺跡に来るんじゃねぇの。」
乱雑なギィの態度に、弾けそうなほどに苛立ちが募る。
ギルドマスターの俺に予定も伝えず、いつもフラフラしているのはまだ目を瞑るとしても、肝心のクエストの出発にいないとはどういう料簡だ。
「あの、アドノス……」
そんな中、何故かまだ馬車の外にいるメディナが、弱々しい声を上げた。
「メンバーが揃ってないなら、日を改めた方がいいんじゃないかな……?」
「そ、そうよね、期限があるわけじゃないんだし。万全を期しましょうよ。」
ローザもそれに乗っかり、首を何度も縦に振った。
思わず、震えを伴う長い吐息が漏れる。
どうしてこのギルドは、こうも誠実さのない奴らばかりなのか。
頭が足りていないのか?
それとも、クエストを遊びか何かと勘違いしているのか?
アドノスは姿勢も顔の向きも変えないまま、二人に向かって語気を荒げた。
「馬鹿がッ! この日程はギルドの腑抜け共にも周知したんだぞ。延期なんてしてみろ、怖気づいたと思われるだろうがッ!!」
「ひ……っ」
そのあまりの怒声に、馬車の外の二人は身を縮めた。
しかし反対に、目の前にいるギィは、より嬉しそうに顔をゆがめた。
「キヒヒ、そうカッカするなよぉ。不安はもっともだ。何せ、五分の一が欠けてる。」
そう言いつつ、右手の四本指を立て、ひらひらと動かす。
どの口が……と叫びそうになるのを、必死にこらえる。
だが、もはや我慢も限界だ。
「だが、安心して良いぜぇ。あいつの目的もSランクのクエストだ。来ないってこたぁ――」
「『この』、Sランククエスト、だろうが。」
アドノスが鋭く口を挟むと、ギィの顔からにやついた色が引いた。
「……あぁ?」
「お前らは、このクエストを受けるためだけに、俺のギルドに入った。このクエストの発注者と、ロキとお前はグルだ。違うか?」
その言葉とともに、薄汚れた受注書を乱暴に引っ張り出し、突き出す。
ギィは首をそらせて、わずかに眉間に皺を寄せた。
「……へぇ。だったら、どうするんだよ。」
「ハッ。どうもしない。」
そう即答すると、ギィは目を見開いた。
この反応を見る限り、俺の予想は間違っていない。
大方、裏で金銭のやり取りでもしてるんだろう。こいつはロキと違って、嘘が上手なタイプじゃない。その気になれば、どういう関係か聞き出すこともできるだろうが、今となってはもう、そんなことはどうでもよかった。
「俺の目的は、Sランククエストの達成だ。だが、それが全てじゃない。その実績でさらなるSランククエストを受注し、達成し続け、Sランクの実力であることを国に認めさせる。お前らの策略は、そのたかが踏み台だ。」
そこまで言うと、アドノスはギィの胸倉をつかみ、顔面を引き寄せた。
「お前らを利用しているのは、俺だ。あまり調子に乗るな。」
「……ハハッ」
一拍置いて、ギィはその手を払いのけると、再び顔をゆがめ、肩を小刻みに揺らした。
「クハハハハッ!! いいねぇ! お前のそういうところ、俺は好きだぜぇ!!」
ギィの高笑いが響く中、メディナとローザがようやく乗り込むと、馬車はゆっくりと動き出した。
曇天の下、四人を乗せたそれは――『聖竜教会』へと、運ばれていった。
「……」
ふざけた笑みを浮かべるギィを無視して、アドノスは乱暴に馬車に乗り込んだ。
奴が言っているのは、どうせ先日の件についてだ。
思い出したくもない記憶が、吐き気と共にせりあがってくる。
『Sランククエストを受注したッ! 我こそはと思うものは、名乗り出ろ! 名を挙げるチャンスだぞッ!!』
アドノスはギルドメンバーを集めると、ぐしゃぐしゃになった受注書をクエストボードに叩きつけ、声高らかに叫んだ。
先に断っておくが、ここで人を募ったのは、別に戦力に不安があったからじゃない。
ギルド最強のパーティーに、元Sランクが二人。クエストの達成は既に確実なのだ。
いわば、これはボーナス枠。
ただ参加するだけで最高ランクに一枚噛めるという、褒美のようなものだ。
当然、場は興奮の声に包まれ、志願者が殺到する。
そのはずだった。
『……どうした? この受注書は……正式なもの、だぞ……?』
だが、実際に場を支配したのは――静寂と、疑惑の視線。
熱気とはおおよそ真逆の、白けた空気だった。
誰一人として、名乗り出る者はいなかった。
唖然とした。
何が起こっているのか、理解できなかった。
こんな腰抜けばかりだとは、夢にも思わなかったからだ。
そこから先は頭に血が上ったこともあり、何を言ったかあまりよく覚えていないが、ともかく最後に自分の中に残ったのは、呆れにも似た感情だった。
向上心の無い奴は、信頼するに値しない。あんな奴らは、こっちから願い下げだ。
硬い椅子に腰を下ろすと、アドノスは無限に沸きあがる苛立ちを抑えるため、自身の膝を強く打った。
馬車全体が軽く揺れ、まだ外にいたメディナとローザが、びくりと萎縮する。
「おやおやぁ? 人が集まらなくて、不安にでもなったかぁ?」
それに構う様子もなく、ギィは嬉しそうに顔を歪めながら、わざわざ対面の席に着いた。
そのにやけた目を、静かに睨み返す。
「……もともと、メンバーは五人の予定だった。問題はない。」
「ほぉ~。凄いね。予定通りってわけだ。」
ギィはわざとらしく感心したような顔を作り、ぱちぱちと手を叩いた。
思わずつかみかかりそうになる衝動をひねり抑え、アドノスは外へ視線をやった。
「……それより、ロキはどうした。出発の予定は伝えていただろうが。」
「ん~? なんか用事があるって言ってたなぁ。直接遺跡に来るんじゃねぇの。」
乱雑なギィの態度に、弾けそうなほどに苛立ちが募る。
ギルドマスターの俺に予定も伝えず、いつもフラフラしているのはまだ目を瞑るとしても、肝心のクエストの出発にいないとはどういう料簡だ。
「あの、アドノス……」
そんな中、何故かまだ馬車の外にいるメディナが、弱々しい声を上げた。
「メンバーが揃ってないなら、日を改めた方がいいんじゃないかな……?」
「そ、そうよね、期限があるわけじゃないんだし。万全を期しましょうよ。」
ローザもそれに乗っかり、首を何度も縦に振った。
思わず、震えを伴う長い吐息が漏れる。
どうしてこのギルドは、こうも誠実さのない奴らばかりなのか。
頭が足りていないのか?
それとも、クエストを遊びか何かと勘違いしているのか?
アドノスは姿勢も顔の向きも変えないまま、二人に向かって語気を荒げた。
「馬鹿がッ! この日程はギルドの腑抜け共にも周知したんだぞ。延期なんてしてみろ、怖気づいたと思われるだろうがッ!!」
「ひ……っ」
そのあまりの怒声に、馬車の外の二人は身を縮めた。
しかし反対に、目の前にいるギィは、より嬉しそうに顔をゆがめた。
「キヒヒ、そうカッカするなよぉ。不安はもっともだ。何せ、五分の一が欠けてる。」
そう言いつつ、右手の四本指を立て、ひらひらと動かす。
どの口が……と叫びそうになるのを、必死にこらえる。
だが、もはや我慢も限界だ。
「だが、安心して良いぜぇ。あいつの目的もSランクのクエストだ。来ないってこたぁ――」
「『この』、Sランククエスト、だろうが。」
アドノスが鋭く口を挟むと、ギィの顔からにやついた色が引いた。
「……あぁ?」
「お前らは、このクエストを受けるためだけに、俺のギルドに入った。このクエストの発注者と、ロキとお前はグルだ。違うか?」
その言葉とともに、薄汚れた受注書を乱暴に引っ張り出し、突き出す。
ギィは首をそらせて、わずかに眉間に皺を寄せた。
「……へぇ。だったら、どうするんだよ。」
「ハッ。どうもしない。」
そう即答すると、ギィは目を見開いた。
この反応を見る限り、俺の予想は間違っていない。
大方、裏で金銭のやり取りでもしてるんだろう。こいつはロキと違って、嘘が上手なタイプじゃない。その気になれば、どういう関係か聞き出すこともできるだろうが、今となってはもう、そんなことはどうでもよかった。
「俺の目的は、Sランククエストの達成だ。だが、それが全てじゃない。その実績でさらなるSランククエストを受注し、達成し続け、Sランクの実力であることを国に認めさせる。お前らの策略は、そのたかが踏み台だ。」
そこまで言うと、アドノスはギィの胸倉をつかみ、顔面を引き寄せた。
「お前らを利用しているのは、俺だ。あまり調子に乗るな。」
「……ハハッ」
一拍置いて、ギィはその手を払いのけると、再び顔をゆがめ、肩を小刻みに揺らした。
「クハハハハッ!! いいねぇ! お前のそういうところ、俺は好きだぜぇ!!」
ギィの高笑いが響く中、メディナとローザがようやく乗り込むと、馬車はゆっくりと動き出した。
曇天の下、四人を乗せたそれは――『聖竜教会』へと、運ばれていった。
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