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第二部
3章-1
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エルファーレン王国に社交シーズンがやってきた。
そして、今夜は王宮で舞踏会が開かれるのだ。
カテリアーナは朝からエルシーに念入りに磨かれながら、パールの教育を受けていた。
「今夜の舞踏会ではカテリアーナ様はフィンラス様とともに入場されることになります。そして、玉座に向かわれ、フィンラス様が開会の挨拶をなさいます。その後、一曲目のダンスをフィンラス様と踊ることになります」
「フィンラス様が玉座につかれたら、わたくしはどこで待機すればいいのかしら?」
今、カテリアーナは髪の手入れをしてもらっている。つまり、鏡台の前だ。
鏡台越しにカテリアーナが訪ねると、鏡の中のパールはにっこりと微笑む。
「もちろん、フィンラス様の隣でございます」
「わたくしはまだ王妃ではないわ。婚約者に過ぎないのよ?」
カテリアーナは他国のしかも人間族とはいえ王族だ。上座につくことは考えられるが、まだ正式に王妃となったわけではない。
ラストリア王国では、王族の婚約者は一番上の上座に家族とともに立つのが通例だ。成人の儀で初めて見た王太子である兄の婚約者はそうだった。
「フィンラス様がお望みなのですよ。エルファーレンはケットシーの国です。ケットシーの掟では王の決定は絶対です」
「そうなの? 王命であれば従うわ」
「カテリアーナ様はフィンラス様に愛されていますね」
頬に手を当てながら、パールがからかう。カルスはフィンラスをよくからかうが、これはパール譲りだ。
「え!? そそそ……そんなことはないでしょう? わたくしは政略の駒なのよ」
先日、カテリアーナは遠乗りの帰りにうっかりフィンラスに身を預けたまま眠ってしまった。あまりの心地良さについうとうとして、そのまま深い眠りに入ってしまったのだ。気が付いたら、朝だった。
翌日、フィンラスに謝罪をしたが、「気にするな」と笑って許してくれた。
カテリアーナの白磁の肌がみるみる赤くなっていく。その様をパールは微笑ましく思う。
「最初は政略であろうとも、それが恋愛に変わることもございます。先代の国王陛下がそうでした」
「そう……なれたら嬉しいわ」
フィンラスはカテリアーナを大切に扱ってくれているが、あれは同情からくるものだと思っている。カテリアーナの境遇を知っているからだ。
「それでダンスが終わった後はどうすればいいのかしら?」
「基本的にはフィンラス様に従ってください。たくさんの貴族から挨拶を受けると思いますが、カテリアーナ様は笑顔を浮かべているだけで構いません。後はフィンラス様が対処なさいます」
エルファーレンの貴族とはここ二ヶ月半で何人かと謁見したが、中には好意的な者もいれば、そうでない者もいた。表面上は笑みを浮かべているが、ラストリアでさんざん敵意にさらされてきたカテリアーナはマイナスの感情に敏感だ。
だが、カテリアーナは王族としての教育を受けている。エルファーレンに来てからもパールに叩き込まれた。敵意も向けられても笑顔でいられる自信がある。
「分かったわ。パール、ありがとう」
まもなくカテリアーナの妃教育も終わる。パールとは公式の行事以外は会えなくなってしまう。寂しくなってしまうなとカテリアーナはしゅんとする。
カテリアーナの表情が沈んだのを見て、パールはくすりと笑う。
「カテリアーナ様が王妃となられた暁には、わたくしはカテリアーナ様の筆頭侍女兼王妃の執務補佐を任されることになります」
「それは本当なの? パールがいてくれれば百人力ね。嬉しいわ」
急に明るくなったカテリアーナにパールとエルシーはおかしくなり、笑い出す。
「カテリアーナ様は表情が豊かですね。私も引き続きカテリアーナ様の専属侍女を任されております」
エルシーもこの先一緒だという。ついにカテリアーナは破顔してしまう。
「まあ! 公式の場ではそのようなお顔は禁止ですよ」
「分かっているわ」
夜の帳が下りる直前、フィンラスがカテリアーナを迎えにやってきた。
今夜のカテリアーナの装いは紫の花をあしらったプリンセスラインのドレスだ。バックリボンには羽のような飾りがついており、まるで妖精の姫のようだ。
装飾品は紫水晶《アメジスト》で統一されている。フィンラスの瞳の色に合わせたのだ。エルシーによって手入れされた艶やかな金色の髪はハーフアップに結われていた。
元々、美しいカテリアーナには派手な化粧は必要ないと、最低限の化粧しか施されていない。
「美しいな」
カテリアーナを見た瞬間、フィンラスが目を細め呟く。
「そうだ。カテリアーナ。これを」
フィンラスは持っていた箱を開ける。中にはティアラが入っていた。土台は白金《プラチナ》でダイヤモンドがふんだんに使われた豪華な代物だ。
「これはティアラですか?」
「そなたは王族だ。ティアラを着けてもおかしくはない。王妃になればあらたにティアラを贈るが、今はこれで我慢してくれ」
フィンラス自らティアラをカテリアーナの頭につける。
「このティアラもかなり豪華だと思います。わたくしはこのままでも構いませんが」
「いや。このティアラは俺が王太子だった頃にいつ妃を迎えてもいいようにとジェイドが用意したものだ。カテリアーナには俺から新しいものを贈りたい」
しばらく二人が見つめ合っているとコホンという咳払いが聞こえる。パールの声だ。
「まあまあ。はなたれ子猫だったフィンラス様が立派になったこと」
「パール! からかうな。こんな時はカルと親子だとつくづく思い知らされる」
子猫という言葉にカテリアーナは反応する。
「フィンラス様の子猫姿。可愛かったのでしょうね。見てみたかったわ」
ブツブツと独り言を呟きはじめたカテリアーナにフィンラスとパールは気づいていない。
そして、今夜は王宮で舞踏会が開かれるのだ。
カテリアーナは朝からエルシーに念入りに磨かれながら、パールの教育を受けていた。
「今夜の舞踏会ではカテリアーナ様はフィンラス様とともに入場されることになります。そして、玉座に向かわれ、フィンラス様が開会の挨拶をなさいます。その後、一曲目のダンスをフィンラス様と踊ることになります」
「フィンラス様が玉座につかれたら、わたくしはどこで待機すればいいのかしら?」
今、カテリアーナは髪の手入れをしてもらっている。つまり、鏡台の前だ。
鏡台越しにカテリアーナが訪ねると、鏡の中のパールはにっこりと微笑む。
「もちろん、フィンラス様の隣でございます」
「わたくしはまだ王妃ではないわ。婚約者に過ぎないのよ?」
カテリアーナは他国のしかも人間族とはいえ王族だ。上座につくことは考えられるが、まだ正式に王妃となったわけではない。
ラストリア王国では、王族の婚約者は一番上の上座に家族とともに立つのが通例だ。成人の儀で初めて見た王太子である兄の婚約者はそうだった。
「フィンラス様がお望みなのですよ。エルファーレンはケットシーの国です。ケットシーの掟では王の決定は絶対です」
「そうなの? 王命であれば従うわ」
「カテリアーナ様はフィンラス様に愛されていますね」
頬に手を当てながら、パールがからかう。カルスはフィンラスをよくからかうが、これはパール譲りだ。
「え!? そそそ……そんなことはないでしょう? わたくしは政略の駒なのよ」
先日、カテリアーナは遠乗りの帰りにうっかりフィンラスに身を預けたまま眠ってしまった。あまりの心地良さについうとうとして、そのまま深い眠りに入ってしまったのだ。気が付いたら、朝だった。
翌日、フィンラスに謝罪をしたが、「気にするな」と笑って許してくれた。
カテリアーナの白磁の肌がみるみる赤くなっていく。その様をパールは微笑ましく思う。
「最初は政略であろうとも、それが恋愛に変わることもございます。先代の国王陛下がそうでした」
「そう……なれたら嬉しいわ」
フィンラスはカテリアーナを大切に扱ってくれているが、あれは同情からくるものだと思っている。カテリアーナの境遇を知っているからだ。
「それでダンスが終わった後はどうすればいいのかしら?」
「基本的にはフィンラス様に従ってください。たくさんの貴族から挨拶を受けると思いますが、カテリアーナ様は笑顔を浮かべているだけで構いません。後はフィンラス様が対処なさいます」
エルファーレンの貴族とはここ二ヶ月半で何人かと謁見したが、中には好意的な者もいれば、そうでない者もいた。表面上は笑みを浮かべているが、ラストリアでさんざん敵意にさらされてきたカテリアーナはマイナスの感情に敏感だ。
だが、カテリアーナは王族としての教育を受けている。エルファーレンに来てからもパールに叩き込まれた。敵意も向けられても笑顔でいられる自信がある。
「分かったわ。パール、ありがとう」
まもなくカテリアーナの妃教育も終わる。パールとは公式の行事以外は会えなくなってしまう。寂しくなってしまうなとカテリアーナはしゅんとする。
カテリアーナの表情が沈んだのを見て、パールはくすりと笑う。
「カテリアーナ様が王妃となられた暁には、わたくしはカテリアーナ様の筆頭侍女兼王妃の執務補佐を任されることになります」
「それは本当なの? パールがいてくれれば百人力ね。嬉しいわ」
急に明るくなったカテリアーナにパールとエルシーはおかしくなり、笑い出す。
「カテリアーナ様は表情が豊かですね。私も引き続きカテリアーナ様の専属侍女を任されております」
エルシーもこの先一緒だという。ついにカテリアーナは破顔してしまう。
「まあ! 公式の場ではそのようなお顔は禁止ですよ」
「分かっているわ」
夜の帳が下りる直前、フィンラスがカテリアーナを迎えにやってきた。
今夜のカテリアーナの装いは紫の花をあしらったプリンセスラインのドレスだ。バックリボンには羽のような飾りがついており、まるで妖精の姫のようだ。
装飾品は紫水晶《アメジスト》で統一されている。フィンラスの瞳の色に合わせたのだ。エルシーによって手入れされた艶やかな金色の髪はハーフアップに結われていた。
元々、美しいカテリアーナには派手な化粧は必要ないと、最低限の化粧しか施されていない。
「美しいな」
カテリアーナを見た瞬間、フィンラスが目を細め呟く。
「そうだ。カテリアーナ。これを」
フィンラスは持っていた箱を開ける。中にはティアラが入っていた。土台は白金《プラチナ》でダイヤモンドがふんだんに使われた豪華な代物だ。
「これはティアラですか?」
「そなたは王族だ。ティアラを着けてもおかしくはない。王妃になればあらたにティアラを贈るが、今はこれで我慢してくれ」
フィンラス自らティアラをカテリアーナの頭につける。
「このティアラもかなり豪華だと思います。わたくしはこのままでも構いませんが」
「いや。このティアラは俺が王太子だった頃にいつ妃を迎えてもいいようにとジェイドが用意したものだ。カテリアーナには俺から新しいものを贈りたい」
しばらく二人が見つめ合っているとコホンという咳払いが聞こえる。パールの声だ。
「まあまあ。はなたれ子猫だったフィンラス様が立派になったこと」
「パール! からかうな。こんな時はカルと親子だとつくづく思い知らされる」
子猫という言葉にカテリアーナは反応する。
「フィンラス様の子猫姿。可愛かったのでしょうね。見てみたかったわ」
ブツブツと独り言を呟きはじめたカテリアーナにフィンラスとパールは気づいていない。
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