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町に向けて出発だ7

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「ジュン次は?」

 あばら骨を外したら後は背骨を外し、各部位に切り分ける。
 ここまでくればほぼ解体は終了だ。

「これで終わり?」
「うん。殆ど終わり。キョーナお疲れ様」

 部位毎に切り分けカプセル化し、周囲の土を魔法で焼く。
 焼くのは不要な部分を焼却する為と血の臭いを消す為だ。ちなみに理由は分からないけれど物理的に火をおこし焼却するより、魔法で焼いた方が臭いは消えやすい。
 
「はあ、出来たあ」

 血が付いたままのナイフを握りしめながら、キョーナはへなへなとその場に座り込んだ。

「疲れただろう」
「うん」

 肉体的な疲れというよりも、精神的な方なんだろうか。キョーナの指先がまだ震えている。

「ナイフを洗って、手も洗って、少し休もうか」
「うん」
「キョーナちゃん。手を洗ったらお茶を飲みましょうか。今お湯を沸かしてるわ」

 ジェシーがキョーナに声を掛ける。いつの間にか火を起こして野営の準備を進めていたらしい。

「ほら、キョーナ手を出して」
「ありがとう」

 ナイフとキョーナの手に魔法で出した水を掛け、血を洗い流し浄化の魔法を掛ける。

「ジュンこのナイフは研がなくていいの」
「あー。内緒なんだけどさ、それは水洗いだけで大丈夫なんだ。ドラゴンの牙で出来てるから格下の魔物の解体は問題なし」
「それは、秘密だね。分かった」

 魔物のランクとか説明はしたこと無いけれど、ドラゴンの牙のナイフなんて代物は気軽に話していい事じゃないと理解したらしい。
 キョーナは「さすがジュンだね。もう驚かないけど」なんて失礼な事を言いながら、ナイフをホルダーにしまいジェシーの方へ走っていった。

「キョーナちゃんの解体の腕は素晴らしいですね」
「ありがとうございます。でも、初めてやったんですけど最後までやり切るとは思ってませんでした」
「初めてだったんですか、凄いですね」

 ハイドさんは驚いた様にキョーナを見つめる。
 キョーナは十三歳だから幼い子供と言われる年でもないのだけど、体が小さくやせ細っているから十歳前後にしか見えない。俺と三歳しか違わないけれど、見た目だけならもっと離れている様に見えるだろう。
 そのキョーナが殆ど一人でオークを解体したのだから、驚くのも無理はない。
 そもそも解体は小さな魔物や動物を使って経験を重ねてから、オークみたいな大型の魔物をするのだ。いきなりオークからなんて普通はやらないし出来ないのだ。

「震えてたし怯えてましたけど、ここで甘やかすわけにもいかないので」

 ある意味虐待だけど、それでも冒険者として生きていくと決めたんだから仕方ない事なんだ。
 今晩魘されたりしなきゃいいけど。それより食えるかどうかだな。

「ジュンさんは甘やかすばかりではないのですね。ふふふ」
「え」
「過保護ですよね。気持ちは分かりますが」
「あ、昨日の試験ですか」
「それもありますが。見ていてそう思いました。ジュンさんは誰にでも過保護な方だと」

 誰にでも過保護? キョーナ以外にも?
 甘いというのは過保護って事なのかな。でも、こういう性質って俺だけというよりも日本人だからと言った方がいいのかも。まあ、そんな事今言えないけど。

「オークの肉はキョーナさんさえ良ければ買い取りますので、彼女に聞いてみて下さいね。勿論今晩使う分はそれとは別にお支払いしますよ」

 護衛中の討伐だから、自分のものと言ってもいいのにハイドさんは買い取りしてもいいと言い始めた。
 初めて魔物を狩った時はその肉を焼いて皆に食べてもらうのが、この国の冒険者のしきたりだ。

 当然キョーナが狩ったオークの肉もこれから夕飯で食べるけど、ハイドさんはそれも支払うと言っているんだ。

「でも、まだ俺が売った分が残っていますよね」
「町に戻れば肉を消費する人間には困りませんから」

 そういえばスティーブさんの妹と護衛を雇っていると言ってたな、店には奴隷として売られる予定の人も何人かいるのだろう。それなら売っても消費出来るか。

「じゃあキョーナに聞いてみます。ありがとうございます」
「いえいえ。色々な部位の肉を楽しめるのはありがたいですから」
「ハイドさんはオーク肉お好きなんですね」

 俺は臭いがあるからイマイチ好きになれないんだよなあ。しかも狩ったばかりだから味は少し落ちる。
 この世界には肉を熟成させる概念はないらしい。冷蔵技術が発達していないせいだと思うけれど、狩りたての新鮮な肉が一番だと言う人もいる。

「ええ、安くて美味しいありがたい肉ですから」

 ハイドさんがニコニコして話すから、俺はメニューを考え始めた。
 キョーナが頑張って解体した肉だし、トムさんにトマトを沢山貰ったから焼いてトマトソースで食べる事にしようかなあ。
 夏みかんみたいな果物も貰ったから、あれでママレードを作って俺の手持ちの醤油と混ぜてあばら肉に浸しておこうかな。そうしたら甘辛くて美味しい焼き物になるよなあ。
 あ、なんだか腹減ってきた。

「ハイドさーん、お茶が入りましたよ。ジュンも早くっ」

 ジェシーが大声で俺たちを呼ぶ。お茶って無かったよなあ。村で買ったのかな。

「行きましょうか」
「はい」

 ハイドさんと並んで火の側まで歩くと、キョーナはアルキナとジェシーに挟まれて座り木製のカップで何かを飲んでいた。

「はい。ハイドさん、ジュン。熱いから気をつけて」
「これは? ハーブですか」
「ケントさんがくれたの。少し苦みがあるけれど美味しいわよ」
「ありがとうございます」

 カップを貰って鑑定する。
 種類:ハーブティ(ミントもどき、カモミールもどきを含む)
 効果:イライラ・不安解消、健胃作用、発汗作用、解熱効果、歯肉炎や口臭予防、安眠
 その他:苦みがあるので蜂蜜や牛乳などを加えて飲むと良い

 成程、ミントとカモミールか。そういえばそんな味だ。

「キョーナ」
「なあに」
「これ少し入れてご覧。皆さんも良かったらどうぞ」

 今朝狩った紫毒蜂の巣から蜂蜜を少し頂戴して素焼きの壺に移し、キョーナに手渡す。

「これなあに?」
「蜂蜜。取ったのは少し前だけど蜂蜜は腐りにくいから大丈夫」
「お茶に蜂蜜? なにそれ贅沢よ」
「昨日は牛乳に砂糖入れてたしなあ。お前わりと贅沢な事するよな」

 アルキナとジェシーが呆れたような顔で俺を見るけど、俺にとっては甘味は当たり前の調味料だ。

「あ、飲みやすくなった」
「ん。本当だ。苦みが無くなった」
「入れすぎるとお茶の味が無くなるから程々にな」

 紫毒蜂の蜂蜜は通常の蜂蜜よりも甘みが強く、香りが爽やかなのが特徴だ。あのグロテスクな外見からは想像も出来ない繊細な味の蜂蜜なのだ。

「この蜂蜜上手いなあ」
「うん。こんな美味しい蜂蜜食べたことないわ」
「そりゃ良かった。これさ紫毒蜂の蜜だよ」

 紫毒蜂はあの村にも居た魔物だし、言ってもいいだろう。今朝狩った事は内緒だけど。
 なんて安易に考えて話したら、アルキナ達の動きが止まった。

「おい。蜂蜜を持ってるって事は紫毒蜂の巣を狩ったって事だよな」
「え。うん」
「おま、いや。俺はもうお前が何をやっても驚かないと決めたけど、それにしたって紫毒蜂の巣って常識の範疇超えてんだろっ」

 アルキナが何故か怒り出し、ハイドさんとテリーは大きなため息をつき、スティーブさんとジェシーは何故か固まっている。
 キョーナとヒバリは俺同様、わけが分からずきょとんと皆を見つめながら首を傾げていた。

「そうだけど、何か問題あるかな」

 紫毒蜂って個体が下級、十匹以上で中級の魔物って扱いだったかな? あれ、違ったっけ。
 でもBランクの冒険者扱いになったんだから、狩っても驚かれたりしない筈だ。

「お前、紫毒蜂の巣の魔物ランク知らないのか」
「知らないよ。そもそも魔物ランクって俺聞いたことないし」
「お前なあ。紫毒蜂の蜂蜜って言ったら、王都でも中々手に入らない超高級品だぞ」
「ふうん。え、超高級品?」

 この辺りは気温があまり高くないからさとうきびが採れない。だから砂糖は南の国から運んでくるしかないから高級品扱いだし、さとうきびから作られる砂糖の殆どは貴族が使っている。
 平民はサトウ大根から作られる砂糖を使う事が多いけれど、この世界のサトウ大根は少し苦みがありそれが砂糖の味にも影響しているので値段が高い割にあまり美味しく無いらしい。
 さとうきびもどきは暖かい地域じゃ無くても育つから、これを売れる様になれば砂糖の値段は下がると思うけど領主問題が解決しないと多分売ることは無理だろう。
 そんな高級品の砂糖に比べ、蜂蜜は高いと言っても平民でも買える値段だ。だから紫毒蜂の蜂蜜も同様の扱いだと思っていたんだ。

「魔物ランク位は常識なんだけどなあ。まあ、お前はギルドも無い村から来たんだから仕方ないか」

 誰かこいつに常識って奴を教えてやってくれ、アルキナはため息とともにそんな事を言いながら蜂蜜入りのハーブティーを飲み干していた。
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