12 / 33
12(ライアン視点)
しおりを挟む
「ピオ、明日これを父に届けて来て欲しい」
リナリアを女子寮の入口まで送り、自分の部屋に戻ってきた私はすぐに手紙を書き始めた。
リナリアに姉がいたなんて、私の両親は知っているのだろうか。
姉だというモーラ・バーレーを私は見たことが無い。
大抵の貴族令嬢は学校に入学した年辺りから夜会に出てくる様になるが、この国の成人年齢は十八歳だからそれまでは母親と共に茶会に出る程度に留める令嬢がいないわけではない。
ただそれは夜会用のドレスが用意できないとか、母親が他界している等理由があると公言しているの同じだ。
令息の場合は早い者は十三歳辺りから父親や兄等に連れられて社交界に出入りを始める。
私が初めて夜会に出たのは十四歳の春だった。
親しくしている家の者達も同じ様に夜会に出入りし始めるから、同世代や少し上の世代との繋がりを強化する為頻繁に夜会には顔を出す様にしている。
そんな私が、リナリアの姉の姿を見たことも噂を聞いたことも無い。
養父母が亡くなっているから成人するまでそういったことに関わらない様にしているのか、それとも庶子だから控えているのか分からない。
もしかして、リナリアの父が表に出ないようにしているのだろうか。
「坊ちゃま浮かれておいでですね」
「浮かれる?」
「これからは毎日婚約者様と過ごせるのですから当然でしようけれど、浮かれ過ぎない様にお気をつけ下さい。旦那様に私が叱られますので」
「お前こそ学校に来てのびのびし過ぎじゃないのか?」
恨めしくピオを見つめながら諫める。
ピオは私より十歳程上だが、まだ独身で色々と軽いと思う。
私の従僕をしているが、父は将来の私の片腕と見ているのだからもう少ししっかりして欲しい。
ちなみに、私は自分自身が浮かれている自覚はある。
リナリアが私を頼ってくれたのも、秘密にしていた前髪の事を話してくれたのも嬉しすぎて浮かれるなという方が無理だと思う。
リナリアは前髪で顔の半分が覆われていても、言動が可愛かったし、優しくて素直な性格が好きだったから、親しくなりたいし私のことを好きになって欲しいと願っていたんだ。
それが私の隣に立つに相応しい人になりたいと、変わる努力をしてくれたのだから嬉しくないわけがない。
「えーと、それはその、あれですよ。今日は初日なのでほんの少し気を抜いてしまっただけです」
「まあ、明日から気を付けてくれればいい。もう下がっていから、手紙頼むよ」
「畏まりました」
言い訳めいた事を口にするピオに苦笑しながら頷くと、ピオは慇懃無礼に頭を下げる。
「坊ちゃま、僭越ながら一つ申し上げてもよろしいでしょうか」
「なんだ」
「リナリア様は、侯爵夫人になるには少しお気持ちが弱すぎませんか」
ピオは忠臣だと思う。
私がまだ至らない主人だから、正式にはピオの主人は父なのかもしれないがそれでも父にも私にも誠実に仕えてくれている。
この言葉はだからこそなんだと、思う。
「そう思うのか。それは父もそうだと?」
冷ややかな視線、そして声。
それは無意識にピオに向けてしまったものだ。
だからこそ、ピオは驚いた表情を隠さずにいる。
「いえ、旦那様ではなく私の意見です」
「そうか。……なあ、ピオ」
「はい」
「私は自分の両親を誇りに思っている。互いを大切にし子供達を大切にする、勿論領主としても父は私の理想だ」
貴族として、天と地程の違いがある者は多いというのが私が社交界に出入りする様になっての感想だ。
私の父は貴族としても領主としても私の理想の存在だと思う。
両親は私達兄弟に素晴らしい環境と教育を用意してくれて、私達に十分な愛情を注いでくれた。
貴族の御奴関係というものは、その家々により異なる。
私の家の様に親子関係が親密な家もあれば、子の教育は使用人に任せてしまう家もある。
リナリアの家は、後者なのだとずっと思っていた。
だが、今日その考えは間違っていたと分かったのだ。
「リナリアは、育った環境が悪すぎる。家に閉じ込められて実の母に虐げられていた。令嬢としての教育はされていたようだが、自己否定を基礎とするようなリナリアの母親の行動は異常だと思う」
あんなに愛らしい彼女を醜いと罵り、顔を隠す様に前髪を伸ばさせる。
それが実の母親の行いだと聞いて感じるのは、その異常性だ。
嫌っている義母と似ているからと言って、それを自分の娘を虐げる理由にするなどありえるのか。
私は母にも父にも愛されて育った自覚があるから、だからこそ、信じられないんだ。
「それは、あの私の理解を超えるとしかお答えできません」
「そうだろうな、私だってそうだ」
使用人達が味方でも、弟は母親に愛されているのに自分は嫌われていると自覚する。
そんな生活が苦痛でないわけがない。
「リナリアは、自分から寮の暮らしを選んだ。自分で父親に許可を願い出てそうした。そして今日、私の目の前で顔を晒したんだ。変わりたいと言って」
それがどれだけ勇気がいる行為だったか。
突然の告白は驚いたけれど、私はそのリナリアの告白に正直なところ興奮した。
興奮して、この上ない喜びを感じた。
リナリアは私の為に自ら変わろうとしていたんだ。
「リナリアは強くないのかもしれない。私と結婚して未来の侯爵夫人になるには何もかも足りないのかもしれない。でもそれは経験が足りない故かもしれないだろ」
「そうかもしれませんが」
「弱ければ弱いなりに、それでもリナリアは変わろうとしている。私はそれで良いと思っているよ」
家に閉じ込められて、子供達の社交すら満足にさせて貰えなかった。
リナリアには圧倒的に経験が不足しているし、自分は劣っているという感情を実の母親に植え付けれられているようにも見える。
そういう意味ではリナリアは、劣っている令嬢なのだろう。
「良いのですか」
「ああ、自分に何が足りないのか理解して、変わろうとしている。リナリアは自分から変わろうとしているんだよ。なら私はその気持ちを大切に守るよ。リナリアが変わろうとしている、その思いを守った上で強力する」
「坊ちゃまはそれが良いと」
「リナリア以上の令嬢なんていくらでもいるのかもしれない、だが私が将来共にいたいのはリナリアだけだ。リナリアに足りないものがあるなら私がそれを補えばいい。逆にリナリアが私の足りない部分を補ってくれる可能性もあるだろう。父だって完ぺきではないし、母だってそうだろう? 違うか」
どうして私はこんなにリナリアに惹かれるのだろう。
理由は分からないけれど、私と共に居たいと願う彼女の思いが私は嬉しくて仕方がないから、だから共に生きる未来の為に努力したいんだ。
リナリアを女子寮の入口まで送り、自分の部屋に戻ってきた私はすぐに手紙を書き始めた。
リナリアに姉がいたなんて、私の両親は知っているのだろうか。
姉だというモーラ・バーレーを私は見たことが無い。
大抵の貴族令嬢は学校に入学した年辺りから夜会に出てくる様になるが、この国の成人年齢は十八歳だからそれまでは母親と共に茶会に出る程度に留める令嬢がいないわけではない。
ただそれは夜会用のドレスが用意できないとか、母親が他界している等理由があると公言しているの同じだ。
令息の場合は早い者は十三歳辺りから父親や兄等に連れられて社交界に出入りを始める。
私が初めて夜会に出たのは十四歳の春だった。
親しくしている家の者達も同じ様に夜会に出入りし始めるから、同世代や少し上の世代との繋がりを強化する為頻繁に夜会には顔を出す様にしている。
そんな私が、リナリアの姉の姿を見たことも噂を聞いたことも無い。
養父母が亡くなっているから成人するまでそういったことに関わらない様にしているのか、それとも庶子だから控えているのか分からない。
もしかして、リナリアの父が表に出ないようにしているのだろうか。
「坊ちゃま浮かれておいでですね」
「浮かれる?」
「これからは毎日婚約者様と過ごせるのですから当然でしようけれど、浮かれ過ぎない様にお気をつけ下さい。旦那様に私が叱られますので」
「お前こそ学校に来てのびのびし過ぎじゃないのか?」
恨めしくピオを見つめながら諫める。
ピオは私より十歳程上だが、まだ独身で色々と軽いと思う。
私の従僕をしているが、父は将来の私の片腕と見ているのだからもう少ししっかりして欲しい。
ちなみに、私は自分自身が浮かれている自覚はある。
リナリアが私を頼ってくれたのも、秘密にしていた前髪の事を話してくれたのも嬉しすぎて浮かれるなという方が無理だと思う。
リナリアは前髪で顔の半分が覆われていても、言動が可愛かったし、優しくて素直な性格が好きだったから、親しくなりたいし私のことを好きになって欲しいと願っていたんだ。
それが私の隣に立つに相応しい人になりたいと、変わる努力をしてくれたのだから嬉しくないわけがない。
「えーと、それはその、あれですよ。今日は初日なのでほんの少し気を抜いてしまっただけです」
「まあ、明日から気を付けてくれればいい。もう下がっていから、手紙頼むよ」
「畏まりました」
言い訳めいた事を口にするピオに苦笑しながら頷くと、ピオは慇懃無礼に頭を下げる。
「坊ちゃま、僭越ながら一つ申し上げてもよろしいでしょうか」
「なんだ」
「リナリア様は、侯爵夫人になるには少しお気持ちが弱すぎませんか」
ピオは忠臣だと思う。
私がまだ至らない主人だから、正式にはピオの主人は父なのかもしれないがそれでも父にも私にも誠実に仕えてくれている。
この言葉はだからこそなんだと、思う。
「そう思うのか。それは父もそうだと?」
冷ややかな視線、そして声。
それは無意識にピオに向けてしまったものだ。
だからこそ、ピオは驚いた表情を隠さずにいる。
「いえ、旦那様ではなく私の意見です」
「そうか。……なあ、ピオ」
「はい」
「私は自分の両親を誇りに思っている。互いを大切にし子供達を大切にする、勿論領主としても父は私の理想だ」
貴族として、天と地程の違いがある者は多いというのが私が社交界に出入りする様になっての感想だ。
私の父は貴族としても領主としても私の理想の存在だと思う。
両親は私達兄弟に素晴らしい環境と教育を用意してくれて、私達に十分な愛情を注いでくれた。
貴族の御奴関係というものは、その家々により異なる。
私の家の様に親子関係が親密な家もあれば、子の教育は使用人に任せてしまう家もある。
リナリアの家は、後者なのだとずっと思っていた。
だが、今日その考えは間違っていたと分かったのだ。
「リナリアは、育った環境が悪すぎる。家に閉じ込められて実の母に虐げられていた。令嬢としての教育はされていたようだが、自己否定を基礎とするようなリナリアの母親の行動は異常だと思う」
あんなに愛らしい彼女を醜いと罵り、顔を隠す様に前髪を伸ばさせる。
それが実の母親の行いだと聞いて感じるのは、その異常性だ。
嫌っている義母と似ているからと言って、それを自分の娘を虐げる理由にするなどありえるのか。
私は母にも父にも愛されて育った自覚があるから、だからこそ、信じられないんだ。
「それは、あの私の理解を超えるとしかお答えできません」
「そうだろうな、私だってそうだ」
使用人達が味方でも、弟は母親に愛されているのに自分は嫌われていると自覚する。
そんな生活が苦痛でないわけがない。
「リナリアは、自分から寮の暮らしを選んだ。自分で父親に許可を願い出てそうした。そして今日、私の目の前で顔を晒したんだ。変わりたいと言って」
それがどれだけ勇気がいる行為だったか。
突然の告白は驚いたけれど、私はそのリナリアの告白に正直なところ興奮した。
興奮して、この上ない喜びを感じた。
リナリアは私の為に自ら変わろうとしていたんだ。
「リナリアは強くないのかもしれない。私と結婚して未来の侯爵夫人になるには何もかも足りないのかもしれない。でもそれは経験が足りない故かもしれないだろ」
「そうかもしれませんが」
「弱ければ弱いなりに、それでもリナリアは変わろうとしている。私はそれで良いと思っているよ」
家に閉じ込められて、子供達の社交すら満足にさせて貰えなかった。
リナリアには圧倒的に経験が不足しているし、自分は劣っているという感情を実の母親に植え付けれられているようにも見える。
そういう意味ではリナリアは、劣っている令嬢なのだろう。
「良いのですか」
「ああ、自分に何が足りないのか理解して、変わろうとしている。リナリアは自分から変わろうとしているんだよ。なら私はその気持ちを大切に守るよ。リナリアが変わろうとしている、その思いを守った上で強力する」
「坊ちゃまはそれが良いと」
「リナリア以上の令嬢なんていくらでもいるのかもしれない、だが私が将来共にいたいのはリナリアだけだ。リナリアに足りないものがあるなら私がそれを補えばいい。逆にリナリアが私の足りない部分を補ってくれる可能性もあるだろう。父だって完ぺきではないし、母だってそうだろう? 違うか」
どうして私はこんなにリナリアに惹かれるのだろう。
理由は分からないけれど、私と共に居たいと願う彼女の思いが私は嬉しくて仕方がないから、だから共に生きる未来の為に努力したいんだ。
0
お気に入りに追加
625
あなたにおすすめの小説

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

ある王国の王室の物語
朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。
顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。
それから
「承知しました」とだけ言った。
ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。
それからバウンドケーキに手を伸ばした。
カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

危害を加えられたので予定よりも早く婚約を白紙撤回できました
しゃーりん
恋愛
階段から突き落とされて、目が覚めるといろんな記憶を失っていたアンジェリーナ。
自分のことも誰のことも覚えていない。
王太子殿下の婚約者であったことも忘れ、結婚式は来年なのに殿下には恋人がいるという。
聞くところによると、婚約は白紙撤回が前提だった。
なぜアンジェリーナが危害を加えられたのかはわからないが、それにより予定よりも早く婚約を白紙撤回することになったというお話です。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。

新しい人生を貴方と
緑谷めい
恋愛
私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。
突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。
2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。
* 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

【完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。
ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの?
お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。
ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。
少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。
どうしてくれるのよ。
ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ!
腹立つわ〜。
舞台は独自の世界です。
ご都合主義です。
緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

結婚が決まったそうです
ざっく
恋愛
お茶会で、「結婚が決まったそうですわね」と話しかけられて、全く身に覚えがないながらに、にっこりと笑ってごまかした。
文句を言うために父に会いに行った先で、婚約者……?な人に会う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる