上 下
16 / 122

第16話 竜人の魔導士③

しおりを挟む
 通常、ギルドハウスに調理場は無い。
 メンバーの意向で酒類だけ置いてあったり、酒場が併設されている場合もあるが、
基本的にはギルド業務に必要ないためだ。

 その点で言うと、トワイライトは元がロルフの家なので、例外的に調理場がある。
 しかし――よくある調理場かというと、そうでもない。


「ちょっとエト! こっちの鍋吹いてるわよ!」
「ああっ、リーシャちゃん、火を止めて!」
「キューイ!」
「だあっ、こらシロいの! こっち入ってくんな!」

 まさにその場所で、エトとリーシャは奮闘していた。
 これだけ見ると料理が苦手か、調理場が使いにくいかのように見えるが、実はどちらも違う。

 この調理場は何故かレストランの厨房並みに広く、調理器具も妙に充実している。
 さらにロルフの趣味――というか職業病で、使ってないのに無駄に器具の整備が行き届いているのだ。

 そこそこ料理好きな二人は、この『なんでもできる理想のキッチン』を見てテンションが上がってしまい、なんでもやりすぎた結果、この現状に至る。

「あーっ! リーシャちゃん、焦げてる焦げてる!」
「わ、わかってるわよっ! エト、そっち持って!」

 ああ、忙しい。

 忙しいけど――楽しいなぁ。

 エトは、気づけば笑顔になっていた。

 誰かのために料理を作るなんて、いつぶりかな。
 誰かと一緒に料理をするのだって、いつぶりだろう。

 リーシャの方を横目で見る。
 汗の滴る横顔が楽しそうに見えるのは、きっと気のせいじゃない。


「最後、一気に行くわよ。」
「うんっ、任せて!」

 二人は、笑顔でハイタッチした。


 そうして、一時間後――。

「ちょっと、やりすぎちゃったかな……。」

 机の上に並んだはみ出さんばかりのご馳走を見て、エトは両手で顔を覆った。
 リーシャもなんとなくやりすぎた感覚があるのか、恐る恐るエトに問いかけた。

「……そういえば聞いてなかったけど、何人来るのよ……?」
「えーっと……その……。」

 エトはそろそろと、人差し指を立てた。

「ひ、一人?! こんなに一人に作ったの?!」
「えっと……こんなに作るつもりは、無かったというか……。」
「あ、アンタねぇ、それを先に言いなさいよ! 十人くらい来るのかと思ったじゃない!」
「うう、ごめんなさ――」

 そう言いかけたエトの口に、リーシャが指を突きつけた。

「敬語。……使わないでって言ったでしょ。何度も言わせないでよね。」
「……うん、ごめんね。」

 そういうと彼女はすぐに、恥ずかしそうに目を逸らした。

 料理を始めてすぐに、リーシャは敬語禁止を言い渡してきた。
 本人曰く『まどろっこしくて非効率的だから』らしいけれど、個人的には、もっと他の意味もあると思う。

 エトはリーシャの近くまで歩み寄ると、隣に座った。

「ねぇ、聞いていい?」
「……何よ。」
「リーシャちゃんは……なんであの時、一人でいたの……?」
「……」

 リーシャは一度何かを言いかけて、何も言わずに口を閉じた。
 エトは、何も言わずに、ただリーシャを待った。

 しばらくして、彼女は浅くため息をついて、再び口を開いた。

「面白い話じゃ、ないわよ……」
「……うん。」

 リーシャは、ぽつりぽつりと喋りだした。


+++


「こ、これは……どういう状況だ……?」

 帰ってきたロルフの目の前には、理解しがたい光景が広がっていた。

 机の上には山ほどのおいしそうな料理。
 しかし、その傍らには、ものすごく暗い表情で座り込む二人。

 そのうちの一人は、どうやら森で出会ったあの竜人のようだが、それが分かったところで答えにはならない。

 頼むから誰か説明してくれ。
 どう反応をするのが正解なんだ、これは。


「あ……。ロルフさん、おかえりなさい……。」

 こちらに気づいたエトが、弱々しく答える。
 隣に座っていた少女が、一瞬こちらに目をやって、すくっと立ち上がった。

「そ、それじゃあ私は帰るから。お邪魔しました……」
「え……っ、待ってよ、リーシャちゃん!」

 エトがその少女……リーシャと言ったか、の服を掴み、引き止める。
 リーシャの方はその手を払うでも、戻るでも無く、無言になってしまった。
 エトのほうも、それ以上、何も言わない。

 ……なんだこれは。

 ものすごく……気まずいぞ……。

 ロルフの頬に汗が伝う。
 長くギルドに関わってきたが、こんなに対処法の分からない状況は初めてだ。

「よ、よし分かった! 一旦飯にしよう!!」

 ロルフは手を叩いて、料理が並ぶテーブルに着いた。
 エトとリーシャは、はっとしてロルフのほうを見た。

「これ、エトたちが作ったんだよな?」
「は、はい、リーシャちゃんと作ったんです!」
「わ、私は、ちょっと手伝っただけで……。」
「すごいじゃないか、こんなの店でもなかなか見ないぞ!」

 とりあえず普通に話せて、ほっと胸をなでおろす。
 とはいえこの感想にも、一切の嘘はない。

 しかし、不思議なのはこの量だ。

「ただ……どうして、こんなに作ったんだ?」
「そ、それは……その……。」

 気まずそうに目を逸らすエトに対して、リーシャがやれやれと肩をすくめた。

「エトが何人用か言わなかったのよ。それなのにじゃんじゃん作るんだもの。」
「む、むう……。でも、メニューを勝手に増やしたのは、リーシャちゃんだったよね?」
「うっ……それはだって、食材もいっぱいあったし……。大体、エトが全部いいねいいねって言うから!」
「だ、だって! 一緒に作るの……楽しかったし……」
「そ、それは私も……そうだけど……」

 そのやり取りを見て、ロルフは思わず微笑んだ。

 なんだ、ずいぶん仲がよさそうじゃないか。
 喧嘩でもしたのかと思ったが、そんな心配はいらなそうだ。

「まあとにかく、今日はみんなで食べようじゃないか。リーシャも、まさかこんな量を二人に食べさせる気じゃないだろう?」
「う……。それを言われると……。」
「キューーイー!!」

 そのタイミングで、忘れるなと言わんばかりに、扉の隙間からシロが飛び込んできた。
 すぐにエトが抱きとめる。

「ふふ、シロちゃんのご飯も、ちゃんとあるよ。」
「キュキューイ!」
「はぁ、そんなちっこいのに、食欲だけは旺盛なんだから。」
「お~い、こっちも食べるぞ! 冷えたらもったいないからな。」
「はぁいっ!」
「あ、待ちなさいよ、まだ飲み物が――」


 その日の夕食は、とても賑やかなものになったのだった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

エアーバットテン

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

どうかこの偽りがいつまでも続きますように…

恋愛 / 完結 24h.ポイント:312pt お気に入り:3,558

助けて!何度倒しても勇者がよみがえる!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:17

あなたの子ですが、内緒で育てます

恋愛 / 完結 24h.ポイント:631pt お気に入り:5,643

浮気の認識の違いが結婚式当日に判明しました。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:426pt お気に入り:1,226

色眼鏡はほどほどに

現代文学 / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:0

処理中です...