上 下
117 / 119
3 町の中でもトラブルは起きる

トラブル体質は誰なんだ?8

しおりを挟む
「フーコちゃんあんなに慌ててどうしたんだ?」
「さあねえ」

 フーコさんが逃げる様に入っていったドアを見ながら、アルキナが首を傾げる。
 慌てたというより、なんだろうあれは。
 フーコさんの髪はアルキナにぶつかったショックなのかな、一瞬で逆立ってしまった。でも、動物が何かに驚いた時毛を逆立てるのとはちょっと違う気がする。ちらりと見えた頬が真っ赤だったし。

「なんだよ、ジェシー冷てえ言い方だな。俺と話す時いつもあんな感じなんだよな、フーコちゃんと仲良いだろ、何か聞いてないのか。ひょっとして俺怖がられてんのかよ」
「フーコちゃんがアルキナを怖がるわけないじゃない。まあいいよ、そのまま気がつかないであげて。みゃくがないのはあの子だって分ってるんだし」

 疲れた様にため息をつくジェシーにアルキナはますます首を傾げるけど、俺はみゃくがないの一言で何となく想像がついてしまった。アルキナは気になってる人がいるみたいし、それを考えるとみゃくは無いんだろう。

「なんだよジュン」
「いや、何でも無い。アルキナが鈍いんだなというのを理解しただけ」

 問題の受付二人もアルキナに気があるみたいだったし、Bランクの冒険者ってだけで何もしてなくてもきっとモテるから、アルキナは好意に逆に鈍感になってるのかもしれない。

「変な奴だな。まあいいさ」
「フーコさんの事はともかく、向こうの様子はどうなの」
「ああ、うん。もう少し掛かるだろうな。今日は一旦帰った方がいいかもしれねえ」
「話を聞く人数が多いから時間が掛かるのは分るけど、他にも理由があるのか」

 苦虫を噛み潰したような顔ってこういう顔をいうんじゃないかといった風な、なんとも言えない顔でアルキナはハイドさんを見た後、まだ涙を浮かべたままのキョーナとケープを頭からかぶって俯いたままのヒバリに視線を移し、そっと二人の前にしゃがみ込んだ。

「ごめんな、二人には怖い思いをさせちまった」
「アルキナさんのせいじゃ無いもん。騒ぎを起こしてごめんなさい」
「ごめんな……さい」
「二人は悪くねえだろ」

 これはもう堂々巡りって奴だな。キョーナもヒバリも落ち込んだままだし、誰が悪いって言ったらあいつらだけど、そもそもの原因はアルキナがキョーナを自慢してたのが悪いんだ。

「アルキナはそもそもどうしてキョーナを褒めるなんて事したんだよ。あの二人はキョーナのランクを知らなかったんだし、何か切っ掛けがあったんだろ」
「ああ、お前が賞金首を捕まえたって話がすでに広まっててさ。ほら、門番がここにマイケルを呼びにきただろ、それで皆その話を知ってたんだよ」

 そういえばそんな事もあったな、まあ内密に呼んでくるなんてしないか。

「賞金首を捕まえるなんざ駆け出し冒険者には夢のまた夢って奴だからな、あいつらが大騒ぎしてたところに俺達が入ってきて質問されてさ、つい自慢しちまったんだよなあ。将来有望な魔法使いだって」
「つい自慢するってなんだよそれ」

 呑気なアルキナの返事に呆れてしまう。
 領主に俺達の存在を気付かれない様になんて言ってたくせに、アルキナが自分でキョーナを目立たせてどうするんだよ。俺は自重しないってもう決めてるけど、キョーナを危険にさらすなんて冗談じゃないぞ。

「アルキナ言ってる事とやってる事に矛盾がありすぎだよ」

 キョーナが可愛いって事がこれから先問題になりそうだって気がついたばかりなのに、十三歳にはとても見えない幼い外見のキョーナが将来有望な魔法使いとか、どれだけ目立つんだよ。

「完璧な大毒蛾を採取するあなたの腕も見事ですが、こんなに幼いのに将来有望とは素晴らしいですねえ」

 今まで黙って俺達の話を聞いていたホウショウさんが、急に会話に混ざってきたかと思ったらキョーナをしげしげと見つめ、見つめながら多分鑑定を始めた。

「おやおや」
「え、あ。ジュン……」
「怖がらせてしまいましたか、申し訳ありません。私はどうも知的好奇心を抑えるのが苦手なもので」

 全然申し訳無さそうに謝りながら、なおもホウショウさんは鑑定を続ける。
 俺のもキョーナのも、どちらのステータスも俺が偽造している。俺に比べたらキョーナのステータスは普通と言えない事も無いけれど、魔法使いレベルと能力値のバランスの悪さは見る人が見たら可笑しいと気がつくだろうし、キョーナの能力の値は俺が底上げしたせいで普通の子供の能力を遙かに超えている。
 高い能力値は訓練の賜物と言えなくもない、でもキョーナには魔物討伐の経験が少なすぎるのだ。

「大丈夫だよ。ホウショウさんそういうの止めてもらえますか」
「おや、いけませんか」
「やっていいと思う理由が分りませんが」

 念の為と偽造していて本当に良かった。
 Cランクの試験をクリアする位だから、そこそこの魔力を持っているのは予想がつくだろうけど。鑑定されたら疑われるのは目に見えている。だからテリーのステータスを参考にキョーナのステータスを偽造して、万が一鑑定されても問題無いようにしたのだ。
 これは魔道具じゃなく、俺のスキルを常時発動にしている。鑑定を無効化する事も出来るけど、そんな事はCやBランクの冒険者じゃ無理だから、ステータスの偽造にしたのだ。
 俺のスキルはともかく、キョーナのは能力値の偽造だけだから簡単だった。

「ホウショウさん知的好奇心も結構ですが、今日出会ったばかりでそういうのは失礼だと思いますよ」

 俺の苦情を受け流すホウショウさんに、ハイドさんが口を出す。

「奴隷商人ごときに言われたくありませんが、確かに不躾ではありましたね」
「私は卑しい奴隷商人ですが、最低限の常識は持ち合わせているつもりです。悪意のある大人に辛い目にあわされたばかりの子供の精神に追い打ちを掛ける様な真似は、さすがの私にも出来かねますね」

 早口ではあるけれど、常に穏やかだったハイドさんの日頃とは違う鋭い目付きと口調に、俺は面食らってしまった。

「卑しいとは言っていませんが、私は奴隷契約というのは神の意志に背く行ないだと思っているだけです。私の行ないなど、それを考えれば大した事ではありません」
「大した事だもん。おじさん失礼だもん。女の子をのぞき見するなんて、最低だもん」

 さっきまでのしょんぼりした様子はどこに行ったのか、キョーナは突然立ち上がると大声を上げ始めた。

「キョーナ、落ち着け」
「だって、ジュン。この人さっき魔石が何かって当てたみたいにあたしのステータスを見たって事でしょ。許可も取らずにそんな事するなんて、知的好奇心なんて格好良い事言ってるけど着替えを覗き見する変態と何が違うのよっ」
「へ、変態」
「ぷっ。へ、変態」

 鑑定と着替えの覗き見を一緒にするあたり、さすが小さくても女は女って事なんだろうか。
 そりゃキョーナにしたら着替えを覗かれた様な気になるよな。

「アルキナ、そんなに笑っては失礼ですよ」
「いや、でも」
「うんうん、確かに変態行為だよねえ。許可も取らずに覗き見するなんて、こわーいっ」

 キョーナに加勢するように、今度はジェシーが口を挟む。
 女性のこういう連携プレーは、事前に打ち合わせしていたかのようだ。

「怖いねえジェシー」
「本当本当。きっとあたし達の裸を見ても、知的好奇心が抑えられませんでしたって言うんだよぉ。さーいーてーっ」
「見ませんよ。裸なんて、そんな事するわけないじゃありませんか」
「裸は駄目だって分ってるのに、人のステータスは断りも無く覗き見するんですよね。やっぱり覗きが趣味の変態なんだっ」

 なぜかキョーナは左手を腰に当て、右手の人差し指をびしっとホウショウさんに向けそう言い切った。

「キョーナさん、落ち着いて下さい」
「でもハイドさん、ホウショウさんは最低な変態覗き魔なんですよ。それを知的好奇心なんて威張られたら世の中の女の子がどれだけ被害に合うか分らないもん。そんな人が『ごとき』なんて言うのとか『神の意志』とか言うのって図々しいと思うの。変態な自分を棚に上げて何言ってんのって話だもん」

 あ、そうか。キョーナはそれに怒ったのか。

「おやおや、これでは私に分が悪すぎますね。それではこの辺で退散致しましょう。ギルドマスターにはよろしくお伝え下さい」
「え、あの。畏まりました」

 いつの間にかお茶を入れて戻ってきていたフーコさんは、ホウショウさんに返事をしながらオロオロと俺達を見ている。

「正義感の強いお嬢さん、もう会うことは無いかもしれませんし、またすぐに会うことがあるかもしれません。それまでお元気で」

 くすくすと笑いながら、ホウショウさんは手を振ると外へ出て行ってしまった。

「キョーナ。なんでそう喧嘩っぱやいんだよ」
「だって」
「キョーナなりの正義だってのは分るし、腹が立ったのも分るよ。分るけど」

 そういうので騒いで逆恨みされる可能性だってあるのだ。さっき怖い思いをして泣いたばかりだというのに、全く。

「怒らないでやって下さいジュンさん、私は嬉しかったですよ」
「ですが、ハイドさん」
「私の為に怒って下さってありがとうございます。キョーナさん、でもあまり無茶はしないでくださいね。魔法の能力はあると言っても、あなたはまだ小さな子供なのですから」
「はい」

 素直にキョーナは頷いたけど、多分またそのうちやらかすだろう事は想像がついた。
 想像がつき過ぎてため息しか出なかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

勇者に幼馴染で婚約者の彼女を寝取られたら、勇者のパーティーが仲間になった。~ただの村人だった青年は、魔術師、聖女、剣聖を仲間にして旅に出る~

霜月雹花
ファンタジー
田舎で住む少年ロイドには、幼馴染で婚約者のルネが居た。しかし、いつもの様に農作業をしていると、ルネから呼び出しを受けて付いて行くとルネの両親と勇者が居て、ルネは勇者と一緒になると告げられた。村人達もルネが勇者と一緒になれば村が有名になると思い上がり、ロイドを村から追い出した。。  ロイドはそんなルネや村人達の行動に心が折れ、村から近い湖で一人泣いていると、勇者の仲間である3人の女性がロイドの所へとやって来て、ロイドに向かって「一緒に旅に出ないか」と持ち掛けられた。  これは、勇者に幼馴染で婚約者を寝取られた少年が、勇者の仲間から誘われ、時に人助けをしたり、時に冒険をする。そんなお話である

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

「元」面倒くさがりの異世界無双

空里
ファンタジー
死んでもっと努力すればと後悔していた俺は妖精みたいなやつに転生させられた。話しているうちに名前を忘れてしまったことに気付き、その妖精みたいなやつに名付けられた。 「カイ=マールス」と。 よく分からないまま取りあえず強くなれとのことで訓練を始めるのだった。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

処理中です...