綺麗になる為の呪文

木嶋うめ香

文字の大きさ
上 下
22 / 33

22

しおりを挟む
「ジゼル、お母様とお父様の結婚のいきさつをあなたは知っていたの?」

 ライアン様に送られて寮に戻って来た私は、制服から普段着のドレスに着替えながらジゼルに尋ねた。
 お義父様から聞いた話はあまりにも酷すぎて、私はまだ事実として受け入れられていないところがある。
 ずっとお父様の愛人だと思っていた女性が、実はお父様もお祖父様達も望んでいた相手でお母様がそれを無理矢理に仲を引き裂いて自分が妻となっただなんて、そんな人でなしな行いをお母様がしたなんて思いたくなかった。
 しかも、私と弟はそのお母様の酷い行いの末に生まれたなんて。

「お嬢様、それはあの、ムーディ侯爵がお話になったのでしょうか」

 ジゼルの答えに、彼女は知っていたのだと分かってしまった。
 ライアン様もご存知だった様に思うし、そうなると知らないのは私だけだったのだろう。

「ええ、私とライアン様と仮婚姻の手続きを済ませたそうなの。私もうリナリア・バーレーではなくリナリア・ムーディになったそうなの。その話と一緒にお義父様から教えて頂いたのよ」

 自分の話なのにどこか他人事な言い方で私は、侍女のジゼルに話す。
 お義父様の話では、ジゼルはバーレー家からムーディ家に雇い主を移しているそうだ。
 仮婚姻の手続きの際に、両家で話し合い決めたという。
 勿論、その両家という中にお母様は入ってはいない。
 ジゼルは私の侍女として嫁いだ後も勤めてくれると以前言ってくれてはいたけれど、今もその気持ちは変わらないのか確認はしていない。
 それなのに、私の都合に確認もせずに巻き込んでしまった。

「ジゼルあなたは私にこのまま付いて来てくれる? お義父様からあなたをムーディ家で雇うと聞いたけれど、もしもバーレー家の方がいいのなら」
「私はずっとお嬢様の侍女です。もし結婚したとしてもずっと」
「いいの? バーレー家に戻らないとしても、私なんかの侍女をしているよりもっと良い勤め先は沢山あるはずよ」

 政略で縁付く夫婦なんて、貴族ならいくらでもいると家庭教師に教えられているから知っている。
 でも、私の両親はそれですら無かった。
 本来正しく結ばれる筈の人達の気持ちを蔑ろにし、自分さえ良ければとお母様は無理を通してしまったのだ。
 そして、私は酷い行いを平気でするお母様から生まれたのだ。
 ジゼルの様な優秀な侍女が仕えるには、私はあまりにもお粗末過ぎる。

「私がお仕えしたいのは、お嬢様だけです」
「ありがとう、ジゼル。私お母様の話を聞いて恥ずかしくて情けなくてたまらないの。どうしてお母様はこんな酷いことが出来たのかしら」
「それは奥様にしか分からない事かと」
「でも、お父様はお母様を大切にしていないわ。お母様は領地に一度も行っていないし、領地ではトレーシーさんが妻で、伯爵夫人だと領民に認められていると聞いたわ」

 昨日までは愛人なのだと思っていた女性、その認識に間違いがあったのだと教えられても私にはどうすることも出来ない。
 無理矢理に婚姻を結ばさせられたとしても、離縁は出来たのだからなぜそうしなかったのかと思うし、それが出来ないのなら、いっそトレーシーさんを諦めてしまった方が彼女の為だったのでは無いかとも思う。
 それに愛せないなら愛せないで、私と弟をお母様に産ませてしまったのは何故なのかとも思ってしまう。

「お父様は私にはライアン様と縁付かせてくれたわ。私の幸せを願ったのではなく、多分父親として最低限の役割を果たそうとしたのでしょうね。でも弟には婚約者はいないのは何故なのかしら」

 父親としての義務を果たそうとしてくれたのなら、私だけ婚約者を見つけたというのは何だか不自然だ。
 お母様が弟を溺愛しているから、お父様は弟には何もしたくなかったのだろうか。

「それは」
「ジゼル、何か知っている?」
「奥様がお断りになってしまうのです」
「お母様が? あんなに弟にだけ婚約者がいないのは酷いと怒っていらっしゃるのに?」

 私だけ狡いと、何度言われたか分からないというのに、実際はお母様が断っていたなんて。
 ジゼルを信用しないわけではないけれど、そんな話があるのだろうかと驚いてしまう。

「旦那様は、婿入り先を探しておいででしたが、奥様はパービス様が伯爵家を継ぐのだからそんな婚約は受け入れられないと」
「あぁ、そうね。お父様はモーラさんに継がせようとしているのですものね」

 まだ会ったことはないけれど、お父様にとって子供はモーラさんだけなのだろう。
 私はお母様に嫌われていたけれど、お父様にも愛されてはいなかったのだろう。
 それでも、辛うじて嫁ぎ先だけでも用意してくれたのだから、それで良いと思うしかない。
 実際のところ、私にもお父様へ気持ちがあるのかと言われるとすぐに返事など出来はしない。
 ムーディ家の義父母の方が、私には余程親しみがあるのは確かだ。
 
「お嬢様」
「良いのよ。話を聞いてとても衝撃を受けたし、お母様の行いは恥ずべき事だと理解しているわ。当事者であるお父様だけでなく、バーレー家の祖父母にすら受け入れられていなかったのだもの。お祖母様に似た私なんて顔も見たく無かったでしょうね。おまけに折角男の子を産んだというのに、家はお母様の敵とも言える女性が産んだ娘が継ぐのですもの。お母様の行いを知らなければ、お父様は理不尽だとしか思えなかったでしょうけれど、事実を知ればモーラさんが継ぐ方が正しいと思ってしまうもの」

 もう仕方ない。
 私も弟も、お父様に愛される資格なんて無いのだから。
 私には、こんな私を受け入れてくれたライアン様とお義父様とお義母様がいるのだから。
 元々お母様には嫌われて、虐げられていた。
 だから、お父様に思われていないと分かっても、今更だと諦められる。
 だけど辛い。
 話を聞いてからずっと、ずっと自分に納得させようとしているのに上手く出来ない。

「ジゼル、私仕方ないと思うけれど辛いわ」
「お嬢様」
「事実を事実として受け入れる。その気持ちはあるのに辛くてたまらないの」

 私は何に衝撃を受けているのだろう。
 漠然とした思いを持て余しながら、ジゼルに弱音を吐いてしまうのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

貴方を捨てるのにこれ以上の理由が必要ですか?

蓮実 アラタ
恋愛
「リズが俺の子を身ごもった」 ある日、夫であるレンヴォルトにそう告げられたリディス。 リズは彼女の一番の親友で、その親友と夫が関係を持っていたことも十分ショックだったが、レンヴォルトはさらに衝撃的な言葉を放つ。 「できれば子どもを産ませて、引き取りたい」 結婚して五年、二人の間に子どもは生まれておらず、伯爵家当主であるレンヴォルトにはいずれ後継者が必要だった。 愛していた相手から裏切り同然の仕打ちを受けたリディスはこの瞬間からレンヴォルトとの離縁を決意。 これからは自分の幸せのために生きると決意した。 そんなリディスの元に隣国からの使者が訪れる。 「迎えに来たよ、リディス」 交わされた幼い日の約束を果たしに来たという幼馴染のユルドは隣国で騎士になっていた。 裏切られ傷ついたリディスが幼馴染の騎士に溺愛されていくまでのお話。 ※完結まで書いた短編集消化のための投稿。 小説家になろう様にも掲載しています。アルファポリス先行。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

悪妃の愛娘

りーさん
恋愛
 私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。  その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。  そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!  いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!  こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。  あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!

私が我慢する必要ありますか?【2024年12月25日電子書籍配信決定しました】

青太郎
恋愛
ある日前世の記憶が戻りました。 そして気付いてしまったのです。 私が我慢する必要ありますか? ※ 株式会社MARCOT様より電子書籍化決定! コミックシーモア様にて12/25より配信されます。 コミックシーモア様限定の短編もありますので興味のある方はぜひお手に取って頂けると嬉しいです。 リンク先 https://www.cmoa.jp/title/1101438094/vol/1/

ごめん、好きなんだ

木嶋うめ香
恋愛
貧乏男爵の娘キティは、家への融資を条件に父と同じ様な年の魔法使いへと嫁いだ。 私が犠牲になれば弟と妹は幸せになれるし、お母様のお薬も手に入るのよ。 辛い結婚生活を覚悟して嫁いだキティは予想外の厚待遇に驚くのだった。

バイバイ、旦那様。【本編完結済】

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
妻シャノンが屋敷を出て行ったお話。 この作品はフィクションです。 作者独自の世界観です。ご了承ください。 7/31 お話の至らぬところを少し訂正させていただきました。 申し訳ありません。大筋に変更はありません。 8/1 追加話を公開させていただきます。 リクエストしてくださった皆様、ありがとうございます。 調子に乗って書いてしまいました。 この後もちょこちょこ追加話を公開予定です。 甘いです(個人比)。嫌いな方はお避け下さい。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

強い祝福が原因だった

恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。 父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。 大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。 愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。 ※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。 ※なろうさんにも公開しています。

処理中です...