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キム先生の試し6 (キム先生視点)
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「なんてことだ」
家令は自分がそう呟いたことすら気が付いていない様子で、パティとグレタのやり取りを聞いている。
以前パティが侯爵の執務室の前の廊下で気を抜いていた時、家令がミルフィ様の前でパティの言い訳を信じた振りでうやむやにしようとしていた事を思い出す。
あれはパティがまだ成人前の子供だからとほんの少し気を抜いていた程度なら見逃そうとしていたのかもしれないが、日常的にパティを甘やかしていた可能性もある。
気に入った使用人や配下の者を贔屓することはどの家でもあることだし、贔屓されている者が自分は上の人間に気に入られているからと傲慢になる事もよくある話だ。
「あなたは元々嘘つきだものねえ、か弱い健気な振りをして、妹思いのお姉様だと皆に印象付けるのがとっても上手だわ。そいうところ見習わなきゃいけないって私思ってたのよ。正直に生きるだけじゃ世の中上手く渡っていけないものねえ」
グレタは余程パティを疎ましく思っていたのかと、疑いたくなる程辛辣な言葉を吐くが、先程パティが泣き真似を始めたころは彼女を庇おうと動きかけた家令や夫人は微動だにしなくなった。
あまりに驚いたからなのか、パティの本当の姿を見て呆れてしまったのか分からないが、単純なものだと思う。
「嘘ってなんですか、可愛い妹を思うのは姉として当たり前じゃないですか」
「可愛い妹を思う? その割にいつも自分だけ美味しいものを食べてるわよね? 自分は誰より早く食べ終えてしまってから『こんなに美味しいもの妹にも食べさせてあげたい』って言うの。あなたが良くやる手じゃない」
それは侍女頭も言っていたことだ、パティはそれを誰の前でもやっていたということなのだろうか?
「何が言いたいのか分からないわ」
「そう? セドリック様用の飴、あれをパティは妹にあげたことなんか無いんじゃない?」
グレタは随分具体的に言うが、パティが飴を妹にあげた事がある証明も、あげなかった証明もどちらも難しいのでは無いだろうか。
何せ飴は食べてしまえば無くなってしまうものだ。
「あなたこの間……一ヶ月程前だったかしら? 飴の屑を皆で分けた時、妹にも食べさせたいって言って他の人の分を横取りしたわよね?」
「あれは、善意で!」
「善意そうね、パティが甘いものなんて妹はなかなか口に出来ないと嘆くからあなたに渡したのでしょうね。でも私がいくら性格が悪くてもパティが本当に妹に渡していたのなら、こんな話なんてしないわよ」
「渡したわ。妹はとても喜んでいたから私お礼を何度も言ったわ。譲って頂いた飴を妹がとても喜んだと、また食べたいって何度も言ってたって」
パティは否定しているし、誰が譲ったのか知らないが相手に礼も言っているらしい。
パティが他の人より多く貰っても、渡した相手が納得しているなら問題ない話ではある。
「ふうん? パティの妹はそんなに飴が気に入っていたの?」
「ええ、あの後も何度もまた食べたいって私に強請るから困ったくらい」
「私、パティの妹がとっても喜んでいたって聞いたから、あの後飴の屑を貰える順番が私に回ってきた時、あげようと思って部屋に行ったのよ」
「え」
パティは驚いた様子で、グレタを見つめる。
「滅多に食べられないものだし、小さな子がそんなに喜んでいるならあげようかなって、思ってね」
それはそうだろう、飴の屑というのだから飴を作る時に出た、本来なら廃棄する様なものだと思う。
それでも飴を作る材料は高価だから、気軽に使用人が食べられるものではないだろう。
そういえば、迷宮産の香辛料と砂糖と蜂蜜を熱して作る飴は侯爵領の特産品の一つだった。
あれは体力を上げるし、喉の腫れも癒すから、セドリック様用に侯爵家で用意しているのだろう。
「そんな話聞いてない」
「だって結局は、あげられなかったんだもの」
グレタは当然とばかりにそう言うが、理由が分からない。
「なぜ」
「だって、これ好きなんでしょって見せたら、あなたの妹は飴の屑を食べ物だと思わなくてね。私警戒されちゃったのよ。形が違うならともかく、飴の屑なんてどれも似たような見た目よ。それをあなたの妹の口に入れてあげようとしたら、何故塵を持ってきたと言わんばかりに警戒して逃げたの。つまりあなたの妹は飴の屑なんて見たことないってことでしょ? 違うの?」
「あの子そんなこと言わなかったわ。本当にあの子は私の足を引っ張ることしかしないんだからっ!」
ミルフィ様の服を入れた木箱から、何着かのドレスを掴み上げ、パティはソファーの上に投げ捨てる。
「パティ?」
「譲るのはそれでいいんじゃないですか? どうせお嬢様は何を着せてもにこにこにこにこしてるだけ、どれを着せても同じなんですから。どれを譲っても同じです」
さっきと言っていることか違う。その事に皆が戸惑っているけれど、ルーシーが胸元を押さえているから、多分無意識に魔道具に魔力を注いでしまっているのかもしれない。
つまり、パティとグレタに掛かっている魔法の威力が上がっているために、パティは本心を隠せなくなっているのかもしれない。
「いいですよね。お嬢様は沢山の贅沢な品に囲まれて、お菓子も食事も贅沢三昧に召し上がって」
「それは当たり前じゃない、侯爵家のご令嬢なのよ」
ルーシーがおずおずと口を開くと、パティは服が入った木箱をガツガツと靴の先で蹴りながらルーシーを睨みつけた。
家令は自分がそう呟いたことすら気が付いていない様子で、パティとグレタのやり取りを聞いている。
以前パティが侯爵の執務室の前の廊下で気を抜いていた時、家令がミルフィ様の前でパティの言い訳を信じた振りでうやむやにしようとしていた事を思い出す。
あれはパティがまだ成人前の子供だからとほんの少し気を抜いていた程度なら見逃そうとしていたのかもしれないが、日常的にパティを甘やかしていた可能性もある。
気に入った使用人や配下の者を贔屓することはどの家でもあることだし、贔屓されている者が自分は上の人間に気に入られているからと傲慢になる事もよくある話だ。
「あなたは元々嘘つきだものねえ、か弱い健気な振りをして、妹思いのお姉様だと皆に印象付けるのがとっても上手だわ。そいうところ見習わなきゃいけないって私思ってたのよ。正直に生きるだけじゃ世の中上手く渡っていけないものねえ」
グレタは余程パティを疎ましく思っていたのかと、疑いたくなる程辛辣な言葉を吐くが、先程パティが泣き真似を始めたころは彼女を庇おうと動きかけた家令や夫人は微動だにしなくなった。
あまりに驚いたからなのか、パティの本当の姿を見て呆れてしまったのか分からないが、単純なものだと思う。
「嘘ってなんですか、可愛い妹を思うのは姉として当たり前じゃないですか」
「可愛い妹を思う? その割にいつも自分だけ美味しいものを食べてるわよね? 自分は誰より早く食べ終えてしまってから『こんなに美味しいもの妹にも食べさせてあげたい』って言うの。あなたが良くやる手じゃない」
それは侍女頭も言っていたことだ、パティはそれを誰の前でもやっていたということなのだろうか?
「何が言いたいのか分からないわ」
「そう? セドリック様用の飴、あれをパティは妹にあげたことなんか無いんじゃない?」
グレタは随分具体的に言うが、パティが飴を妹にあげた事がある証明も、あげなかった証明もどちらも難しいのでは無いだろうか。
何せ飴は食べてしまえば無くなってしまうものだ。
「あなたこの間……一ヶ月程前だったかしら? 飴の屑を皆で分けた時、妹にも食べさせたいって言って他の人の分を横取りしたわよね?」
「あれは、善意で!」
「善意そうね、パティが甘いものなんて妹はなかなか口に出来ないと嘆くからあなたに渡したのでしょうね。でも私がいくら性格が悪くてもパティが本当に妹に渡していたのなら、こんな話なんてしないわよ」
「渡したわ。妹はとても喜んでいたから私お礼を何度も言ったわ。譲って頂いた飴を妹がとても喜んだと、また食べたいって何度も言ってたって」
パティは否定しているし、誰が譲ったのか知らないが相手に礼も言っているらしい。
パティが他の人より多く貰っても、渡した相手が納得しているなら問題ない話ではある。
「ふうん? パティの妹はそんなに飴が気に入っていたの?」
「ええ、あの後も何度もまた食べたいって私に強請るから困ったくらい」
「私、パティの妹がとっても喜んでいたって聞いたから、あの後飴の屑を貰える順番が私に回ってきた時、あげようと思って部屋に行ったのよ」
「え」
パティは驚いた様子で、グレタを見つめる。
「滅多に食べられないものだし、小さな子がそんなに喜んでいるならあげようかなって、思ってね」
それはそうだろう、飴の屑というのだから飴を作る時に出た、本来なら廃棄する様なものだと思う。
それでも飴を作る材料は高価だから、気軽に使用人が食べられるものではないだろう。
そういえば、迷宮産の香辛料と砂糖と蜂蜜を熱して作る飴は侯爵領の特産品の一つだった。
あれは体力を上げるし、喉の腫れも癒すから、セドリック様用に侯爵家で用意しているのだろう。
「そんな話聞いてない」
「だって結局は、あげられなかったんだもの」
グレタは当然とばかりにそう言うが、理由が分からない。
「なぜ」
「だって、これ好きなんでしょって見せたら、あなたの妹は飴の屑を食べ物だと思わなくてね。私警戒されちゃったのよ。形が違うならともかく、飴の屑なんてどれも似たような見た目よ。それをあなたの妹の口に入れてあげようとしたら、何故塵を持ってきたと言わんばかりに警戒して逃げたの。つまりあなたの妹は飴の屑なんて見たことないってことでしょ? 違うの?」
「あの子そんなこと言わなかったわ。本当にあの子は私の足を引っ張ることしかしないんだからっ!」
ミルフィ様の服を入れた木箱から、何着かのドレスを掴み上げ、パティはソファーの上に投げ捨てる。
「パティ?」
「譲るのはそれでいいんじゃないですか? どうせお嬢様は何を着せてもにこにこにこにこしてるだけ、どれを着せても同じなんですから。どれを譲っても同じです」
さっきと言っていることか違う。その事に皆が戸惑っているけれど、ルーシーが胸元を押さえているから、多分無意識に魔道具に魔力を注いでしまっているのかもしれない。
つまり、パティとグレタに掛かっている魔法の威力が上がっているために、パティは本心を隠せなくなっているのかもしれない。
「いいですよね。お嬢様は沢山の贅沢な品に囲まれて、お菓子も食事も贅沢三昧に召し上がって」
「それは当たり前じゃない、侯爵家のご令嬢なのよ」
ルーシーがおずおずと口を開くと、パティは服が入った木箱をガツガツと靴の先で蹴りながらルーシーを睨みつけた。
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