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「……やっぱり、リナリアは自分の意志でそうしているんじゃなかったんだね」
ライアン様の戸惑うような声に、恐る恐る顔を上げると優しい琥珀色の瞳が私を見つめていた。
前髪越しでもライアン様の困ったような顔は、よく見える。
出会ったばかりの頃は、金色の髪と琥珀色の瞳が印象的な少年だった。
一番最初に会った時、ライアン様は優しい笑みを浮かべ、穏やかな声で挨拶をして私のリリアナという名前が可愛いと褒めてくれた。私に冷たい目を向ける事しかしないお母様と弟しか知らなかった私にはライアン様とライアン様のご両親はおとぎ話の世界の人の様に現実味が無かった。
ライアン様は私にずっと優しくて、会う度に夢を見ている様ない気持ちになる。
今では立派な紳士になったライアン様は、剣の練習を欠かさないと以前聞いた通り体つきはとても逞しくなったけれど、優しい眼差しは昔のままだ。
恥ずかしいことだけれど、この優しい眼差しを信じて私は真実を打ち明けよう。そう思う。
「お恥ずかしい話ですが、私は母から嫌われていて醜い顔なのだから見せるなと」
「は?」
「両親の仲は昔からよくありませんが、その理由の一つに父の母、つまり私の祖母との不仲があった様で、祖母によく似た私の顔を見たくなかったというのが真相ではないかと思います。でもそれは私の願望で本当に醜いのかもしれませんが、母はことある事に私は醜い、醜いから顔を隠せ、リボンを付けるのも可愛らしいドレスも似合わないと」
私は私自身の美醜が分からない。
物心ついたころにはすでにお母様から「お前は醜い」と言われ続けたのだから私はその言葉通り醜いのだという思いが強く、屋敷で働く使用人達やお母様や弟の美醜は判断出来るのに自分の事は分からない。
自分では醜いという程では無いと思いたい、でもいくらジゼルが大丈夫だと言っても自信が持てない。
「それが、長い前髪の理由……これは」
「あっ」
私の告白に戸惑っていたライアン様は、何かに気が付き足元に手を伸ばし拾い上げた。
「これは、飾り櫛?」
「あ、それは」
「君はこれを無くしていなかった? え、でも確か」
ライアン様が拾ったのは、私がいつの間にか落としていたハンカチに包まれた私のお守りでした。
「嘘をついて申し訳ありません。ただ」
「夫人に見つかれば捨てられると思った?」
言葉にできず私は小さく頷いた。
「そうか……少し待っていて」
私にそう告げるとライアン様は御者に馬車を停めさせるとすぐに外に出て、後ろを付いてきていた馬車から降りてきた従者に何事か告げすぐに戻ってきた。
「あの」
「これは君に二回目に会ったときに贈ったものだよね」
馬車が走り出してすぐに、ライアン様はそう言いながら私の前髪を横に流し飾り櫛で止めた。
急に近付いた距離に、私はぎゅうっと目を閉じて体を硬直させてしまう。
微かに香る香水は、男性用の清々しい香り。
その香りの主がすぐ近くに来て、でもすぐに遠のいてしまった。
「少し意匠が幼いかな、でも似合っているよ。可愛い」
「あの」
「こうやって、君の髪に触れたのは二度目だ。急にごめんね」
「い、いえ」
目を開けて、前髪越しでは無いライアン様の顔に視線を逸してしまう。
「気を悪くした?」
「いえ、あの、ライアン様のお顔がよく見えてしまうのが恥ずかしいだけです」
「……そう」
今笑われた気がする。
そう言えば、この飾り櫛を頂いた時も笑われたのだと、思い出した。
ジゼルと共に侯爵家を訪ねて、ライアン様は私にお庭を案内してくれた。
そうして綺麗な花々が咲き乱れる庭を感動して見ていた私に、今の様に飾り櫛を着けてくれた。
「母にこの櫛を取り上げられるのが怖くて、家に着く前に外してしまいました。リボンも綺麗なレースも似合わないと言われていた私には、夢みたいに綺麗な贈り物だったからどうしても失いたくなくて」
「そうか」
「だから使いたくても使えませんでした。ライアン様が下さった初めての贈り物だったのに、失くしたなんて嘘までついて、申し訳ありません」
次に会った時、元の前髪に戻っていた私にライアン様が理由を尋ねた時、とっさに失くしてしまったと嘘をついた。
ライアン様は私を責めることはしなかったけれど、その後誕生日等の時でも贈られるのは花や珍しいお菓子等になってしまった。
贈ったばかりの物を失くす人間だと、呆れられたのだと分かったけれど、どうすることも出来なかった。
飾り櫛を使っているのを見つかれば、お母様に取り上げられただろう。
年頃になった今でも私のドレスも靴も、修道女の様に地味なものだと使用人達が陰で言う程私の装いを地味にして満足している人なのだから。
婚約したばかりの頃なら、尚更叱られただろう。
「君の装いが年齢に即していないと気が付いていたのに何もしようとしなかった私が悪いんだよ、だから謝らなくていい」
嘘をついていた私に、ライアン様は優しい。
優しい人だと知っていたから、私はライアン様の隣に堂々と立てる人間になりたかったんだ。
ライアン様の戸惑うような声に、恐る恐る顔を上げると優しい琥珀色の瞳が私を見つめていた。
前髪越しでもライアン様の困ったような顔は、よく見える。
出会ったばかりの頃は、金色の髪と琥珀色の瞳が印象的な少年だった。
一番最初に会った時、ライアン様は優しい笑みを浮かべ、穏やかな声で挨拶をして私のリリアナという名前が可愛いと褒めてくれた。私に冷たい目を向ける事しかしないお母様と弟しか知らなかった私にはライアン様とライアン様のご両親はおとぎ話の世界の人の様に現実味が無かった。
ライアン様は私にずっと優しくて、会う度に夢を見ている様ない気持ちになる。
今では立派な紳士になったライアン様は、剣の練習を欠かさないと以前聞いた通り体つきはとても逞しくなったけれど、優しい眼差しは昔のままだ。
恥ずかしいことだけれど、この優しい眼差しを信じて私は真実を打ち明けよう。そう思う。
「お恥ずかしい話ですが、私は母から嫌われていて醜い顔なのだから見せるなと」
「は?」
「両親の仲は昔からよくありませんが、その理由の一つに父の母、つまり私の祖母との不仲があった様で、祖母によく似た私の顔を見たくなかったというのが真相ではないかと思います。でもそれは私の願望で本当に醜いのかもしれませんが、母はことある事に私は醜い、醜いから顔を隠せ、リボンを付けるのも可愛らしいドレスも似合わないと」
私は私自身の美醜が分からない。
物心ついたころにはすでにお母様から「お前は醜い」と言われ続けたのだから私はその言葉通り醜いのだという思いが強く、屋敷で働く使用人達やお母様や弟の美醜は判断出来るのに自分の事は分からない。
自分では醜いという程では無いと思いたい、でもいくらジゼルが大丈夫だと言っても自信が持てない。
「それが、長い前髪の理由……これは」
「あっ」
私の告白に戸惑っていたライアン様は、何かに気が付き足元に手を伸ばし拾い上げた。
「これは、飾り櫛?」
「あ、それは」
「君はこれを無くしていなかった? え、でも確か」
ライアン様が拾ったのは、私がいつの間にか落としていたハンカチに包まれた私のお守りでした。
「嘘をついて申し訳ありません。ただ」
「夫人に見つかれば捨てられると思った?」
言葉にできず私は小さく頷いた。
「そうか……少し待っていて」
私にそう告げるとライアン様は御者に馬車を停めさせるとすぐに外に出て、後ろを付いてきていた馬車から降りてきた従者に何事か告げすぐに戻ってきた。
「あの」
「これは君に二回目に会ったときに贈ったものだよね」
馬車が走り出してすぐに、ライアン様はそう言いながら私の前髪を横に流し飾り櫛で止めた。
急に近付いた距離に、私はぎゅうっと目を閉じて体を硬直させてしまう。
微かに香る香水は、男性用の清々しい香り。
その香りの主がすぐ近くに来て、でもすぐに遠のいてしまった。
「少し意匠が幼いかな、でも似合っているよ。可愛い」
「あの」
「こうやって、君の髪に触れたのは二度目だ。急にごめんね」
「い、いえ」
目を開けて、前髪越しでは無いライアン様の顔に視線を逸してしまう。
「気を悪くした?」
「いえ、あの、ライアン様のお顔がよく見えてしまうのが恥ずかしいだけです」
「……そう」
今笑われた気がする。
そう言えば、この飾り櫛を頂いた時も笑われたのだと、思い出した。
ジゼルと共に侯爵家を訪ねて、ライアン様は私にお庭を案内してくれた。
そうして綺麗な花々が咲き乱れる庭を感動して見ていた私に、今の様に飾り櫛を着けてくれた。
「母にこの櫛を取り上げられるのが怖くて、家に着く前に外してしまいました。リボンも綺麗なレースも似合わないと言われていた私には、夢みたいに綺麗な贈り物だったからどうしても失いたくなくて」
「そうか」
「だから使いたくても使えませんでした。ライアン様が下さった初めての贈り物だったのに、失くしたなんて嘘までついて、申し訳ありません」
次に会った時、元の前髪に戻っていた私にライアン様が理由を尋ねた時、とっさに失くしてしまったと嘘をついた。
ライアン様は私を責めることはしなかったけれど、その後誕生日等の時でも贈られるのは花や珍しいお菓子等になってしまった。
贈ったばかりの物を失くす人間だと、呆れられたのだと分かったけれど、どうすることも出来なかった。
飾り櫛を使っているのを見つかれば、お母様に取り上げられただろう。
年頃になった今でも私のドレスも靴も、修道女の様に地味なものだと使用人達が陰で言う程私の装いを地味にして満足している人なのだから。
婚約したばかりの頃なら、尚更叱られただろう。
「君の装いが年齢に即していないと気が付いていたのに何もしようとしなかった私が悪いんだよ、だから謝らなくていい」
嘘をついていた私に、ライアン様は優しい。
優しい人だと知っていたから、私はライアン様の隣に堂々と立てる人間になりたかったんだ。
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