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プロローグ

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 湖に浮かぶ中洲。ここは『世界の果て』と呼ばれている。
 

 ミトロギア大陸には人間が住む国と妖精が住む国がある。それぞれの種族が住む世界は二分割されていた。

 遥か昔、人間と妖精は共存していたのだが、ある日を境に世界が分かれてしまったからだ。

 人間は人間だけが住む世界へ。妖精は妖精だけが住む世界へと……。

 同じ大陸に住みながら、種族間は互いに行き来することはない。

 それぞれの世界の端の国は『果ての国』と呼ばれている。
 
 人間が住む世界の果ての国ラストリア王国と妖精が住む世界の果てエルファーレン王国の国境は湖に浮かぶ中州だ。

 その湖のほとりに騎士と一人の少女が佇んでいる。

 少女の名前はカテリアーナ・ラストリア。ラストリア王国の第二王女だ。

 騎士はラストリア王国騎士団の団長でここまでカテリアーナを護衛してきたのだ。

 今年十六歳の王女は美しく聡明だ。騎士団長は目を細めると、思案する。その目には微かに憐憫(れんびん)の情が浮かんでいた。

 騎士団長はもの珍しそうに湖を見ている王女の後ろ姿を見つめると、そっとため息を吐きひとりごちる。

「国王陛下もむごいことをなさる。姫をたった一人で未知の世界に嫁がせるとは……」

 湖に反射した陽光がカテリアーナの顔を照らし、エメラルドグリーンの瞳に日差しが容赦なく差し込む。あまりにも光がまぶしいので、遮るように手のひらで顔を覆う。

「何日ぶりかしら? まともに日にあたるのは……」

 ドレスの裾をさばきながら、カテリアーナは騎士団長のほうへ振り返る。

 形はシンプルであるが、上質な材質の白いドレスはカテリアーナの美しさを引き立てている。このドレスはカテリアーナを唯一愛してくれた祖母の形見だった。

 陽の光で輝く長い金色の髪はサイドに髪飾りが付けられているだけ。王女が嫁ぐというのに、身支度を整えた王宮の侍女たちが手を抜いたのだ。

「それではカテリアーナ姫。我々の役目はここまでです。どうかお元気で」

 騎士団長は跪くと、騎士団を代表して別れの挨拶を告げる。

「ここまでご苦労様でした。気をつけてお帰りなさい」

 ここまで護衛をしてくれた騎士団を労うカテリアーナの笑顔に応えるように、騎士団長は一礼する。だが、騎士団長の強面には申し訳ないというような表情が浮かんでいた。

 湖の向こう岸にはラストリア王国騎士団が待機しているのが見える。騎士団長が戻ってくるのを待っているのだ。

 騎士団長は乗ってきた舟を再び向こう岸に向かって漕ぎ出す。向こう岸に着くとカテリアーナがいるほうへ振り返り一礼する。

 ラストリア王国騎士団が去っていくのを見送り、カテリアーナはエルファーレン王国側の国境へと歩いていく。

 これから隣国であるエルファーレン王国へと嫁ぐのだが、王女であるカテリアーナがなぜ国境で一人取り残されているのかというと――。

 ラストリア王国とエルファーレン王国には不可侵条約というものがあり、例え王女の輿入れといえども騎士団はおろかラストリア王国からの人間は誰一人として連れていけないのだ。

 それどころか、王女が嫁ぐというのに、嫁入り道具は一切持たされていない。カテリアーナが持ってきたのは愛用の弓と趣味で作った薬草だけだった。

 だが、最たる理由は――。

「不可侵条約だけではないのだけれどね」

 誰にともなくひとりごちながら、カテリアーナはため息を吐く。

 国境であるこの中州はシド島と呼ばれている。

 湖に囲まれたこの島は緑が豊かで心地よい風が頬を撫でる。木々は優しくカテリアーナを日差しから隠す。

 カテリアーナは風景を楽しみながら歩いていく。途中、うさぎや鹿がこちらを窺うように立ち止まってカテリアーナを見ている。

 可愛い動物たちの姿にカテリアーナの顔が自然と緩む。

「ふふ。可愛い」

 カテリアーナは動物が好きなのだ。そして動物たちに懐かれやすい。

 やがて、カテリアーナがエルファーレン王国側の国境に辿り着くと、かの国からの迎えが来ていた。

 ここから先は未知の世界だ。カテリアーナは深呼吸をして息を整えると、優雅な足取りでエルファーレン王国の国境へ一歩足を踏み入れる。

 先頭に立っている青年をみとめたカテリアーナは息を飲む。

 黒い髪を後ろに一つで束ねた白皙の美青年は、アメジストのような紫の切れ長の瞳をカテリアーナに向ける。

「ようこそ。我が花嫁殿」
「……ということは、貴方は」

 青年は胸に手をあてると、不敵な笑みを浮かべ一礼する。

「エルファーレン王国国王フィンラス・エルファーレン。そなたの夫となる者だ」

 どうやら国王自らカテリアーナを迎えに来たようだ。カテリアーナはドレスの裾をつまみ、淑女の礼をとる。

「お初にお目にかかります。ラストリア王国第二王女、カテリアーナ・ラストリアでございます」

 (それにしても、エルファーレン王国の国王は確か……)

 カテリアーナは思わず不躾な視線をフィンラスに向ける。

 フィンラスはカテリアーナの視線を受け止めると、アメジストの瞳をふっと緩める。優しい眼差しだ。

「俺の正体が気になるのだろう? お望みならこの場で見せよう」

 フィンラスの体が光ると、人間の姿から本来の姿に変化する。

「えっ!?」

 変化したフィンラスの姿を見て、カテリアーナは驚く。

 エルファーレン王国の国王の正体はもふもふな黒猫だった。しかもふてぶてしい面構えをしている。

「驚いたか? 怖ければ生国に引き返しても構わないぞ」

 黒猫……フィンラスは二本の尻尾を揺らし、誇らしげに腕を組んでいる。二足立ちで……。

「か! かかか……」

 突然の出来事に声にならない声が出たカテリアーナは次の言葉とともに行動に出ていた。

「可愛い! もふもふなお猫様!」

 体躯は黒いが、腹側の毛は白い。手触りは極上の絹のようだ。

 カテリアーナはフィンラス国王のもふもふな胸に飛び込んでいた。

 そう。カテリアーナはもふもふが大好きだったのだ。
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