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本編

余計なお世話でも行動します

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「ええと、佐々木様は七階だったかな」

 舞が泣いた衝撃の昼休み、その後僕は佐々木様を観察しながら一日過ごした。
 佐々木様と主人公がどの程度イベントが進んでいるかなんていうのは流石に分らないけれど、意外な事に佐々木様と主人公は昼休み以外会話らしい会話は無かった。

「七階って言ってた、確か舞はそう言ってた」

 過去の舞との会話を思い出しながらドアに付けられている表札を一つ一つ確認して歩く。
 余計な事だとは分っているけれど、僕は一人で佐々木様の部屋に向かっている。
寮は、一階が食堂や遊戯室等の共同スペース。
 二階から四階が子爵位以下の子息の私室で五階は伯爵位、六階から十二階までが侯爵位以上の私室となる。
 侯爵位以上は学園全体から見て人数は少ないけれど、一人分の部屋が広いからこの部屋割りになる。僕が使っているのは二人部屋だけれど、使用人部屋は無い。六階から上は使用人用の部屋があるしリビングや寝室等も広く作られているらしい。

「凄い廊下から違うんだ。緊張する」

 雅も同じ七階だった筈だけど部屋を訪ねたことがない。七階に来たこと自体初だ。
 ちょっと高めのホテル的な造りの階下と違い、廊下に敷かれている絨毯ひとつすらどこかのお屋敷と言ってもおかしくない様なレベルの物が使われている。

「佐々木様は……あった」

 ドアに付いているプレートに金文字で佐々木藤四郎と書いてあるのを確認して、インターフォンを押す。

『どちら様でしょうか』
「僕は佐々木様と同じクラスの鈴森千晴と申します。佐々木様に聞いていただきたいお話があり参りました。お約束はしていませんが、どうかお取り次ぎ頂けないでしょうか」
『確認して参りますので恐れ入りますが少々お待ち願います』

 機械音かと勘違いしそうな程の硬質な声に、来た事を後悔して帰りたくなりながら待つ。
 僕の部屋がある階と違って人気がない。
 使用人は別の通路があって生徒向けの廊下は歩かないという噂も聞くし、生徒は一フロア三人から四人しか住んでないから、他の人と会う確率は元々低いんだろう。

「鈴森様、お待たせ致しました」

 突然ドアが開いて、僕はひきつりそうになる頬に無理矢理笑みを浮かべて中へと入る。
 廊下以上に、入り口からすでに豪華な造りだと一目で分る様子に流石侯爵家と感動する。
 寮の私室は基本家具は何も無い。すべて生徒が寮に持ち込むのだ。
 僕の部屋は二人部屋だけど使っているのは僕だけだから共有スペースの家具も鈴森家で準備しているけれど、普通は生徒二人の家がそれぞれの個室の家具を用意し、共有スペースは話し合いの末用意するらしい。これが結構揉めるのだと聞いた。
 で、何が言いたいかというと。この豪華な部屋は佐々木侯爵家が準備した物と言うことだ。
 無駄に豪華な灯りも、足が沈み込みそうなふかふかの絨毯もすべて佐々木侯爵家チョイスなんだろう。なんとなく、佐々木様のイメージな気がする。
 そんな学園の寮だと忘れてしまいそうに広くて豪華なスペースに靴を脱ぎ。黒革のスリッパに履き替える。
 両手を横にめいっぱい伸ばしても両側の壁に手が届かなそうな広い廊下を、出迎えてくれたメイドさんの後ろについて歩く。

「突然お伺いして申し訳ありません」

 通された部屋のソファーに寛ぐ佐々木様は、僕の声にちらりと顔を上げ「山城の飼い犬が何の様だ」と皮肉げに聞いてきた。
 あぁ、こういう人だった。
 ゲームでもこういう皮肉を主人公にも言うんだよね。
 好感度が上がると段々口調も優しくなってきて、そこがツボだったのを懐かしい気持ちで思い出した。

「飼い犬のつもりはありませんが、申し訳ありませんが人払いお願い出来ますか。舞、美空の個人的な話なので」

 わざと美空と言い替えてお願いする。
 教育されたメイドさんとはいえ、他人に聞かせていい話じゃない。だから無視されないようにあえて美空と名前を出した。
 佐々木様は苦手なタイプだ。見た目も怖いけれど、性格も怖い。
だけど僕だって一応前世は社会人だったんだ。
 皮肉云われて泣いて逃げ帰ったりはしない。

 佐々木様が目配せすると、部屋にいた数人のメイドさんが出ていく。
 ここ、使用人何人使っているんだろう。お揃いの黒のワンピースにフリル付の白いエプロンを着たメイドさんは皆無表情でなんか怖かった。
 鈴森家のメイドは薄らと微笑んでいるのがデフォだけど、佐々木家は無表情なんだな。
 これってそれぞれの家の教育によるんだろうか。

「ありがとう……ござっ」

 呑気にメイドさんの表情について考えながらドアが閉まるのを確認して、佐々木様に礼を言おうとした途端思いがけない衝撃に息が詰まった。

「貴様が何故その名前を知っている」
「て、手を離してっ」

 一瞬で僕は床に倒され、首もとを絞められていた。
 ジタバタと足掻いても佐々木様が僕の腹の上に馬乗りになっていて、押さえつける手を振り払えない。

「答えろ。山城の犬が何をしに来た」
「そんな風に怒るなら、なんで簡単に名前を呼ばせたっ!」
「なんだと」

 ぐっと首を押さえつける手に力を込められ、息が出来なくなる。
 このまま殺されるんじゃないかという恐怖が、僕の体を硬直させる。
 貴族の上下関係がはっきりとしているこの世界は、上位貴族に不敬だと判断されれば殺されても文句が言えないのだ。
 勿論現代日本に近い設定の世界ではあるから、法も一応はあるけれど。
 舐められたら終わりな貴族社会、上位貴族への不敬は裁判無しの処罰がある程度黙認されているのだ。

「山城に気に入られているぐらいでいい気になるなよ。お前など簡単に不敬だと処分出来るんだからな」
「っ!」

 このまま本当に殺されるかもしれないという恐怖にかられて必死に暴れ、佐々木様の手に噛みついて逃げる。

「はぁ、はぁ。処分出来るもんならしてみればいい。舞が不幸になるのを黙って見てるしか出来ないより、余計なお世話でも行動してあたなに処分された方が百倍マシだよ。舞のあんな泣き顔見る位なら、何度だって処分されてやるからっ!」

 震えながらなのが情けないけれど、何とか体を起こして叫ぶ。
 首が痛い。痣になってるかも。
 鈍い痛みに触れる指先が、滑稽な程に震えている。
 馬鹿力過ぎ、ついでに容赦がなさ過ぎる。

「どういうことだ。不幸にって、何が」
「あなたが考え無しの行動するから、舞は自棄になって退学しようとしてるんです。退学してあなたの前から姿を消して、おじいさん位年離れた人と……」
「退学? 話しにくいな、座れ」
「話しにくいって、誰のせいだと。失礼致します」

 文句を言おうと口を開いてから、佐々木様の険しい顔に気付いて口を閉ざす。
 怒らせたら話をする前に本気で処分されかねない。
 他人の目がない二人だけの部屋で、僕が処分されても仕方ない不敬をしたと言われたら僕の家は文句が言えないのだ。

「先に聞かせてください。どうして木村春と佐々木様が名前で呼び合う様になったんですか」

 佐々木様が主人公を本気で気に入ったというゲームの展開通りなのか、それとも何も考えず気まぐれになのか、それが問題なんだよ。
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