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「ジゼル、お母様とお父様の結婚のいきさつをあなたは知っていたの?」
ライアン様に送られて寮に戻って来た私は、制服から普段着のドレスに着替えながらジゼルに尋ねた。
お義父様から聞いた話はあまりにも酷すぎて、私はまだ事実として受け入れられていないところがある。
ずっとお父様の愛人だと思っていた女性が、実はお父様もお祖父様達も望んでいた相手でお母様がそれを無理矢理に仲を引き裂いて自分が妻となっただなんて、そんな人でなしな行いをお母様がしたなんて思いたくなかった。
しかも、私と弟はそのお母様の酷い行いの末に生まれたなんて。
「お嬢様、それはあの、ムーディ侯爵がお話になったのでしょうか」
ジゼルの答えに、彼女は知っていたのだと分かってしまった。
ライアン様もご存知だった様に思うし、そうなると知らないのは私だけだったのだろう。
「ええ、私とライアン様と仮婚姻の手続きを済ませたそうなの。私もうリナリア・バーレーではなくリナリア・ムーディになったそうなの。その話と一緒にお義父様から教えて頂いたのよ」
自分の話なのにどこか他人事な言い方で私は、侍女のジゼルに話す。
お義父様の話では、ジゼルはバーレー家からムーディ家に雇い主を移しているそうだ。
仮婚姻の手続きの際に、両家で話し合い決めたという。
勿論、その両家という中にお母様は入ってはいない。
ジゼルは私の侍女として嫁いだ後も勤めてくれると以前言ってくれてはいたけれど、今もその気持ちは変わらないのか確認はしていない。
それなのに、私の都合に確認もせずに巻き込んでしまった。
「ジゼルあなたは私にこのまま付いて来てくれる? お義父様からあなたをムーディ家で雇うと聞いたけれど、もしもバーレー家の方がいいのなら」
「私はずっとお嬢様の侍女です。もし結婚したとしてもずっと」
「いいの? バーレー家に戻らないとしても、私なんかの侍女をしているよりもっと良い勤め先は沢山あるはずよ」
政略で縁付く夫婦なんて、貴族ならいくらでもいると家庭教師に教えられているから知っている。
でも、私の両親はそれですら無かった。
本来正しく結ばれる筈の人達の気持ちを蔑ろにし、自分さえ良ければとお母様は無理を通してしまったのだ。
そして、私は酷い行いを平気でするお母様から生まれたのだ。
ジゼルの様な優秀な侍女が仕えるには、私はあまりにもお粗末過ぎる。
「私がお仕えしたいのは、お嬢様だけです」
「ありがとう、ジゼル。私お母様の話を聞いて恥ずかしくて情けなくてたまらないの。どうしてお母様はこんな酷いことが出来たのかしら」
「それは奥様にしか分からない事かと」
「でも、お父様はお母様を大切にしていないわ。お母様は領地に一度も行っていないし、領地ではトレーシーさんが妻で、伯爵夫人だと領民に認められていると聞いたわ」
昨日までは愛人なのだと思っていた女性、その認識に間違いがあったのだと教えられても私にはどうすることも出来ない。
無理矢理に婚姻を結ばさせられたとしても、離縁は出来たのだからなぜそうしなかったのかと思うし、それが出来ないのなら、いっそトレーシーさんを諦めてしまった方が彼女の為だったのでは無いかとも思う。
それに愛せないなら愛せないで、私と弟をお母様に産ませてしまったのは何故なのかとも思ってしまう。
「お父様は私にはライアン様と縁付かせてくれたわ。私の幸せを願ったのではなく、多分父親として最低限の役割を果たそうとしたのでしょうね。でも弟には婚約者はいないのは何故なのかしら」
父親としての義務を果たそうとしてくれたのなら、私だけ婚約者を見つけたというのは何だか不自然だ。
お母様が弟を溺愛しているから、お父様は弟には何もしたくなかったのだろうか。
「それは」
「ジゼル、何か知っている?」
「奥様がお断りになってしまうのです」
「お母様が? あんなに弟にだけ婚約者がいないのは酷いと怒っていらっしゃるのに?」
私だけ狡いと、何度言われたか分からないというのに、実際はお母様が断っていたなんて。
ジゼルを信用しないわけではないけれど、そんな話があるのだろうかと驚いてしまう。
「旦那様は、婿入り先を探しておいででしたが、奥様はパービス様が伯爵家を継ぐのだからそんな婚約は受け入れられないと」
「あぁ、そうね。お父様はモーラさんに継がせようとしているのですものね」
まだ会ったことはないけれど、お父様にとって子供はモーラさんだけなのだろう。
私はお母様に嫌われていたけれど、お父様にも愛されてはいなかったのだろう。
それでも、辛うじて嫁ぎ先だけでも用意してくれたのだから、それで良いと思うしかない。
実際のところ、私にもお父様へ気持ちがあるのかと言われるとすぐに返事など出来はしない。
ムーディ家の義父母の方が、私には余程親しみがあるのは確かだ。
「お嬢様」
「良いのよ。話を聞いてとても衝撃を受けたし、お母様の行いは恥ずべき事だと理解しているわ。当事者であるお父様だけでなく、バーレー家の祖父母にすら受け入れられていなかったのだもの。お祖母様に似た私なんて顔も見たく無かったでしょうね。おまけに折角男の子を産んだというのに、家はお母様の敵とも言える女性が産んだ娘が継ぐのですもの。お母様の行いを知らなければ、お父様は理不尽だとしか思えなかったでしょうけれど、事実を知ればモーラさんが継ぐ方が正しいと思ってしまうもの」
もう仕方ない。
私も弟も、お父様に愛される資格なんて無いのだから。
私には、こんな私を受け入れてくれたライアン様とお義父様とお義母様がいるのだから。
元々お母様には嫌われて、虐げられていた。
だから、お父様に思われていないと分かっても、今更だと諦められる。
だけど辛い。
話を聞いてからずっと、ずっと自分に納得させようとしているのに上手く出来ない。
「ジゼル、私仕方ないと思うけれど辛いわ」
「お嬢様」
「事実を事実として受け入れる。その気持ちはあるのに辛くてたまらないの」
私は何に衝撃を受けているのだろう。
漠然とした思いを持て余しながら、ジゼルに弱音を吐いてしまうのだった。
ライアン様に送られて寮に戻って来た私は、制服から普段着のドレスに着替えながらジゼルに尋ねた。
お義父様から聞いた話はあまりにも酷すぎて、私はまだ事実として受け入れられていないところがある。
ずっとお父様の愛人だと思っていた女性が、実はお父様もお祖父様達も望んでいた相手でお母様がそれを無理矢理に仲を引き裂いて自分が妻となっただなんて、そんな人でなしな行いをお母様がしたなんて思いたくなかった。
しかも、私と弟はそのお母様の酷い行いの末に生まれたなんて。
「お嬢様、それはあの、ムーディ侯爵がお話になったのでしょうか」
ジゼルの答えに、彼女は知っていたのだと分かってしまった。
ライアン様もご存知だった様に思うし、そうなると知らないのは私だけだったのだろう。
「ええ、私とライアン様と仮婚姻の手続きを済ませたそうなの。私もうリナリア・バーレーではなくリナリア・ムーディになったそうなの。その話と一緒にお義父様から教えて頂いたのよ」
自分の話なのにどこか他人事な言い方で私は、侍女のジゼルに話す。
お義父様の話では、ジゼルはバーレー家からムーディ家に雇い主を移しているそうだ。
仮婚姻の手続きの際に、両家で話し合い決めたという。
勿論、その両家という中にお母様は入ってはいない。
ジゼルは私の侍女として嫁いだ後も勤めてくれると以前言ってくれてはいたけれど、今もその気持ちは変わらないのか確認はしていない。
それなのに、私の都合に確認もせずに巻き込んでしまった。
「ジゼルあなたは私にこのまま付いて来てくれる? お義父様からあなたをムーディ家で雇うと聞いたけれど、もしもバーレー家の方がいいのなら」
「私はずっとお嬢様の侍女です。もし結婚したとしてもずっと」
「いいの? バーレー家に戻らないとしても、私なんかの侍女をしているよりもっと良い勤め先は沢山あるはずよ」
政略で縁付く夫婦なんて、貴族ならいくらでもいると家庭教師に教えられているから知っている。
でも、私の両親はそれですら無かった。
本来正しく結ばれる筈の人達の気持ちを蔑ろにし、自分さえ良ければとお母様は無理を通してしまったのだ。
そして、私は酷い行いを平気でするお母様から生まれたのだ。
ジゼルの様な優秀な侍女が仕えるには、私はあまりにもお粗末過ぎる。
「私がお仕えしたいのは、お嬢様だけです」
「ありがとう、ジゼル。私お母様の話を聞いて恥ずかしくて情けなくてたまらないの。どうしてお母様はこんな酷いことが出来たのかしら」
「それは奥様にしか分からない事かと」
「でも、お父様はお母様を大切にしていないわ。お母様は領地に一度も行っていないし、領地ではトレーシーさんが妻で、伯爵夫人だと領民に認められていると聞いたわ」
昨日までは愛人なのだと思っていた女性、その認識に間違いがあったのだと教えられても私にはどうすることも出来ない。
無理矢理に婚姻を結ばさせられたとしても、離縁は出来たのだからなぜそうしなかったのかと思うし、それが出来ないのなら、いっそトレーシーさんを諦めてしまった方が彼女の為だったのでは無いかとも思う。
それに愛せないなら愛せないで、私と弟をお母様に産ませてしまったのは何故なのかとも思ってしまう。
「お父様は私にはライアン様と縁付かせてくれたわ。私の幸せを願ったのではなく、多分父親として最低限の役割を果たそうとしたのでしょうね。でも弟には婚約者はいないのは何故なのかしら」
父親としての義務を果たそうとしてくれたのなら、私だけ婚約者を見つけたというのは何だか不自然だ。
お母様が弟を溺愛しているから、お父様は弟には何もしたくなかったのだろうか。
「それは」
「ジゼル、何か知っている?」
「奥様がお断りになってしまうのです」
「お母様が? あんなに弟にだけ婚約者がいないのは酷いと怒っていらっしゃるのに?」
私だけ狡いと、何度言われたか分からないというのに、実際はお母様が断っていたなんて。
ジゼルを信用しないわけではないけれど、そんな話があるのだろうかと驚いてしまう。
「旦那様は、婿入り先を探しておいででしたが、奥様はパービス様が伯爵家を継ぐのだからそんな婚約は受け入れられないと」
「あぁ、そうね。お父様はモーラさんに継がせようとしているのですものね」
まだ会ったことはないけれど、お父様にとって子供はモーラさんだけなのだろう。
私はお母様に嫌われていたけれど、お父様にも愛されてはいなかったのだろう。
それでも、辛うじて嫁ぎ先だけでも用意してくれたのだから、それで良いと思うしかない。
実際のところ、私にもお父様へ気持ちがあるのかと言われるとすぐに返事など出来はしない。
ムーディ家の義父母の方が、私には余程親しみがあるのは確かだ。
「お嬢様」
「良いのよ。話を聞いてとても衝撃を受けたし、お母様の行いは恥ずべき事だと理解しているわ。当事者であるお父様だけでなく、バーレー家の祖父母にすら受け入れられていなかったのだもの。お祖母様に似た私なんて顔も見たく無かったでしょうね。おまけに折角男の子を産んだというのに、家はお母様の敵とも言える女性が産んだ娘が継ぐのですもの。お母様の行いを知らなければ、お父様は理不尽だとしか思えなかったでしょうけれど、事実を知ればモーラさんが継ぐ方が正しいと思ってしまうもの」
もう仕方ない。
私も弟も、お父様に愛される資格なんて無いのだから。
私には、こんな私を受け入れてくれたライアン様とお義父様とお義母様がいるのだから。
元々お母様には嫌われて、虐げられていた。
だから、お父様に思われていないと分かっても、今更だと諦められる。
だけど辛い。
話を聞いてからずっと、ずっと自分に納得させようとしているのに上手く出来ない。
「ジゼル、私仕方ないと思うけれど辛いわ」
「お嬢様」
「事実を事実として受け入れる。その気持ちはあるのに辛くてたまらないの」
私は何に衝撃を受けているのだろう。
漠然とした思いを持て余しながら、ジゼルに弱音を吐いてしまうのだった。
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