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第1章 偽王太子断罪編
第2話
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出口の扉の前から聞こえた声の主は、この国の王太子エドワルドであった。
「王太子殿下がもう1人? どういうことですか?」
誰かが疑問を投げかけ、会場中が困惑に包まれた。エドワルドは疑問には答えず、手で制するとフィルミナの前までつかつかと歩いていく。
「フィルミナ大事はないか?」
「問題ございません。殿下がご無事で安堵いたしました」
淑女の礼をとるフィルミナにエドワルドはふわりと優しい笑みを浮かべる。そしてフィルミナの前に掌を差し出す。
フィルミナは顔を上げると、差し出されたエドワルドの掌に自分の手を重ねる。エドワルドはフィルミナの手をとり、自らの腕に絡めエスコートする。
「(微笑まれた殿下の瞳も美しいですわね。まるでアメジストのよう)」
「本音が素直に出る君は可愛いね」
王太子殿下と婚約者の公爵令嬢。見つめ合う2人の姿は1枚の絵画のように美しく、会場の誰もがほおとため息をもらす。甘いやり取りは口から砂糖が出そうだが……。
エドワルドはもう1人のエドワルドに向き合い、まっすぐに相手の瞳を見据える。
「さて、私を騙る偽物……いやトームスと呼ぶべきか?」
もう1人のエドワルド、いやトームスはビクッと体を震わす。言葉を紡ごうとするが、エドワルドの強い視線に射抜かれたのか声を出すことができない。
「まずは私とすり替わろうとしたのはなぜか? 問わせてもらおうか?」
トームスは観念したようにがっくりとうなだれると真相を語りだした。
話は半日前にさかのぼる。
トームスは貧民街の孤児院で育った。16歳で孤児院を出た後は日雇いの仕事をして、生活費を稼いでいたのだ。だが、定職にはつけず生活が貧しいため、仲間と組んでときおり貴族のふところから財布を盗んだりして、日々を過ごしていた。
ある日、街道に止まっていた馬車に貴族令嬢が1人でいるところを見つけ、身につけている宝石を盗んでやろうと考えつき、実行にうつした。
仲間に御者を押さえつけておくように言うと、自分は馬車に乗り込み令嬢を押さえつけようとする。
令嬢はトームスを見ると、大きな紫の瞳を見開き「王太子……殿下……」とつぶやく。
その言葉にトームスの手が止まる。
「王太子殿下だと?」
「そのお姿はまさしく王太子殿下。なぜそのような身なりでこのようなところにおられますの? 確か殿下は明日まで地方へ視察のはずではないのですか?」
「王太子ってエドワルド殿下か? 俺は王太子とそっくりってことか?」
「え? 貴方は王太子殿下ではありませんの?」
令嬢は完全にトームスを王太子と間違えているようである。トームスの頭にある企みが浮かぶ。
(この貴族の女が王太子と間違うってことは、俺が王太子のフリをしても分からないんじゃないか?)
幸い王太子は明日まで地方へ視察に出かけており帰ってこない。その間だけ王太子のフリをして王城で金目の物を集める。夜のうちにこっそり逃げ出して隣国に行く。そんな浅知恵ともいえる計画がトームスの頭の中で組みあがる。
トームスは元貴族の子息で多少の教養があった。短い時間であれば、王太子のフリくらいはできる。貴族の馬車に乗っていけば、王城に入るのは容易い。
元貴族でありながら王太子の顔を知らなかったのは、幼いころに両親が亡くなり、家は叔父に乗っ取られ、貧民街の孤児院に放り込まれたからだ。
「いや、私は王太子エドワルドだ。早めに地方の視察から戻ったので、忍びで貧民街の視察をしていたのだ」
貴族令嬢は花が咲くような笑顔を浮かべた。そして馬車の中ではあるが腰を浮かせ淑女の礼をとる。
「やはり王太子殿下でしたのね。わたくしはガードナー伯爵家の長女エレナと申します」
世間知らずの伯爵令嬢エレナはあっさりと騙されてしまった。エレナは今まで王太子と実際に話をする機会がなかったのである。
「ではエレナ。すまぬが私を王城まで送ってはくれぬか?」
この国の王太子がエレナの目の前におり、話かけてくれた。すっかり舞い上がったエレナは顔を輝かせる。
「はい。もちろんですわ。あの……王太子殿下。その……」
エレナは歯切れ悪く顔をうつむかせ、手をもじもじと動かす。トームスは訝し気にエレナを見ると、頬が赤く染まっている。
(なるほど。この女、王太子が好きなんだな。利用しやすいかもしれないな)
トームスはニヤリと笑うとエレナの手をとる。
「この礼はしよう。望みがあれば言ってみるがよい」
エレナは顔をあげ、王太子と思い込んでいるトームスを見る。赤く染まっていた頬は、さらに赤みが増して爆発してしまいそうだ。
「そ……それでは……あの……王太子殿下には婚約者のフィルミナ様がいらっしゃるのは存じておりますが……その……今夜の王宮舞踏会で……」
そこでエレナは一旦言葉を切ると、深呼吸する。
「わたくしのエスコートをしてくださいませんか?」
「王宮舞踏会のエスコートか。承知した? え? 王宮舞踏会ぃぃぃぃぃ! しかも今夜だってぇぇぇぇぇ!」
とっさに返事をしてしまったトームスは絶叫する。
「やはり、ダメでしょうか?」
エレナはしゅんとうなだれてしまった。落ちぶれても元貴族のトームスは「女性には優しく」と父に言われて育ったのだ。その精神は忘れていない。
「ダ……ダメではないぞ。うむ。王宮舞踏会でエスコートだな。王族に二言はない」
「本当ですか? うれしゅうございます、殿下。どうぞよろしくお願い申し上げます」
成り行きとはいえ、そのままトームスはエレナに連行される形で王城へと行くはめになってしまった。
エレナは王宮舞踏会に行く途中だったので、トームスは何の準備もできなかったが、なんとかなるだろうと腹をくくる。すべては金のためだ。
ちなみに御者には眠ってもらい、仲間に御者の代わりをしてもらうことにした。
王城ではエレナと同じように、早めに帰国できたのでついでに貧民街の視察で目立たぬ身なりをしていたと嘘をついた。王城の使用人たちはトームスの言葉を信じて、丁重に身なりを整えてくれたのだ。
どうやらこの国の王太子が度々変装をしてお忍びで城下に行っているという噂は本当だったようだ。
「王太子殿下がもう1人? どういうことですか?」
誰かが疑問を投げかけ、会場中が困惑に包まれた。エドワルドは疑問には答えず、手で制するとフィルミナの前までつかつかと歩いていく。
「フィルミナ大事はないか?」
「問題ございません。殿下がご無事で安堵いたしました」
淑女の礼をとるフィルミナにエドワルドはふわりと優しい笑みを浮かべる。そしてフィルミナの前に掌を差し出す。
フィルミナは顔を上げると、差し出されたエドワルドの掌に自分の手を重ねる。エドワルドはフィルミナの手をとり、自らの腕に絡めエスコートする。
「(微笑まれた殿下の瞳も美しいですわね。まるでアメジストのよう)」
「本音が素直に出る君は可愛いね」
王太子殿下と婚約者の公爵令嬢。見つめ合う2人の姿は1枚の絵画のように美しく、会場の誰もがほおとため息をもらす。甘いやり取りは口から砂糖が出そうだが……。
エドワルドはもう1人のエドワルドに向き合い、まっすぐに相手の瞳を見据える。
「さて、私を騙る偽物……いやトームスと呼ぶべきか?」
もう1人のエドワルド、いやトームスはビクッと体を震わす。言葉を紡ごうとするが、エドワルドの強い視線に射抜かれたのか声を出すことができない。
「まずは私とすり替わろうとしたのはなぜか? 問わせてもらおうか?」
トームスは観念したようにがっくりとうなだれると真相を語りだした。
話は半日前にさかのぼる。
トームスは貧民街の孤児院で育った。16歳で孤児院を出た後は日雇いの仕事をして、生活費を稼いでいたのだ。だが、定職にはつけず生活が貧しいため、仲間と組んでときおり貴族のふところから財布を盗んだりして、日々を過ごしていた。
ある日、街道に止まっていた馬車に貴族令嬢が1人でいるところを見つけ、身につけている宝石を盗んでやろうと考えつき、実行にうつした。
仲間に御者を押さえつけておくように言うと、自分は馬車に乗り込み令嬢を押さえつけようとする。
令嬢はトームスを見ると、大きな紫の瞳を見開き「王太子……殿下……」とつぶやく。
その言葉にトームスの手が止まる。
「王太子殿下だと?」
「そのお姿はまさしく王太子殿下。なぜそのような身なりでこのようなところにおられますの? 確か殿下は明日まで地方へ視察のはずではないのですか?」
「王太子ってエドワルド殿下か? 俺は王太子とそっくりってことか?」
「え? 貴方は王太子殿下ではありませんの?」
令嬢は完全にトームスを王太子と間違えているようである。トームスの頭にある企みが浮かぶ。
(この貴族の女が王太子と間違うってことは、俺が王太子のフリをしても分からないんじゃないか?)
幸い王太子は明日まで地方へ視察に出かけており帰ってこない。その間だけ王太子のフリをして王城で金目の物を集める。夜のうちにこっそり逃げ出して隣国に行く。そんな浅知恵ともいえる計画がトームスの頭の中で組みあがる。
トームスは元貴族の子息で多少の教養があった。短い時間であれば、王太子のフリくらいはできる。貴族の馬車に乗っていけば、王城に入るのは容易い。
元貴族でありながら王太子の顔を知らなかったのは、幼いころに両親が亡くなり、家は叔父に乗っ取られ、貧民街の孤児院に放り込まれたからだ。
「いや、私は王太子エドワルドだ。早めに地方の視察から戻ったので、忍びで貧民街の視察をしていたのだ」
貴族令嬢は花が咲くような笑顔を浮かべた。そして馬車の中ではあるが腰を浮かせ淑女の礼をとる。
「やはり王太子殿下でしたのね。わたくしはガードナー伯爵家の長女エレナと申します」
世間知らずの伯爵令嬢エレナはあっさりと騙されてしまった。エレナは今まで王太子と実際に話をする機会がなかったのである。
「ではエレナ。すまぬが私を王城まで送ってはくれぬか?」
この国の王太子がエレナの目の前におり、話かけてくれた。すっかり舞い上がったエレナは顔を輝かせる。
「はい。もちろんですわ。あの……王太子殿下。その……」
エレナは歯切れ悪く顔をうつむかせ、手をもじもじと動かす。トームスは訝し気にエレナを見ると、頬が赤く染まっている。
(なるほど。この女、王太子が好きなんだな。利用しやすいかもしれないな)
トームスはニヤリと笑うとエレナの手をとる。
「この礼はしよう。望みがあれば言ってみるがよい」
エレナは顔をあげ、王太子と思い込んでいるトームスを見る。赤く染まっていた頬は、さらに赤みが増して爆発してしまいそうだ。
「そ……それでは……あの……王太子殿下には婚約者のフィルミナ様がいらっしゃるのは存じておりますが……その……今夜の王宮舞踏会で……」
そこでエレナは一旦言葉を切ると、深呼吸する。
「わたくしのエスコートをしてくださいませんか?」
「王宮舞踏会のエスコートか。承知した? え? 王宮舞踏会ぃぃぃぃぃ! しかも今夜だってぇぇぇぇぇ!」
とっさに返事をしてしまったトームスは絶叫する。
「やはり、ダメでしょうか?」
エレナはしゅんとうなだれてしまった。落ちぶれても元貴族のトームスは「女性には優しく」と父に言われて育ったのだ。その精神は忘れていない。
「ダ……ダメではないぞ。うむ。王宮舞踏会でエスコートだな。王族に二言はない」
「本当ですか? うれしゅうございます、殿下。どうぞよろしくお願い申し上げます」
成り行きとはいえ、そのままトームスはエレナに連行される形で王城へと行くはめになってしまった。
エレナは王宮舞踏会に行く途中だったので、トームスは何の準備もできなかったが、なんとかなるだろうと腹をくくる。すべては金のためだ。
ちなみに御者には眠ってもらい、仲間に御者の代わりをしてもらうことにした。
王城ではエレナと同じように、早めに帰国できたのでついでに貧民街の視察で目立たぬ身なりをしていたと嘘をついた。王城の使用人たちはトームスの言葉を信じて、丁重に身なりを整えてくれたのだ。
どうやらこの国の王太子が度々変装をしてお忍びで城下に行っているという噂は本当だったようだ。
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