後悔はなんだった?

木嶋うめ香

文字の大きさ
上 下
126 / 164

キム先生の試し5 (キム先生視点)

しおりを挟む
「そんな感じ?」

 グレタが何を言いたいのか分からないという風に、パティは首を傾げる。

「男性の前ではか弱い振り、私達にはそんなに強気で威張ってる」
「そんな、酷い。私がいつ」
「あら、仕事を怠けて執事見習いの彼と一緒にいたって聞いたわよ。彼の前で泣いてたんでしょ? 私可哀相なんですぅって」

 クスクスと笑いながら、グレタは実に上手くパティに話を振る。

「グレタ、何を言っているの」
「あら、ルーシーだってさっき聞いてたじゃない。この子仕事を怠けていた所を侍女頭様に見つかって指導されたのよね?」
「それは……」

 パティが仕事を怠けていたことをグレタが彼女に興味本位に尋ね、ルーシーはそれを止める。
 二人の行動は私が指示した通りだが、グレタにも魔法が掛かっていると知っているルーシーはオロオロと二人を見ている。先程の件があるから、グレタが侯爵夫妻が見ている場でやり過ぎてしまわないか心配なのかもしれない。

「私だって侍女頭様に指導を受けたことなんてないのに、驚いちゃうわぁ」

 にやにやと意地悪くグレタがパティの顔を覗き込むと、パティは両手で顔を覆いしゃがみ込んでしまった。

「私そんなつもりじゃ、だって私」

 声を震わせ、くすんと鼻を鳴らし始めるパティの様子に、侯爵夫人と家令が動こうとするのを侯爵が無言で手を小さく上げて止める。

「だって何よ。三歳の子供に意地悪されて逃げ出したとか、そんなの本気で言っているの? あなたそんな殊勝な性格していないでしょう?」

 グレタは中々演技が達者だ。
 わざと意地悪く聞こえる様にしているのだろうが、年下を虐める先輩メイドにしか見えない。
 グレタの追及にくすんくすんと鼻を鳴らし肩を震わせだすパティに、ルーシーが動揺して私達がいる扉の方に視線を向けてしまう。
 
「あらあら、都合が悪くなると泣き真似? あなた嘘泣き得意だものね」

 グレタが腕組みしてパティを見下ろすけれど、これは演技では無いのかもしれない。
 パティだけでなく、グレタにも魔法は掛かっている。それをグレタには教えていない。
 この魔法は思っていることを素直に話してしまうという効果があるが、それは嘘がつけないというわけではない。
 簡単に言えば酒を飲み過ぎて酩酊している様な状態に似ている。
 日頃は警戒心が強い人間も、酩酊している時は秘密にしていることをうっかり話したりしてしまうものだ、そして酒が抜けた翌日に自分のうっかりな行いを思い出し後悔する。そういう状態になる。

「泣き真似って、グレタそんな」
「ルーシーは優しいから騙されちゃうでしょうけれど、私そういうの見破るの得意なのよ。なにせ父の愛人の演技をずっと見て育ってきたのだもの」

 あまり自慢できない境遇を、グレタは胸を張り話す。
 そして、ぐいっとパティの腕を取り引っ張った。

「ほらね、涙が滲んでもいない。泣いてる振りよ」

 予想外の物を見せられた侯爵夫人は、ふらりと侯爵の方に倒れ込んでしまった。
 本当にこの人は心が弱い、だから子爵夫人に付け込まれたのだろう。そう思うけれど、気の毒だとは思わない。 
 
「パティ……」

 グレタに腕を取られ顔を見られたパティは、チッと舌打ちしながらグレタの手を振り払う。
 その品の無い行いに、ルーシーは唖然としてパティを見つめている。

「泣き真似上手なパティ、本当はお嬢様に何をされたの」
「お嬢様に意地悪を……あの……それで」

 パティは泣き真似が暴かれても懲りずにそう告げるが、その言葉は途切れがちだ。
 さすがにどんな意地悪をされたかまでは考えていなかったのかもしれない、この屋敷にいる人間は優しい者が多いから泣いている子供に追及はしないだろうと考えていたのだろう。

「意地悪ねえ、いつ? ジョゼットさんはその時側にいなかったの?」
「今日お母さんは奥様と仕立て屋とお話をしていて、午前中は私だけ……お、お嬢様についていて……もういいじゃないですか、どうせ二人とも私が侍女頭様に怒られていい気味だって思ってるんでしょ! 何よ二人に嫌味を言われたって家令様に言いつけてやるわ!」

 パティは立ち上がると、腹立ち紛れにソファーの背に掛けてあった服を床に払い落とす。

「何て言うつもり? 今日お嬢様に意地悪をされて、それで仕事を怠けたことを私に笑われたとでも言うの? それで追及されるのが嫌で泣き真似したらそれも私が意地悪く指摘したとでも?」
「グレタ」
「ルーシー、私達パティに言いつけられちゃうみたいよ。じゃあ、私はパティがお嬢様の服を乱暴に扱っていたと侍女頭様に言おうかしら」

 ニヤニヤとグレタはパティに詰め寄るけれど、パティは「家令様は私の味方だもの! きっと私が言ったらあなたを罰してくれるわっ!」と声を上げる。
 パティのその声に、ちらりと家令の方に視線を向けると彼は真っ青な顔で扉の向こうの会話を聞いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どんなに私が愛しても

豆狸
恋愛
どんなに遠く離れていても、この想いがけして届かないとわかっていても、私はずっと殿下を愛しています。 これからもずっと貴方の幸せを祈り続けています。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

家族に裏切られて辺境で幸せを掴む?

しゃーりん
恋愛
婚約者を妹に取られる。 そんな小説みたいなことが本当に起こった。 婚約者が姉から妹に代わるだけ?しかし私はそれを許さず、慰謝料を請求した。 婚約破棄と共に跡継ぎでもなくなったから。 仕事だけをさせようと思っていた父に失望し、伯父のいる辺境に行くことにする。 これからは辺境で仕事に生きよう。そう決めて王都を旅立った。 辺境で新たな出会いがあり、付き合い始めたけど?というお話です。

今日、大好きな婚約者の心を奪われます 【完結済み】

皇 翼
恋愛
昔から、自分や自分の周りについての未来を視てしまう公爵令嬢である少女・ヴィオレッタ。 彼女はある日、ウィステリア王国の第一王子にして大好きな婚約者であるアシュレイが隣国の王女に恋に落ちるという未来を視てしまう。 その日から少女は変わることを決意した。将来、大好きな彼の邪魔をしてしまう位なら、潔く身を引ける女性になろうと。 なろうで投稿している方に話が追いついたら、投稿頻度は下がります。 プロローグはヴィオレッタ視点、act.1は三人称、act.2はアシュレイ視点、act.3はヴィオレッタ視点となります。 繋がりのある作品:「先読みの姫巫女ですが、力を失ったので職を辞したいと思います」 URL:https://www.alphapolis.co.jp/novel/496593841/690369074

妹から私の旦那様と結ばれたと手紙が来ましたが、人違いだったようです

今川幸乃
恋愛
ハワード公爵家の長女クララは半年ほど前にガイラー公爵家の長男アドルフと結婚した。 が、優しく穏やかな性格で領主としての才能もあるアドルフは女性から大人気でクララの妹レイチェルも彼と結ばれたクララをしきりにうらやんでいた。 アドルフが領地に次期当主としての勉強をしに帰ったとき、突然クララにレイチェルから「アドルフと結ばれた」と手紙が来る。 だが、レイチェルは知らなかった。 ガイラー公爵家には冷酷非道で女癖が悪く勘当された、アドルフと瓜二つの長男がいたことを。 ※短め。

これでも全属性持ちのチートですが、兄弟からお前など不要だと言われたので冒険者になります。

りまり
恋愛
私の名前はエルムと言います。 伯爵家の長女なのですが……家はかなり落ちぶれています。 それを私が持ち直すのに頑張り、贅沢できるまでになったのに私はいらないから出て行けと言われたので出ていきます。 でも知りませんよ。 私がいるからこの贅沢ができるんですからね!!!!!!

笑わない妻を娶りました

mios
恋愛
伯爵家嫡男であるスタン・タイロンは、伯爵家を継ぐ際に妻を娶ることにした。 同じ伯爵位で、友人であるオリバー・クレンズの従姉妹で笑わないことから氷の女神とも呼ばれているミスティア・ドゥーラ嬢。 彼女は美しく、スタンは一目惚れをし、トントン拍子に婚約・結婚することになったのだが。

欲しがり病の妹を「わたくしが一度持った物じゃないと欲しくない“かわいそう”な妹」と言って憐れむ(おちょくる)姉の話 [完]

ラララキヲ
恋愛
 「お姉様、それ頂戴!!」が口癖で、姉の物を奪う妹とそれを止めない両親。  妹に自分の物を取られた姉は最初こそ悲しんだが……彼女はニッコリと微笑んだ。 「わたくしの物が欲しいのね」 「わたくしの“お古”じゃなきゃ嫌なのね」 「わたくしが一度持った物じゃなきゃ欲しくない“欲しがりマリリン”。貴女はなんて“可愛”そうなのかしら」  姉に憐れまれた妹は怒って姉から奪った物を捨てた。  でも懲りずに今度は姉の婚約者に近付こうとするが…………  色々あったが、それぞれ幸せになる姉妹の話。 ((妹の頭がおかしければ姉もそうだろ、みたいな話です)) ◇テンプレ屑妹モノ。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい。 ◇なろうにも上げる予定です。

処理中です...