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「ライアン様」
ライアン様が浮かれていると言って下さったことは嬉しいけれど、同じ位に恥ずかしくて私はライアン様の名前を呼んで足を止めた。
婚約者となっての年月は長いけれど、こんなライアン様の顔は見たことが無いから嬉しいけれど恥ずかしくて、そして戸惑ってしまう。
「ごめんね。リナリア、でも君が可愛いのが悪いんだよ」
歯の浮きそうな。
メイドがこっそりと読ませてくれた、市井に流行る貸本。恋愛小説という最近流行り出したものだというそれには読むだけでもドキドキとしてしまう様な男女の甘い会話が書かれていた。
ライアン様の言動は、その恋愛小説の様に甘くて私はどうしていいのか戸惑ってしまう。
「可愛いなんて」
言われたい、思われたい。
恋愛小説に書かれていた恋の様に、私はライアン様に恋しているのか。
それは分からないけれど、私はライアン様に嫌われたくないと思っている。
だから、可愛いと思われたい、好きだと思われたい。
「ライアン様に、好ましいと思われたいです。こんな風に思うのははしたないでしょうか」
立ち止まり、ライアン様の腕に手を添えたままそっと見上げる。
見つめるのは、優しいライアン様の琥珀色の瞳。
「そんな事ないよ。可愛い妻にそんな風に言われたら嬉しい以外の感情なんてない」
ライアン様は空いている方の手で私の髪をそっと撫でた。
それだけで、私の心臓はキュンと脈打ち息が苦しくなってしまう。
「ライアン、リナリア仲が良いのは結構なことだが、談話室に食事が用意されているから少し急ごうか」
お義父様に苦笑しながら言われて、私達は共犯の笑みを浮かべて歩き始める。
ああ、なんて心地いいのだろう。
生まれ育った屋敷よりも、今この瞬間ライアン様と共に居ることが心地いい。
お母様は私を否定しかしなかった。
私の顔が嫌いだと言い、言動を常に否定し、顔を隠す様に前髪を長く伸ばす様強要した。
弟がどんな我儘を言っても許したのに、私が具合が悪いから勉強を休みたいと願っても我儘だと罰を与えた。
私はお母様の娘なのに、それすら否定されている様な気持ちを常に持って生きていた。
「ライアン様、あの」
「なあに?」
「ライアン様に、可愛いと言っていただけて私嬉しいです」
ライアン様の腕に縋る様に歩く手に力を込めると、ライアン様は「そう思って貰える事が嬉しいよ」と言ってくれた。
「リナリアに言わずに決めてしまってごめんね。母から聞いたかな」
「はい。あの婚姻の事でしょうか」
「うん。ごめんね。私が独断で決めてしまった」
「……あの、ライアン様が求めて下さったのでしたら、私は嬉しいだけです」
早く夫婦になりたいと、婚約者同士では駄目なのだと思って下さった。
その理由は分からないけれど、ライアン様が望んで下さったのなら否やはないし嬉しいだけだ。
「良かった。それだけが気がかりだったんだ。承認が下りるまで話せずにいてごめんね」
「いいえ。……ライアン様の妻だと言えたのは、あの……嬉しかったので」
こんな風に告白することすら恥ずかしいけれど、思いを口にすると決めたからちゃんと言う。
私はライアン様の妻になれて嬉しいのだから、それは嘘ではないのだから。
「嬉しい? リナリア、私もリナリアの夫になれて嬉しいよ。こんな風に急いでしまうのは申し訳ないけれど私はあなたが愛しい。大切にしたい、一生」
「ライアン様」
「どうか、私を君の夫にして欲しい。駄目かな」
「駄目なんか。そんな筈ありません。ライアン様、ずっとずっと好きでした。ライアン様のお手紙がずっとずっと心の支えでした」
お母様にお前はいらない子だと言われ続けて、悲しみに支配されそうになる日々を救ってくれたのはライアン様から頂いた手紙だった。
直接会う事は殆どなく、ライアン様の屋敷に招かれて庭に咲く花を贈られて帰る。
贈られた花を押し花やサシュにして、お母様に酷い事を言われる度にその花たちを見て心を慰める。
それが私の日常だった。
「私、ライアン様の妻だと言っていいのでしょうか」
「うん。そう言って。ちゃんとリナリア・ムーディーって言うんだよ」
「はい。ライアン様」
ああ、私はリナリア・バーレーではなく、もうリナリア・ムーディーなのだ。
お母様の言葉に一喜一憂する愚かな娘ではなく、ライアン様の妻なのだ。
ライアン様の腕に縋り歩きながら、私はその現実を幸せを噛みしめながら歩き続けた。
ライアン様が浮かれていると言って下さったことは嬉しいけれど、同じ位に恥ずかしくて私はライアン様の名前を呼んで足を止めた。
婚約者となっての年月は長いけれど、こんなライアン様の顔は見たことが無いから嬉しいけれど恥ずかしくて、そして戸惑ってしまう。
「ごめんね。リナリア、でも君が可愛いのが悪いんだよ」
歯の浮きそうな。
メイドがこっそりと読ませてくれた、市井に流行る貸本。恋愛小説という最近流行り出したものだというそれには読むだけでもドキドキとしてしまう様な男女の甘い会話が書かれていた。
ライアン様の言動は、その恋愛小説の様に甘くて私はどうしていいのか戸惑ってしまう。
「可愛いなんて」
言われたい、思われたい。
恋愛小説に書かれていた恋の様に、私はライアン様に恋しているのか。
それは分からないけれど、私はライアン様に嫌われたくないと思っている。
だから、可愛いと思われたい、好きだと思われたい。
「ライアン様に、好ましいと思われたいです。こんな風に思うのははしたないでしょうか」
立ち止まり、ライアン様の腕に手を添えたままそっと見上げる。
見つめるのは、優しいライアン様の琥珀色の瞳。
「そんな事ないよ。可愛い妻にそんな風に言われたら嬉しい以外の感情なんてない」
ライアン様は空いている方の手で私の髪をそっと撫でた。
それだけで、私の心臓はキュンと脈打ち息が苦しくなってしまう。
「ライアン、リナリア仲が良いのは結構なことだが、談話室に食事が用意されているから少し急ごうか」
お義父様に苦笑しながら言われて、私達は共犯の笑みを浮かべて歩き始める。
ああ、なんて心地いいのだろう。
生まれ育った屋敷よりも、今この瞬間ライアン様と共に居ることが心地いい。
お母様は私を否定しかしなかった。
私の顔が嫌いだと言い、言動を常に否定し、顔を隠す様に前髪を長く伸ばす様強要した。
弟がどんな我儘を言っても許したのに、私が具合が悪いから勉強を休みたいと願っても我儘だと罰を与えた。
私はお母様の娘なのに、それすら否定されている様な気持ちを常に持って生きていた。
「ライアン様、あの」
「なあに?」
「ライアン様に、可愛いと言っていただけて私嬉しいです」
ライアン様の腕に縋る様に歩く手に力を込めると、ライアン様は「そう思って貰える事が嬉しいよ」と言ってくれた。
「リナリアに言わずに決めてしまってごめんね。母から聞いたかな」
「はい。あの婚姻の事でしょうか」
「うん。ごめんね。私が独断で決めてしまった」
「……あの、ライアン様が求めて下さったのでしたら、私は嬉しいだけです」
早く夫婦になりたいと、婚約者同士では駄目なのだと思って下さった。
その理由は分からないけれど、ライアン様が望んで下さったのなら否やはないし嬉しいだけだ。
「良かった。それだけが気がかりだったんだ。承認が下りるまで話せずにいてごめんね」
「いいえ。……ライアン様の妻だと言えたのは、あの……嬉しかったので」
こんな風に告白することすら恥ずかしいけれど、思いを口にすると決めたからちゃんと言う。
私はライアン様の妻になれて嬉しいのだから、それは嘘ではないのだから。
「嬉しい? リナリア、私もリナリアの夫になれて嬉しいよ。こんな風に急いでしまうのは申し訳ないけれど私はあなたが愛しい。大切にしたい、一生」
「ライアン様」
「どうか、私を君の夫にして欲しい。駄目かな」
「駄目なんか。そんな筈ありません。ライアン様、ずっとずっと好きでした。ライアン様のお手紙がずっとずっと心の支えでした」
お母様にお前はいらない子だと言われ続けて、悲しみに支配されそうになる日々を救ってくれたのはライアン様から頂いた手紙だった。
直接会う事は殆どなく、ライアン様の屋敷に招かれて庭に咲く花を贈られて帰る。
贈られた花を押し花やサシュにして、お母様に酷い事を言われる度にその花たちを見て心を慰める。
それが私の日常だった。
「私、ライアン様の妻だと言っていいのでしょうか」
「うん。そう言って。ちゃんとリナリア・ムーディーって言うんだよ」
「はい。ライアン様」
ああ、私はリナリア・バーレーではなく、もうリナリア・ムーディーなのだ。
お母様の言葉に一喜一憂する愚かな娘ではなく、ライアン様の妻なのだ。
ライアン様の腕に縋り歩きながら、私はその現実を幸せを噛みしめながら歩き続けた。
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