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本編

頑張るしかないよね_その1

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「「どうした。食欲がないのか」

父様との電話を終えた後、トイレから戻ってきた雅に写真の保存サービスへの自動同期の方法やスマホの使い方(僕が本当に基本的な事しか使ってないと知って雅に驚かれた)を習っていたらいつの間にか夕食の時間になっていた。
父様からの衝撃的過ぎる電話の後でも、雅と一緒だと楽しすぎて時間が過ぎるのが早すぎる。
注文していた夕食を食堂の人が運んできて、てきぱきとテーブルセッティングをして去って行った。
食べ終わったら食器は片付けずにそのままでいい。「お食事がお済みになりましたら片付けに参りますので、お電話下さいませ。お手数をお掛けしまして大変申し訳ございません」と何故か向こうが頭を下げていった。前世庶民の感覚を思い出すと何故? と思う行為も今世の貴族の感覚ではそれが当然と思う不思議。
夕食は二人ともビーフシチューセットにした。
食堂のビーフシチューは僕の好きなメニューの一つだ。下位貴族専用の食堂と上級貴族用の食堂は分かれていて、価格も全然違うらしい。僕の家は伯爵家なので一応この世界では上級貴族扱いになる。前世の貴族がどういう風になっていたのか日本に住む庶民だった僕には分らないけれど、この学園は平等といいながらも身分による線引きしているところがあって、食堂もその一つだった。
寮だけでなく学食もそうだ。あちらには公爵家と侯爵家の子息専用のサロンがあるし、個人用の個室を持っている人もいる。雅も確か持ってたと思う。
学園内のサロンは、伯爵家から平民は公爵家か侯爵家の子息の招待でしかそこは利用出来ない。大人数で利用出来る部屋がいくつかと少人数用の部屋がいくつかあるらしいけれど、僕は行ったことがない。舞は佐々木様に招待されて何度か使用した事があると言っていた。学園とは思えない調度品で部屋の中が整えられていて、高級ホテルかレストランかと勘違いしそうになる位の時間をそこでは過ごせるらしい。
食事もお茶も、学食のレベルを超えるものが提供されるし、二時間ある昼休みや放課後をそのサロンで過ごせるのは一種のステータスなのだ。
サロンには青薔薇の間、星座の間、神話の間など、それぞれサロンにつけられた名前に沿ったイメージで彩られている。僕の学年には王族は在籍されていないけれど、三年に在籍されている王族の先輩は、専用のサロンがありそこは金と紅で部屋が作られているらしい。

「ハルにはこの食事は少し重すぎたか? 体調が良くなったばかりだろ」
「そんな事ないよ。ビーフシチュー好きだし。僕食べるの遅いんだ」
「ならいいが」
「雅こそ食堂のメニューで大丈夫だった? 僕の好みで選んじゃって大丈夫だった?」

 雅はゲームだと家から料理人を連れて来ていて、食事はその料理人に作られていた筈だ。
 それなのに恵方巻きの時、僕が食堂に行ってないって気がついていたのが不思議だったんだけど、その辺りはゲームと違うのかもしれない。

「雅っていつも食堂使ってた?」
「その日によるな。家はメイドと侍従と料理人を用意しているから、食堂を利用しなくても生活に問題は無い。朝や休日は部屋でとる事が多いが、夕食は気分による。昼は食堂を利用したり、昼食会を行なう時はサロンを使うかな」
「そっか」
「正直、サロンの食事より、食堂の方が気楽で俺は好きなんだが、少人数で話をしたいと言う時は仕方ないな」
「でも、サロンの方は料理の質も違うって聞いたよ」

昔都の有名菓子店を経営していた人が、引退してこの島に暮らしているのは学園で有名な話だけれど、その人は現在サロンで自由気ままに腕をふるっているらしく、舞はその人が作ったクッキーが美味しすぎて一人で食べるのが勿体なくて、と僕にお裾分けしてくれたことがある。はっきり言って美味しすぎた。あれは、クッキーという名の夢の食べ物だった。

「そうだな。ハルは甘い物が好きだから、サロンの菓子は気に入るんじゃないかな。今度時間が取れるなら、授業の後にでも一緒にお茶をしようか」
「そ、そんなサロンなんて僕には敷居が高いよ」
「二人きりなら、緊張しないだろ」
「うん、多分」

 雅分って言ってるのかな、サロンを二人だけで使うのは恋人の関係にある人だけだって噂があるの。もし知っていて僕を誘ってくれているなら、僕頑張るのに。

「でも、いいの?」
「何が問題だ。サロンは別に侯爵家以上でなければ使用出来ないわけじゃない」
「そうだけど。僕と二人でいいの?」

 決定的な事を雅が言ってくれるなら、僕勇気を出せるのに。
 雅は何も言ってくれないんだよなあ。
 僕を膝に抱き上げるし、横抱きにして運んでくれるのに。
 一緒のベッドで眠ってさえくれるのに、何にも言ってくれないんだ。

「何か問題があるのか」
「僕はサロンに単独で入る資格は無いから、雅が問題ないなら大丈夫だよ」

 やっぱり言ってくれない。
 雅がもしも、僕を好きなら。
 お前は特別だから問題はないとか、言ってくれたら僕だって父様に自信を持って言えるのに。
 雅って本当に僕を弟レベルにしか思って無いのかもなあ。
 雅を諦められないから、僕は雅が攻略対象者だと分っていても少しでも一緒に居たいと悪あがきをしてる。
 雅の優しい言葉とか態度とかを自分の都合が良い風に理解して、まだ失恋決定じゃないと自分に言い訳している。

「サロン専任の菓子職人さんって凄く美味しいものを作るんだって聞いた事あるから、凄く楽しみ。本当に僕を招待してくれる?」

 少しでも可愛いと思って貰いたくて、僕は少しだけ首を傾げながら雅を見つめる。
 雅に鬱陶しいと思われない程度のギリギリのラインを探りながら、雅に甘えるんだ。

「サロンに招待されるなんて、僕にとっては凄いご褒美だよ。そんな楽しみがあるなら、僕テスト勉強頑張れる気がする」
「ご褒美がないと頑張ろうとしないのか?」
「雅が教えてくれるのも、僕にはご褒美だし、頑張る理由になるよ。雅教え方凄く上手なんだもん。先生よりも分かり易いもん。頭が良い人って教えるのも上手なんだね」

 雅の貴重な時間を使ってくれるってそれだけで、僕には人生最大のご褒美だ。
 
「ハルは」
「なあに」

 ああ、ご飯が食べ終わってしまう。
 残るはデザートだけど、雅はコーヒーだけだからもう帰ると言われたら僕は引き留められない。

「そんな風に言ってくれると、俺は単純だからハルに付きっきりで教えてやりたいと思ってしまうんだが。それが目的か」
「僕に家庭教師代が支払えるなら、是非お願いしたいよ」

 何にも言ってくれないのは、雅がやっぱり僕に何の気持ちもないからだ。
 僕結構頑張ってアピールしてると思うんだけど、悲しくなるほど反応がない。
 これって弟レベルが確定なのかなあ。
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