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本編

騙されていた人達3

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「これは」

 大林君の写真を見て声を上げたのは、安田明だ。
 挨拶をされていない人を敬称を付けて呼びたくない。
 木村春に『君』を付けているのは、一応挨拶をしている為の礼儀としてだ。

「昨日店の防犯カメラから起こした写真です。当店では二、三千万の腕時計等も複数取り扱っていますし、宝石に至っては億の値が付くものもございますから、防犯カメラも高性能の物を備え付けているんですよ」

 にこにこと笑っているのに、何か恐い雰囲気が漂う大林君の笑顔は、それでも僕を守ってくれているんだと分かる。

「商品を手にした人物がいる場合、予備のカメラも作動し四方八方から撮影が開始する上、カメラのズーム機能も同時に作動します。ほら、どんな腕時計かまではっきりと分かりますよね」

 嬉しそうに隣の人の腕にすがりながら腕時計を見てい る。
 木村君の表情は、甘くて弱々しい。買ってもらうのが申し訳ないと言うようにも見える。
 大林君の話の通り、何人にも買わせているのだとしたらこれ演技してるのかな?

「同じもの、だ」
「なんて言われて店に行ったんですか?」

 そんなに簡単に百万以上するものを買い与えるものなんだろうか?
 疑問に思ってつい聞いてしまった。

「小姓にしたいと言ったら、自分は断っているのに無理矢理小姓手続きをしようとしている方がいて平民の自分では手続きを止められない。本当は俺がいいけれどお付き合い出来ないから、せめて思い出になるものが欲しいと」
「それで腕時計を?」
「前に腕時計を持つのが夢だったと聞いた事があったんだ。施設ではそういうものは贅沢品だと言われて禁止されていたからと。だから小姓に出来たら買ってあげようと思っていたんだ」

 しょんぼりとしている彼に、大林君は大袈裟なため息をつく。

「それで店に連れていき、商品を選ばせたと?」
「そうだよ。あの店、値段は店員に聞かないと分からないだろ?遠慮せずに選んで欲しかったから丁度良かったんだ」

 なんだろう、この人大丈夫なのかなと心配になる。
木村君を信用しすぎだ。

「小姓手続きなんて完了していないのですから、あなたも出してしまえば良かったのではありませんか?」
「父が許さないのは分かっていたんだ。でも春君が望んでくれるなら父を説得しようと思っていたんだ」
「なにもかも甘すぎですね。安田伯爵もお気の毒に、教育失敗だとお嘆きになるのではありませんか」

 大林君の呆れた様な声に、彼は崩れ落ちる様にしゃがみこんでしまった。

「ハル!」

 この人どうしたらいいんだろ、床にしゃがみこみ頭を抱えている人を放っておくわけにもいかないよね。
 大林君に判断を仰ぐのも違うだろうし、仕方ないからサロンに連れていくしかないかと考えていたら、背後から名前を呼ばれて振り返ると雅と佐々木様が走ってくるのが見えた。

「雅っ」

 僕と舞を守るように立っていた四人が、さっと道を開けたから舞と二人で駆け寄るとそれぞれしっかりと抱き止められた。
 あぁ、雅だ。この腕の中は安心できる。

「なにがあった、あいつは何を」
「あのね、僕達が木村君に嫌がらせをしているって言い掛かりをつけられて」

 木村君の名前を出した途端、雅が呆れた顔をしてため息をつき、舞を抱き締め頭を撫でていた佐々木様の方から動物の唸り声の様な低い声が聞こえてきた。

「体育館のところで木村君が泣いていたみたいなんだけど、雅達見た?」
「見たんじゃなく、俺とあいつに声を掛けてきたから川島に押し付けて来た」
「川島君に?」

 あれ? でも一人でいたんだよね?
 だから彼が苛められてるって話を聞いたんだよね?

「川島も正気に戻ったんだろ」
「正気に?どうして」

 大林君があの写真を川島君にも見せたのかな。

 雅は僕の旦那様になった。
 佐々木様は舞の旦那様になった。
 谷崎様は退学して、森本様は実家に呼び出されたらしい。
 そして最後の攻略対象者である川島君も離れてしまった?

「皆が離れたから、他の人を?」

 振り返りると、しゃがみこんだまま動かない。
 彼が正義感で僕に苦情を言いに来なければ、木村君の嘘を知らないままだったかもしれない。

 だとしたら、彼の正義感は彼を助けたのかもしれない。
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