綺麗になる為の呪文

木嶋うめ香

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「ふふふ、グラハムは迷惑を掛けていないかしら。あの子ライアンが仮婚姻をしたと知ってからずっと拗ねて大変だったのよ。ライアンばかりずるいとね」

 グラハム様がどんな態度だったのか、私は知らない。
 ライアン様と仮婚姻をしてからグラハム様とお会いしていないのだから、仕方ない。
 仮婚姻を祝う手紙は頂いていたけれど、それだけだった。

「ま、まあライアン様だけでなくグラハム様まで仮婚姻を?」

 動揺していると言わんばかりの伯爵夫人の声は、広い庭に声高に響いた。
 伯爵夫人の声に、行儀良く席に着いていた夫人令嬢達が小さく驚きの声を上げた。
 私とライアン様の方は入学の日にお義母様が広めたから、それなりに有名になっていただろうけれどグラハム様とシシリーの方は別だろう。
 何せ、仮婚姻の手続きが完了したのが数日前の事だ、知っている者がいる方がおかしいだろう。

「ええ、ライアンが許されるなら自分とシシリーも良いはずだと言ってね。まあ家もビッケ侯爵家もいつこうなっても問題は無いと考えていましたし、二人が望んでいますからね」

 何でもない事の様にお義母様は言うけれど、今学校内でちょっとした仮婚姻が流行していると言っても過言ではないから伯爵夫人の戸惑いは理解出来る。
 何せそれを広めたのはお義母様だ、私の弟が来年入学だと広め、妖精姫のやらかしを周囲に思い出させた後で私とライアン様の仮婚姻を広めた。
 その広まり方に思う所はあるものの、お母様の行いの結果と弟の性格を考えると二人が何をするか分からない恐怖の方が大きいから、自衛が出来るならして欲しいと思う。
 婚約と違い、仮婚姻は他家が横やりを入れられない。
 それは王家でもそうだ、なにせ殆ど結婚しているのと同じなのだ。
 私達は清い関係だけれど、婚前交渉を良しとしていないこの国でも仮婚姻なら許される。
 勿論、正式な結婚後が望ましいけれど、でも仮婚姻中に妊娠しても世間はそれを問題視しないのだと言う。
 
「まあ、それはそれは。おめでとうございます」

 引きつった笑顔で伯爵夫人はシシリーとおば様に祝いの言葉を告げる。
 二人は当然の様に、その祝いを受け微笑んでいるけれどそれを見つめる他の方々の目は驚きに色づいている。
 いいや、一人だけ睨んでいる人がいた。
 私の腹違いの姉、モーラだ。
 態々こちらに身体の向きを変え、睨みつける様に私達を見ている。

「ありがとうございます、伯爵夫人」
「ムーディ侯爵家の男性二人が仮婚姻とは、さすが血筋ですわね」
「ええ、二人共妻を溺愛していますの。困った血筋ですわね」

 お義母様は、ほほほと笑いながら扇を広げて口元を隠す。
 私は知らなかったけれど、ムーディ家の男性は好きな相手を溺愛するという性質を持つ家系らしい。
 それは誇張された噂では無く本当だと、私はもう分かっている。
 何せ、ライアン様は常に私に甘い。
 自分に自信がない私を、常に見守り、励まし、他者の悪意を跳ねのけている。
 私はそれを戸惑いながら、そのライアン様の愛情に慣れてきてしまっている。

「さすがムーディ侯爵家ですわね。……ああ、他のお客様にも挨拶をしなければ、ではどうぞごゆっくりお過ごしくださいませ」

 引きつった笑顔のまま伯爵夫人は離れていく。
 その様子をシシリーは興味深そうに見ている。

「シシリー、おめでとうございます」

 シシリーの薬指にも私と同じ指輪が見える。
 飾り気のない銀色の指輪は、仮婚姻の祝として国から贈られる品だ。
 正式な婚姻では嫁ぎ先が用意した指輪を着けるけれど、仮婚姻の婚姻は何故か国が用意するしこの指輪を着けている間は浮気が出来ないし、夫婦二人の魔力を通さなければ指輪を外すことも出来ない。
 指輪を着けた当初はそんなものかと、理由も考えずに納得していたけれど仮婚姻をするのは夫婦の関係に誰も関与出来ない様にする為と考えるなら、この指輪の意味も重くなる。
 どんな権力も二人の間を裂くことは出来ない。
 愛し合い二人を、誰かの思惑で不幸にする事は出来ないのだ。
 私のお母様がしたような事は、誰も出来ず夫婦二人の関係を守られる。
 これはその為の指輪なのだ。

「ふふ、リナリアともお揃いね」
「ええ、お揃いです。私達義姉妹になりましたね」

 シシリーの事は好きだから、それはとても嬉しい。
 実の弟との仲が悪いだけに、義理とはいえ大好きなシシリーと姉妹になれたのは本当に嬉しかった。

「義姉様とお呼びしようかしら。余計に親しみが増すわ、どうかしら」
「姉と呼ばれる程私は頼りにならないと思うけれど、シシリーの義姉になれたのは嬉しいからそう呼ばれるのも嬉しいわ」
「嬉しい。私グラハム様にリナリア義姉様とお揃いのドレスを作りたいっておねだりしようかしら。それとも装飾品にしようかしら。仮婚姻の記念とするなら宝飾品の方?」

 パチンと両手を合わせながら微笑むシシリーは、何て可愛らしいのだろうと見ていた私は突然立ち上がった一人の女性の行いに肩を震わせた。

 皆が行儀よく席に着き茶会が始まるのを待っているというのに、無作法に立ち上がったその人は腹違いの姉モーラだった。

「伯爵夫人、私気分がすぐれませんの。申し訳ありませんが帰らせて頂きます」
 
 早口でそれだけ言うと、モーラはそのまま振り替えもせずに出て行ってしまった。
 茫然と、私達はそれを見送るしか無かったのだ。
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