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「お前は醜いのだから、その目は隠した方がいいわ」
お母様は私が醜いから顔を見たくないと言う。
「その目、お義母様にそっくりな目が駄目なのよ。折角口元は私に似ているのに、その目が全てを台無しにしているわ。ね、お前もそう思うでしょう?」
お母様は、亡くなったお祖母様が大嫌い。
そのお祖母様の目にそっくりな私の目も大嫌い。
「この子は愛らしいわ、私の幼い頃に良く似ているもの。結婚前私は同じ年頃の女性の中で一晩美しいと評判で、夜会では幾人もの殿方からダンスを申し込まれたものよ。求婚者も沢山いたのよ。でも、御前の器量では駄目ね」
未だにお母様は綺麗、子供二人を産んだとは思えない細い腰、華奢な体。
鼻は高く大きな瞳は弟と同じ澄んだ青色、綺麗な宝石みたいな瞳。
「お前がそんなに醜いから、お父様は帰っていらっしゃらないのよ。お前の顔を見たくないの」
お父様は結婚前からの恋人と過ごすため別邸で暮らしていて、殆ど家には帰って来ない。
沢山求婚者がいたというのに、お母様は何故か恋人がいたお父様と結婚した。
私が生まれて、翌年弟が生まれて、お父様は殆ど家に帰らなくなった。
「お前が悪いのよ、お前が醜いから」
幼い頃から何度も何度も責められた。
顔の半分を覆うような長い前髪、地味なドレス。
髪にリボンを飾るのさえ、お母様は無駄だと言った。
だから私は醜いのだと思っていた。
勉強して、礼儀作法を覚えて美しい所作を必死で身に付けて、ダンスの練習も刺繍の練習も欠かさない。
顔が醜いのだから、せめて中身だけでも良くしなければいけないのだと、必死だった。
「醜いお前など誰にも愛されないのよ」
お母様は、自分がお父様から愛されない鬱憤を私で晴らし、有り余る感情を弟を愛することで満たされていると誤魔化しながら自分の自尊心を守っている。
お父様の母親に似ている私は、つまりお父様にも似ているということ。
それがお母様は気に入らなくて私の顔が嫌いなのだと気がついたのは、最近の話。
ずっと私は自分が醜いのだと信じていたけれど、私は本当に醜いわけじゃない。
私は美人ではないのかもしれないけれど、お母様が言うほど醜くなんてない。そう思う。
「おかしくないかしら」
前髪をかきあげながら、鏡を覗き込む。
そこに映るのは、地味な顔立ちの私。
私は貴族学校に入学するため、今日から寮に入る。
家から通えない距離では無いけれど、最近益々私への言動がキツくなったお母様から離れたくてお父様にお願いした。
お父様は恋人といることを優先してはいるけれど、私に無関心なわけではない。
祖父にも仕えていたという高齢な執事のワトソンにそう言われ、その言葉に後押しされて勇気を出してお父様に入寮したいという旨の手紙を認めるとあっさりと許可をくれただけでなく、私が精神的に自立する為寮生活をさせるようにお母様へ指示まで出してくれた。
お父様からの手紙を読んだお母様は、ご機嫌な様子で入寮の手続きをするようにワトソンへ命令した。
お母様のあまりの様子に不思議に思っていると、得意そうに「私の子育ての苦労を労って下さったわ。離れてくらしていても旦那様は私の事を考えて下さっているのよ。そうよ旦那様は長年の情であの女を捨てられないけれど、愛しているのは私の方なのよ。だって私は旦那様の子を二人も産んだんですもの。私は旦那様に愛されているのよ、旦那様はあの女を哀れんでいるだけなの」そう言うと高笑いしながら部屋を出ていった。
寮に入る許可が出て、それをお母様が納得してくれたのは嬉しかったけれど、高笑いしながら手紙を抱きしめているお母様の姿はただただ怖かった。
「私、お母様にもお父様にも似ているのね」
母親なのだから当然だけれど、目元はお祖母様だけれど口元はお母様に似ていると自分でも思う。
瞳の色がお祖母様とお父様と同じ緑色で、髪はお祖母様と同じ栗色だから全体的にはお祖母様に似ているところが多い印象だけれど、それでもお母様に似ているところも無いわけではないのだと気がついても今更でしかない。
お母様も昔口元は自分に似ていると言っていたのを思い出しても、なんの慰めにもならない。
弟だけを可愛がるお母様の姿を、一体自分の何が悪いのだろうと悩みながら寂しい気持ちで見ていた私を慰める方法何てどこにも無い。
「ねえ、こうやって額を出すのはおかしいかしら」
私の様子を心配そうに見ていた侍女のジゼルに振り返り尋ねると、ジゼルは笑顔を見せながら「とんでもございません。とてもお似合いですし素敵です」と答えてくれた。
「寮に入るからこうしてもお母様は気付かないと思うの」
「はい」
「私、お母様の言う通り醜いのかもしれないけれど、少しでもライアン様に良く見られたいの。だってこれからはライアン様とお会いする機会が増えるでしょう」
話していると頬が熱くなる。
ライアン様、ライアン・ムーディ様は私の婚約者だ。
ムーディ侯爵家の嫡男で、私と同じ年の彼と婚約したのは七歳の時だった。
お父様が決めた政略結婚でしかないし、会うのは年に数回程度だけれも、私は優しいライアン様に憧れている。
実際に会える事は少なくても、折々に花束に添えられる手紙に励まされてきた。
入学と共に入寮する旨を伝える手紙を送れば、自分は寮に入るつもりは無かったけれど婚約者の君が入るなら一緒に寮に入るよと、思いがけない手紙を頂いた時は嬉しくて一人の部屋で飛び上がってしまった程だ。
好きなのかどうかは分からない。
好きだったとして、私の感情をライアン様が望んでいるのかどうかも分からない。
お前は醜いの。
ことあるごとにそう言われて育ってきた私は、自分に自信なんてほんの少しも持てはしなかった。
でも。
「変わりたいの私、俯いたりせずにライアンの隣に立てる様になりたいの」
そう言うとジゼルは、私の両手を「お嬢様がそうなれるように微力ながらお手伝いいたします」と誓ってくれた。
お母様は私が醜いから顔を見たくないと言う。
「その目、お義母様にそっくりな目が駄目なのよ。折角口元は私に似ているのに、その目が全てを台無しにしているわ。ね、お前もそう思うでしょう?」
お母様は、亡くなったお祖母様が大嫌い。
そのお祖母様の目にそっくりな私の目も大嫌い。
「この子は愛らしいわ、私の幼い頃に良く似ているもの。結婚前私は同じ年頃の女性の中で一晩美しいと評判で、夜会では幾人もの殿方からダンスを申し込まれたものよ。求婚者も沢山いたのよ。でも、御前の器量では駄目ね」
未だにお母様は綺麗、子供二人を産んだとは思えない細い腰、華奢な体。
鼻は高く大きな瞳は弟と同じ澄んだ青色、綺麗な宝石みたいな瞳。
「お前がそんなに醜いから、お父様は帰っていらっしゃらないのよ。お前の顔を見たくないの」
お父様は結婚前からの恋人と過ごすため別邸で暮らしていて、殆ど家には帰って来ない。
沢山求婚者がいたというのに、お母様は何故か恋人がいたお父様と結婚した。
私が生まれて、翌年弟が生まれて、お父様は殆ど家に帰らなくなった。
「お前が悪いのよ、お前が醜いから」
幼い頃から何度も何度も責められた。
顔の半分を覆うような長い前髪、地味なドレス。
髪にリボンを飾るのさえ、お母様は無駄だと言った。
だから私は醜いのだと思っていた。
勉強して、礼儀作法を覚えて美しい所作を必死で身に付けて、ダンスの練習も刺繍の練習も欠かさない。
顔が醜いのだから、せめて中身だけでも良くしなければいけないのだと、必死だった。
「醜いお前など誰にも愛されないのよ」
お母様は、自分がお父様から愛されない鬱憤を私で晴らし、有り余る感情を弟を愛することで満たされていると誤魔化しながら自分の自尊心を守っている。
お父様の母親に似ている私は、つまりお父様にも似ているということ。
それがお母様は気に入らなくて私の顔が嫌いなのだと気がついたのは、最近の話。
ずっと私は自分が醜いのだと信じていたけれど、私は本当に醜いわけじゃない。
私は美人ではないのかもしれないけれど、お母様が言うほど醜くなんてない。そう思う。
「おかしくないかしら」
前髪をかきあげながら、鏡を覗き込む。
そこに映るのは、地味な顔立ちの私。
私は貴族学校に入学するため、今日から寮に入る。
家から通えない距離では無いけれど、最近益々私への言動がキツくなったお母様から離れたくてお父様にお願いした。
お父様は恋人といることを優先してはいるけれど、私に無関心なわけではない。
祖父にも仕えていたという高齢な執事のワトソンにそう言われ、その言葉に後押しされて勇気を出してお父様に入寮したいという旨の手紙を認めるとあっさりと許可をくれただけでなく、私が精神的に自立する為寮生活をさせるようにお母様へ指示まで出してくれた。
お父様からの手紙を読んだお母様は、ご機嫌な様子で入寮の手続きをするようにワトソンへ命令した。
お母様のあまりの様子に不思議に思っていると、得意そうに「私の子育ての苦労を労って下さったわ。離れてくらしていても旦那様は私の事を考えて下さっているのよ。そうよ旦那様は長年の情であの女を捨てられないけれど、愛しているのは私の方なのよ。だって私は旦那様の子を二人も産んだんですもの。私は旦那様に愛されているのよ、旦那様はあの女を哀れんでいるだけなの」そう言うと高笑いしながら部屋を出ていった。
寮に入る許可が出て、それをお母様が納得してくれたのは嬉しかったけれど、高笑いしながら手紙を抱きしめているお母様の姿はただただ怖かった。
「私、お母様にもお父様にも似ているのね」
母親なのだから当然だけれど、目元はお祖母様だけれど口元はお母様に似ていると自分でも思う。
瞳の色がお祖母様とお父様と同じ緑色で、髪はお祖母様と同じ栗色だから全体的にはお祖母様に似ているところが多い印象だけれど、それでもお母様に似ているところも無いわけではないのだと気がついても今更でしかない。
お母様も昔口元は自分に似ていると言っていたのを思い出しても、なんの慰めにもならない。
弟だけを可愛がるお母様の姿を、一体自分の何が悪いのだろうと悩みながら寂しい気持ちで見ていた私を慰める方法何てどこにも無い。
「ねえ、こうやって額を出すのはおかしいかしら」
私の様子を心配そうに見ていた侍女のジゼルに振り返り尋ねると、ジゼルは笑顔を見せながら「とんでもございません。とてもお似合いですし素敵です」と答えてくれた。
「寮に入るからこうしてもお母様は気付かないと思うの」
「はい」
「私、お母様の言う通り醜いのかもしれないけれど、少しでもライアン様に良く見られたいの。だってこれからはライアン様とお会いする機会が増えるでしょう」
話していると頬が熱くなる。
ライアン様、ライアン・ムーディ様は私の婚約者だ。
ムーディ侯爵家の嫡男で、私と同じ年の彼と婚約したのは七歳の時だった。
お父様が決めた政略結婚でしかないし、会うのは年に数回程度だけれも、私は優しいライアン様に憧れている。
実際に会える事は少なくても、折々に花束に添えられる手紙に励まされてきた。
入学と共に入寮する旨を伝える手紙を送れば、自分は寮に入るつもりは無かったけれど婚約者の君が入るなら一緒に寮に入るよと、思いがけない手紙を頂いた時は嬉しくて一人の部屋で飛び上がってしまった程だ。
好きなのかどうかは分からない。
好きだったとして、私の感情をライアン様が望んでいるのかどうかも分からない。
お前は醜いの。
ことあるごとにそう言われて育ってきた私は、自分に自信なんてほんの少しも持てはしなかった。
でも。
「変わりたいの私、俯いたりせずにライアンの隣に立てる様になりたいの」
そう言うとジゼルは、私の両手を「お嬢様がそうなれるように微力ながらお手伝いいたします」と誓ってくれた。
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