上 下
11 / 40
第一部

2章-5

しおりを挟む
 初めてノワールにエルファーレン王国の農業地帯に連れてきてもらってから、一年が経った。

 石壁の扉が開いたあの日、ノワールはカテリアーナをここに連れてきた目的を話してくれた。

「クローディアの遺言だ。自分がいなくなれば、カティはきっと家族によく扱われない。だからエルファーレン王国へ連れていってほしいとな」
「そういえば、おばあさまはエルファーレン王国を頼れと言っていたわ」
「案の定、クローディアが亡くなった後、カティは塔に閉じ込められた。探すのに骨が折れたぞ」

 カテリアーナのペンダントに嵌まっている妖精石エルフストーンが出す微弱な魔力を頼りに探し出したとノワールは語る。

「これからはここで暮らすといい。この土地はカティのために用意した土地だ」
「用意した? もしかしてノワールはこの辺りの領主様なの?」

 これだけの土地をカテリアーナのために用意したということは、ノワールが所有しているということだ。それなりの地位がなければ無理だろう。

「まあ……そうだな」

 ノワールは歯切れが悪い返事をした。

「でも、ここはエルファーレン王国。妖精の国よね? 人間であるわたくしがいてもいいのかしら? そもそもノワールはどうしてここまでしてくれるの?」
「カティは俺を助けてくれた恩人だ。その恩返しでは理由にならないか? ここには俺以外は入ってこられない。安心して暮らせばいい」

 人間族の国で迷い、怪我をしたノワールを保護して手当てをしてくれた恩返しだという。それにしては随分大げさだとカテリアーナは思う。同時にノワールに感謝する。

「ありがとう、ノワール。でもここで暮らすわけにはいかないわ」
「なぜだ? あのままラストリア王国にいてもカティは塔の中で一生を終えることになるかもしれないのだぞ」
「それでも逃げるわけにはいかないわ。どのみち成人したらあの国を出るつもりでいたの。それまで何とかして国王であるおとうさまにお願いをするわ。わたくしが本当に『妖精の取り替え子』であれば、簡単に放逐してくれるかもしれないわ」

 父は塔に閉じ込める時に「本物のカテリアーナが見つかるまでは……」と言っていた。

 カテリアーナは自分は本当に『妖精の取り替え子』で、妖精に攫われたほうのカテリアーナとなるはずだった子供がいるのではないかと考えている。そして、父はその行方を既に掴んでいるかもしれないとも。

 考え事に没頭していたカテリアーナは「それはどうかな?」というノワールの呟きを聞いていなかった。

「成人したらというが、どうせ国を出るのであれば今でも構わないのではないか?」
「ラストリア王国では成人しないと通行許可証が発行されないの」
「ん? なぜ通行許可証が必要なのだ」
「夢があるの。わたくしは世界を見てみたい。妖精の国も含めてね。世界を旅するには通行許可証が必要でしょう?」

 ノワールの耳がぴくっと動く。

「それは壮大な夢だが、妖精の国への入国は難しいぞ」
「隣国オルヴァーレン帝国のカルヴァン商会は妖精の国への入国を許されているでしょう? そこを頼ってみるわ。わたくしは自分の力で自由になって、世界を旅するの」
 
 夢を語るカテリアーナの瞳は輝いていた。

◇◇◇

 最近、アデライードの訪問がなくなったので不思議に思っていたのだが、どうやら隣国オルヴァーレン帝国の第二皇子との婚約が決まったらしい。

 見張りの兵士たちはおしゃべりなので、自然とカテリアーナの耳にも入ったのだ。

 アデライードが来なくなってからは、カテリアーナは頻繁に鍵を使って、エルファーレン王国へと通っていた。

 エルファーレン王国へ逃げることを拒否はしたものの、あの田園は好きに使っていいとノワールが言ったからだ。

 正直、ノワールの親切は嬉しかった。

 カテリアーナはここで野菜や薬草を育てている。

 育てた野菜は収穫してお腹いっぱい食べるのだ。

 おかげで毎食パンと水だけの味気ない食事も我慢することができた。

 ノワールはというと、時々ここを訪れてカテリアーナの作った料理を食べに来る。

 石壁とつながっている木の扉は一軒の家の扉になっているのだ。鍵を使わなければ普通に住めるようになっている。炊事場と居室のみの小さな家だが、優しい木の香りがするこの家をカテリアーナは気に入っていた。

「王女として育ったわりには料理が上手いな」
「上手ではないけれど、時々、調理場に入り込んで薬膳料理の研究をしていたから人並には料理はできるわ」
「なるほど」

 カテリアーナが作った野菜のゼリーを食べながら、ノワールは納得する。
 
 食べ終わった後、ノワールはアメジストの瞳をカテリアーナに向ける。真摯な眼差しだ。カテリアーナも思わず居住まいを正す。

「カティ、成人したら正式にエルファーレン王国へ招待しよう」
「え? そんなことができるの?」
「上のほうに少しばかり顔が効くのだ。エルファーレン王宮からの正式な招待であれば、ラストリア国王も拒否はするまい」
「成人まであと二年と少しね。その日が楽しみだわ。ノワールが迎えに来てくれるの?」
「ああ。約束しよう」

 しかし、ラストリア国王がこの時ある思惑を持っていたことをカテリアーナは知らない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様

オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。

旦那様は離縁をお望みでしょうか

村上かおり
恋愛
 ルーベンス子爵家の三女、バーバラはアルトワイス伯爵家の次男であるリカルドと22歳の時に結婚した。  けれど最初の顔合わせの時から、リカルドは不機嫌丸出しで、王都に来てもバーバラを家に一人残して帰ってくる事もなかった。  バーバラは行き遅れと言われていた自分との政略結婚が気に入らないだろうと思いつつも、いずれはリカルドともいい関係を築けるのではないかと待ち続けていたが。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

処理中です...