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5(ライアン視点)
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ずっと私の婚約者は、私のことを好きでは無いのだと思っていた。
つまり、初めて会った時に仄かな思いを抱き、今ではしっかりと恋になった自覚がある私とは違う。
つまり片思い。
家同士の繋がりのための政略的な婚約だから、嫌われてさえいなければ良いのだけれど、それでは寂しい。
嫌われてはいないと思う、そう思いたい。
手紙を出せば返事はすぐに返ってくるし、誕生日等は丁寧に刺繍された小物が手紙と一緒に届けられるけれど、自分から私に会いたいと言ってきたことは無い。
私と会うのが億劫なのか、そう思うと王都の屋敷にいてもなかなか誘うことが出来ず、見かねた母が彼女をお茶に誘って漸く彼女は屋敷にやって来る。
リナリアは控えめな性格だからなのか、着ているドレスは年嵩の家庭教師の様に地味だけれど、彼女の所作はとても素晴らしく、すっと伸びた背筋や茶器を扱う指先の動きまでが美しい。
自分から話を振る事は殆ど無いけれど、聞き上手というか母も私もリナリアと話すのが好きだ。
母と一緒にお茶会それを年に数回程度行って、後はひたすら手紙のやり取りだけ。
それを婚約した当初から延々と繰り返し、気が付けば貴族学校に入学する年齢になっていた。
学校を卒業したら結婚はすぐそこ、こんな状態で夫婦になるのは気が重い。
結婚してから実は気が進まなかったと言われたら、どうしようもない。
何とかして彼女ともっと親しくなりたい、出来るなら好きになって欲しい。
だから父から彼女が寮に入ると聞いて、即父に自分も寮に入ると願い出た。
男女の寮は当たり前だけれど同じ建物では無い。
けれど、少しでも彼女と接点が欲しいと考えるのは、浅ましいだろうか。
そう思って行動に出たものの、入寮の朝彼女の屋敷に迎えに行く馬車の中で、私は彼女が迷惑に思っていないだろうかと不安になっていた。
「断られていないんだから、大丈夫だ」
学校まで馬車で二人きり、嬉しいと思う気持ちと彼女に嫌がられていたらという不安な気持ちで馬車酔いしそうになりながら彼女の家に到着すると、相変わらず不機嫌そうな顔で彼女の母親がリナリアと彼女の弟と共に出迎えてくれた。
私の婚約者、リナリアは長い前髪で目元を隠している一見不思議な令嬢だ。
それでも不思議なのは見た目だけで、リナリアが優しくて心遣いの出来る子だと私は知っているし、少し気が弱くてリナリアの母親にも弟にも強く出られないことも知っている。
「リナリア、己の立場をわきまえて慎み深く過ごすのですよ」
私に挨拶した後、リナリアの母親である伯爵夫人は素っ気なく彼女に声を掛けると屋敷の中に戻っていった。
寮に入る彼女は、いくら王都に屋敷があろうと他の生徒同様余程の事情が無ければ長期休み以外は帰宅許可は出ないというのに、あまりにあっさりと労りの言葉も何もない別れに、私の方が啞然としてしまう。
「リナリア、行こうか」
「はい、ライアン様」
「ライアン様、今度僕と出掛けませんか。休日とか是非どこか……」
リナリアの弟は、姉には目もくれず私にだけ話し掛けてくる。
何故婚約者とも殆ど出掛けた事が無いのに、君と出掛けなきゃいけないんだ。
失礼な弟と、更に失礼な夫人に溜息が出そうになりながら、聞こえなかった振りをしてリナリアを馬車へと誘導する。
「失礼な態度申し訳ございません」
「リナリアが謝る事じゃないよ」
馬車に乗り込みながら申し訳なさそうに謝る彼女が不憫で、私は彼女の負担にならない様に優しげに聞こえるように意識してそっと囁く。
彼女が私を迷惑に思っていてもいいや、この屋敷にいるよりはきっと私の側の方がマシだと、そういつか考えてくれるかもしれないし。
少なくとも私の態度は悪い印象は無いはずだ。
自信が無いまま馬車に乗り込んだ私は、学校に向う途中とんでもない告白をされるとも知らず、久し振りに会うリナリアに何を話そうかと呑気に考えていたのだった。
つまり、初めて会った時に仄かな思いを抱き、今ではしっかりと恋になった自覚がある私とは違う。
つまり片思い。
家同士の繋がりのための政略的な婚約だから、嫌われてさえいなければ良いのだけれど、それでは寂しい。
嫌われてはいないと思う、そう思いたい。
手紙を出せば返事はすぐに返ってくるし、誕生日等は丁寧に刺繍された小物が手紙と一緒に届けられるけれど、自分から私に会いたいと言ってきたことは無い。
私と会うのが億劫なのか、そう思うと王都の屋敷にいてもなかなか誘うことが出来ず、見かねた母が彼女をお茶に誘って漸く彼女は屋敷にやって来る。
リナリアは控えめな性格だからなのか、着ているドレスは年嵩の家庭教師の様に地味だけれど、彼女の所作はとても素晴らしく、すっと伸びた背筋や茶器を扱う指先の動きまでが美しい。
自分から話を振る事は殆ど無いけれど、聞き上手というか母も私もリナリアと話すのが好きだ。
母と一緒にお茶会それを年に数回程度行って、後はひたすら手紙のやり取りだけ。
それを婚約した当初から延々と繰り返し、気が付けば貴族学校に入学する年齢になっていた。
学校を卒業したら結婚はすぐそこ、こんな状態で夫婦になるのは気が重い。
結婚してから実は気が進まなかったと言われたら、どうしようもない。
何とかして彼女ともっと親しくなりたい、出来るなら好きになって欲しい。
だから父から彼女が寮に入ると聞いて、即父に自分も寮に入ると願い出た。
男女の寮は当たり前だけれど同じ建物では無い。
けれど、少しでも彼女と接点が欲しいと考えるのは、浅ましいだろうか。
そう思って行動に出たものの、入寮の朝彼女の屋敷に迎えに行く馬車の中で、私は彼女が迷惑に思っていないだろうかと不安になっていた。
「断られていないんだから、大丈夫だ」
学校まで馬車で二人きり、嬉しいと思う気持ちと彼女に嫌がられていたらという不安な気持ちで馬車酔いしそうになりながら彼女の家に到着すると、相変わらず不機嫌そうな顔で彼女の母親がリナリアと彼女の弟と共に出迎えてくれた。
私の婚約者、リナリアは長い前髪で目元を隠している一見不思議な令嬢だ。
それでも不思議なのは見た目だけで、リナリアが優しくて心遣いの出来る子だと私は知っているし、少し気が弱くてリナリアの母親にも弟にも強く出られないことも知っている。
「リナリア、己の立場をわきまえて慎み深く過ごすのですよ」
私に挨拶した後、リナリアの母親である伯爵夫人は素っ気なく彼女に声を掛けると屋敷の中に戻っていった。
寮に入る彼女は、いくら王都に屋敷があろうと他の生徒同様余程の事情が無ければ長期休み以外は帰宅許可は出ないというのに、あまりにあっさりと労りの言葉も何もない別れに、私の方が啞然としてしまう。
「リナリア、行こうか」
「はい、ライアン様」
「ライアン様、今度僕と出掛けませんか。休日とか是非どこか……」
リナリアの弟は、姉には目もくれず私にだけ話し掛けてくる。
何故婚約者とも殆ど出掛けた事が無いのに、君と出掛けなきゃいけないんだ。
失礼な弟と、更に失礼な夫人に溜息が出そうになりながら、聞こえなかった振りをしてリナリアを馬車へと誘導する。
「失礼な態度申し訳ございません」
「リナリアが謝る事じゃないよ」
馬車に乗り込みながら申し訳なさそうに謝る彼女が不憫で、私は彼女の負担にならない様に優しげに聞こえるように意識してそっと囁く。
彼女が私を迷惑に思っていてもいいや、この屋敷にいるよりはきっと私の側の方がマシだと、そういつか考えてくれるかもしれないし。
少なくとも私の態度は悪い印象は無いはずだ。
自信が無いまま馬車に乗り込んだ私は、学校に向う途中とんでもない告白をされるとも知らず、久し振りに会うリナリアに何を話そうかと呑気に考えていたのだった。
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