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本編

可愛い君のためならば(大林君視点)

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「それでは失礼致します」

 見送るためにわざわざドアの所まで出て来てくれた千晴様が、可愛く手を振る背後には魔王が睨みを効かせていた。
 怖い顔をしていても、あんなに可愛い小姓を捕まえるのに一年近く掛けたヘタレだと分かれば怖がる意味もない。

「もう少し早くあいつがやらかしてくれていたら」

 腹違いの弟が時期当主から外されるには、条件がまだ足りなかった。
 小姓の手続きは時期当主に確定されないと出来ない決まりがあり、それをせずにただ恋人では立場が弱いどころか相手に遊びだと思われかねない。
 現時点では本名すら出せない自分に、千晴様を口説く資格はなく、彼がずっと魔王こと山城様を慕っているのは誰の目にも明らかだった。

「まさかあの頃付き合ってなかったとは」

 入学してすぐ二人は付き合いだしたというのが、皆の認識だったし、私もそう思っていた。
 ただ、出会ってすぐだから小姓手続きまではしていないのだろう、一年生は大抵進級時期に小姓手続きをするから山城様達もそうするのだろう。
 そう誰もが思っていたし、私以外は今もそう思っているだろう。

「幼い感じがするとは思っていたけれど、まさか本当に箱入りだったとは」

 祖父の時代には、小姓になりそうな子供には嫁ぐまで家族以外と交流させず女性的な教育を施して嫁がせるのが当たり前だった。
 家督争いを避ける為と、女性が少ない為の措置だったと聞いている。
 その為に体が大きくならない様、でも鶏ガラのような貧相な体型にはならない様な食事を与えられ、酷いところでは体の成長を止める薬を使う家まであったらしい。
 千晴様は母親の家系が小柄な様で、嫡男もどちらかと言えば小柄らしい。
 けれど彼の少食振りを見れば意図的にその様に育てられた様にも見える。

「反則だろあれ」

 あんなに無防備で、人を疑うことを知らずによくこの学園で無事に一年過ごせたものだ。
 一部は知らなかったとはいえ、山城様が守っていたのは確かだろう。
 大事に大事に家に、父親に守られ、山城様に守られたお姫様的な存在はこのまま卒業し、山城様に嫁ぐのだろう。

『大林君、良かったら一緒に着替えに行かない?』

 初めての体育の授業で、千晴様はにこやかに声を掛けてきた。
 第二夫人の陰謀で体を壊していた私は、本名ではなく母の実家の名で通うため僕は小姓候補達が使う更衣室を使わなければならなかった。本人達には知らせず、出席番号でそれは区別されていた。
 大なり小なり小姓候補と言われる人達は千晴様まではいかなくてもか弱く箱入りの傾向がある。そんな世間知らずな彼らが安易に襲われたりしない為に学園が行っている予防だった。
 そんな場に私がいるのは不本意で屈辱で、それが異母弟の母親のせいだと思うとあの女を千回殺しても足りない程に憎かった。
 谷崎家は私が継ぐべきものだ。
 あんな愚弟に渡せない。
 だから、あれが時期当主の資格無しとするべく動かなければならなかったし、私自身も弱味や汚点を作るわけにはいかなかった。

『大林君は凄いねえ』

 何をしてみせても千晴様は嬉しそうに誉めてくれる。
 僕を同類として見ているのか、時期当主候補の方々には僅かに見せる緊張が私に対しては無かった。
 だからこそ、気の抜けた愛らしさを堪能出来たともいう。

『僕ね、ずっと屋敷の中だけで外に出たことなくて、家族と使用人以外殆んど会話したことなく暮らしてたから、学園に通えて嬉しいんだ』

 体育の時間山城様の姿を目で追いながら、千晴様はポツリと呟いた。
 呟いた内容に驚いた、そんな古典的な育て方している家がまだあったのかと信じられなかったのだ。

『こんな風に皆学校に通っていると話には聞いていて、楽しそうだなって思っていたけど、本当に楽しいね。大林君とも仲良くなれたし、嬉しいよ』

 時々幼い子供の様にも見える千晴様は、無邪気でとても愛らしい。
 華やかに美しく見えるよう作られた他の小姓候補に比べれば目立つ存在では無かったけれど、その笑顔は春の陽射しの様に暖かで和やかで、愛しかった。
 そう感じていたのは私だけではなく、山城様を始め何人もが千晴様の一番になろうと動いていた。

「山城様が得たのだと誤解してさえいなければ、今頃は」

 互いを名前で呼びあい、山城様は千晴様を誰より優先していたから誤解したのだ。
 そうでなければ、徐々に二人を引き離す様に動くつもりだった。

「千晴様があんな風に私を信用していなければ、もっと強引に動いたのに」

 ぶつぶつと呟きながら、一人廊下を歩く。

 山城様がいない場で、千晴様はよく標的にされていた。
 ちくりちくりと嫌味を言われて、山城様には相応しくないと馬鹿にされていた。
 困ったように笑うだけしかしない千晴様が歯痒くて、つい庇う様になっていた。
 山城様から離れたら、こんな目には合わないと誘導することも出来たのに。

「私を疑うこともせず、感謝して信用して、仲良くなれて良かったと。あの人は人が良すぎる」

 母以外は全て敵か自分の為の道具だと思って生きてきた私を、打算のない心を持った顔で私に笑いかける。
 あの笑顔が眩しくて、大切にしたいと思ったのに。

「手に入らなくなってしまった」

 それも愚弟のせいで、二人の結びつきが強くなってしまった。
 いつか手にいれてやろうと、思っていたのに。でも、

『大林君って優しいよね』

 信頼仕切った顔で言われたら、友達が私の立ち位置だと認めるしかないけれど。でも、諦めきれない。

「あなたが悲しむ、そんな可能性は全部私が潰しましょう。あんなへたれではなく、私があなたを守ります」

 まずは愚弟とあの母親の完全排除、その後は木村春の背後を洗い、なぜあんなにも山城様を狙い、千晴様を陥れようとしているのか探ることにしましょう。

「可能性が一%しかなくても、卒業までは諦めませんよ」

 優しいクラスメイトの顔のまま、あなたの近くに居続けていつかきっと手にいれる。
 それまでは、頼れる友で居続けましょう。


※※※※※※※※※※※※
ハルはある事情から外に出さずスペア的立場にもしないと決められて育ちました。
ハルの父親は、自分の相手が古典的な育て方をしていたのと、父親の弟達も同じ様に育てられていたので、どうせ外に出すつもりがないならと、箱庭の様な場所でハルを育てると決めました。
何も知らず、外の世界も知らないほうが幸せ、的な考えです。
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