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「今年は麦の出来が相当悪かったんですか?」

 俺の隣で黙々と椀の中身を食べているキョーナ、彼女のおじさんの家も麦が不作だったと言っていた。馬車の中の彼女達も同じなら地域的な不作ということになる。
 この辺りの麦の収穫は六月頃。ジャガイモは七月から八月に収穫時期を迎える。収穫の最盛期を考えてなのかこの辺りの税は十月頃徴収する国が多い。

 で、今は何月なのか。
 さっき料理に使ったジャガイモの皮は薄く、どちらかいえば新じゃがに近い感じで芽を取る必要も殆ど無い状態だった。
 昔の俺の手帳を見てみると、この世界に転生した時期はどれも九月だ。ジャガイモの状態から考えても転生時期は今回も同じなんだと思う。
 麦が取れず、主食替わりのジャガイモだけでは税を賄いきれないから子供を売るしかなかった。そんな感じなのかもしれない。

「もう少し西の地域はそうでも無かったそうですが、この周辺は駄目でしたね。他の作物は収穫出来ているようですが」

 他の作物が収穫出来てるなら、麦特有の病気なのかな?  なんかあったな昔そういうの。あ、思い出した。

「種まきの時期は寒い時期で、その後雨が長く続きました?」
「そうですね。今年は寒い時期が長く雨も多かった様に思います。それが?」
「昔、俺が父と旅をしていた時に同じ様な現象を聞きました。種まきの直後寒い時期が続き、雨で地面が湿った状態が長く続くと、ある病気に掛かりやすくなるとか」
「条件は近いかと思います。そうですか、それが理由ですか。今回回ってきた村はどこも似たようなものでした。買った小麦粉やジャガイモは村の人には貴重な現金収入だった筈です」

 ハイドさんが困ったように椀の中身を見ている。
 村で食材を買ったときの事でも思い出しているのかもしれない。

「そうですか」

 いつの間にか食べるのを止め、キョーナが俺の事を見上げていたのに気がついて頭を撫でる。
 彼女の鞄の中にはカプセル化し時間を止めた状態の、キョーナのおじさん達が入っている。
 麦が例年通り出来ていたら、彼らは今も村で過ごせていた筈だったのだ。

「病気の元は土に残ったままなので、翌年も同じ場所に麦を植えると同じ様に病気になる様です。可能なら他の作物を植えた方が良いんじゃないかと、小麦と大麦を変えるだけでも少し効果はあったと思います」

 何回目の転生の時だったかすぐに思い出せないけど、手帳に詳しいことが書いてあった筈だ。後で時間のある時に見てみるか。

「そうですか。今度村に行った時に話してみます」
「素人が小耳に挟んだ情報ですが」
「それでも何も対策しないよりは、した方がいいでしょう」
「まあ、上手く行けば来年は税を払える様になるかもしれませんが」

 一番いいのは、農業の上位スキルの緑の手を持った人間に土壌浄化をしてもらう事なんだけど、緑の手のスキル持ちってかなりレアなんだよなあ。
 あ、俺持ってるか。料理のスキル取ったとき農業のスキルも最上位まで取ってた。
 一部の土壌浄化とかじゃなく、俺なら村一つ土壌浄化出来る。
 種まきの時期までにこの辺りの村を回れそうなら、こっそり土壌浄化しておこうかな。
 余計なお世話かもしれないけど。
 どうせ色々関わってるんだ、やれそうな事はしておこう。

「深刻な地域は領主に掛け合って、緑の手のスキル持ちを派遣できると一番いいんですけどね。あと病気を避けるには他の作物も連作を避けることです」

 農業のスキルは知識に組み込まれてるのか、もっともらしい言葉が出てくる。
 冒険者で農業のスキルを取る人間は殆どいない。
 魔法使いで農業スキルの下級を取っているのはほんの一握り程、その中で上位スキルまで取っているのは極々わずかだろう。
 何が悩ましいって、緑の手のスキルが必要な人間は大抵魔力が足りなくてこのスキルを取得出来ないってとこだ。

「そうですか、それも伝えましょう。派遣してもらえる可能性は低いでしょうけれど」

 確かに魔術師ギルドに依頼しても、貴重な緑の手スキルを持っている魔法使いをこんな辺鄙な地域に派遣してもらえるかは疑問だ。薬師なら効果的に薬草を育てる為、スキルを取っている可能性は高いけど、あいつらは基本出不精だ。
 俺一人がこっそり回るにも限度があるしなあ。どうしよう。

「ジュンさんは博識なのですね」
「いや、たまたま同じ状況を経験しているだけです。知っているだけで役に立つわけでもない」

 俺が緑の手のスキル持ちだっていうことを話すわけにもいかない。
 なにせ俺の今のレベルで取得出来るスキルじゃないのだ。どうやって取得したのか、追求されても答えられないんだからばれたら不味い。

「それでも無知でいるよりマシですよ。知識は財産です。それを生かすも殺すも生き方次第ですが」
「そうなんですかね」

 ハイドさんってやっぱり印象がコロコロ変わる。
 この口調は、わざとなのかな。早口に戸惑っているうちに大事なところを聞き逃してる気がする。

「あ、そうだ。ハイドさん、肉を食べる練習用にオークの肉はどうですか」

 俺が苦手なオークの肉。一応狩ってはみたのもののハイドさん達と別れたら死蔵品になるだろう。
 味は豚とも牛とも違う、脂身が多く癖が強い肉だ。前世で食べた鹿とか猪とかとも違う何とも言えない味だ。

 この世界の肉はどれも野性味が強いというか、日本で食べていた肉が癖が無さすぎたというべきか。
 消費してもらえるならありがたい。人数がいるからすぐに食べきれそうだ。
 
「オークですか」
「十日程前に狩ったものがあるんですが、丁度熟成が進んで食べ頃になっていると思うんです」

 鹿の肉は無限収納に移したけれど、オークの肉はカプセル化して馬に積んである。
 俺のカプセル化は特別製で、時間経過は自由自在だ。
 時間を止める事も進めることも出来る。

「それはいいですね。オークはくせがありますが美味しいですよね」

 うわあ、ハイドさん嬉しそう。
 オーク肉は町で買うにも安いし、熟成がすんでるなら食べやすいし好きって人多いんだよなあ。
 俺は苦手なんだけど。

「狩ってすぐだと肉が固いですが、熟成して食べやすくなっていると思います」

 見られても良いように、オークの肉は部位毎に分けて塩とハーブをまぶしカプセル化してある。
 狩って日数は経っていないけど、ハイドさんに渡すときカプセルの時間を数日分進めればいい。

「オーク一体分なので、塩をきつくして漬けてあるのもあります。そちらは日持ちしますから、鳥等が狩れたらそっちを食べることにしませんか」

 塩を抜かずに薄切りにして、そのままスープにすればいいから調理しやすいとは思う。
 ハーブと塩で漬けた方は、焼くか蒸すかすればいい。

「それはありがたいですね。ジュンさんと出会えた事を神に感謝しなくては」
「神に、ですか」

 反射的に俺は眉をひそめた。この世界で神というのはあの女のことになる。
 恨みこそすれ、この世界の出来事であの女に感謝したいなんて、俺には何一つなかった。

「はい。女神チェオリナ様、ジュンさんは」
「無神論者というわけではありませんが、チェオリナ神の洗礼は受けていません。強いていうなら薬と慈愛の神フィナシンですかね」

 フィナシンは慈愛の神として各地に小さな神殿を持つ。
 神官や巫女は皆回復魔法のスキルを持っていて、怪我人や病人の治療を行っている。

「そうですか、ですから黒を認めるのですね」
「認める?  ああ、そういう意味でも嫌悪感はないですね」

 あの女の教えに、黒きもの魔の厄災をもたらすというのがある。
 それが黒髪の人間を迫害する元になっているのだ。

「だいたい黒髪だからそうだなんて、短絡的すぎませんか?」
「そうでしょうか」
「髪の毛の色は親か祖先の色を引き継いだだけです。厄災をもたらす存在だから黒く生まれたわけじゃない。ハイドさんがさっき言われた様に知識は財産です。黒く生まれる事に意味がないと知らない。それが偏見を生むんです」

 あのクソ女神のせいで迫害されていると考えるだけでむかつくんだよな。
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