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第二部

2章-3

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 ラストリアにいた頃、ノワールに与えられたこの場所は王都からかなり離れた場所にあるという。馬車で行くとまる一日かかってしまうため、今回はドラゴンに騎乗してきたとフィンラスは説明する。

 この世界で最速のドラゴンに乗れば、わずかな時間でここまで来れるという。

 ノワールとともに収穫した野菜や果物を食べていた家の食卓でカテリアーナはフィンラスと向かいあって座る。

「今日はカティの質問に答えようと思ってな。遠乗りに誘った」
「遠乗りって普通は屋外でご飯を食べたり、風景を楽しんだりするものではないの?」

 これではまるでカテリアーナがフィンラスを尋問しているようだ。フィンラスは肩を竦める。

「それもそうだな。次からはそうするとしよう」
「次はわたくしも自分でドラゴンに乗ってみたいわ。教えてもらえると嬉しいのだけれど……」

 上目遣いでちらりとフィンラスを見やる。

「騎竜術だな。妃教育に組み込むことにしよう」

 ドラゴンに乗ることを「騎竜術」というらしい。危険だからだめだと言われるかと思ったカテリアーナだが、フィンラスはあっさりと承諾してくれた。

 しばらく、二人の間に沈黙が流れる。先に切り出したのはカテリアーナだった。

「フィルに聞きたいことは一つよ。なぜエルファーレンの国王である貴方がラストリアにいたの?」
「ケットシーという種族は諜報活動が得意なのだ」
「は?」

 フィンラスの言わんとしていることが分からず、カテリアーナは間抜けが声が出てしまう。

 普通の猫のふりをすることで怪しまれずどこでも入り込めるので、ケットシーほど諜報活動に向いた種族はいないという。身が軽く、夜行性のケットシーは人目につかず情報集めをするのが得意だそうだ。

「カティと初めて会った時、不覚にもあの森の狼に襲われてしまってな。何せ妖精は人間の国では言葉は話せないし、ろくな魔法も使えない。何とか逃れたはいいが、動けなくなって木の根元にうずくまっていた。そして、カティが見つけてくれたというわけだ」
「そうだったの。……待って! どうして国王のフィルが諜報活動をしているの?」

 ケットシーが諜報活動を得意とするのであれば、何も国王自ら出向かなくとも臣下に任せればいいことだ。

「カティと同じだ。俺も人間の国を旅してみたいのだ」
「でも、不可侵条約があるのに、よく簡単に入り込めるわね」

 不可侵条約があるため、人間の国では妖精の国へ出入りできる者はわずかだ。それなのに、妖精の国ではこっそりと諜報活動を行っている。

「人間もこそこそと妖精の国を嗅ぎまわっているぞ」
「人間側の国も諜報活動をしているということ?」
「そうだ。結局のところ、不可侵条約など守られてはいない」

 カテリアーナは俯く。急に俯いてしまったカテリアーナを気遣うように、フィンラスが優しく呼びかける。

「カティ?」
「……そうであるとすれば……わたくしが『妖精の取り替え子』でも不思議ではないということ?」

 カテリアーナの細い肩が小刻みに震えている。

 フィンラスは一瞬の後、戸惑いがちにこう答える。

「それは違うと言いたいところなのだが……分からない」
「そう……なのね」

 はっきりフィンラスの口から「違う」と言ってほしかった。しかし、ケットシーの王である彼にも分からないという。

 ほろりと頬に熱いものが伝う。決して、人前で涙を見せてはならないという祖母の教えを破ってしまった。

「わたくしは人間でもなく、妖精でもない。不確かな存在なのね」
「カティ、泣かないでほしい。いや。泣きたい時には泣いた方がよいのか?」

 ひっそりと泣くカテリアーナにフィンラスは狼狽えてしまった。彼女が泣くのを見るのは、クローディアが亡くなった時以来だ。

 あの時、フィンラスは猫姿だったのでカテリアーナに抱きしめられたまま、彼女が泣き止むのを待つしかなかった。

 フィンラスは向かい側に座るカテリアーナの下にいくと、彼女をそっと抱きしめる。
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