後悔はなんだった？

不器用な人なのかもしれない5 （ルーシー視点）

「なんて恐ろしいことを」

　夫がいる身で旦那様に懸想し、奥様を流産させミルフィーヌお嬢様を虐待しただけでも問題だというのに、ミルフィーヌお嬢様の未来を潰そうとしていたかもしれないなんて。

「恐ろしいですよね。私の思い過ごしであれぱいいのですが、残念ながらあまり外れてはいないのではないかと……」
「私も、キム先生の思い過ごしてはないと思います。侯爵家のご令嬢が文字の書き方すらまともに教えて貰えずにいたなんて異常です。今気がついたから良かったですが、何年も後になってやっととなれば、もう取り返しがつかなかったでしょう」

　伯爵家に生まれた私ですら、七歳までに基本的な礼儀作法や文字の読み書きは覚え込まされた。
　貴族家の子供は大体五歳前後から母親の友人の家のお茶会に招待されたり、家に招いたりする。セドリック様は体が弱いから殆どそういう交流をしていないけれど、それでも幾人かの同年代のご友人と手紙のやり取りをすでにされている。
　互いに子供だからだいぶ拙い言葉使いと筆使いだけれど、それでも自分で文章を考え、本人が手紙を書けるというのが大変重要なのだと、セドリック様の家庭教師達は指導していた。
　どう見ても大人の字で書かれた手紙を同年代に送るのは、その子供の勉強が進んでいないか、勉強しているのに出来が悪くて手紙すら書けないと、公言しているようなものなのだそうだ。
　
「ええ、ミルフィ様はまだ三歳です。この年齢で考えれば、今のミルフィ様は大変優秀と言えます。ジョゼットの教え方が上手いのと、ミルフィ様の理解力が短期間で向上しているお陰です」
「ええ、ミルフィーヌお嬢様はとても賢い方です」

　セドリック様があまりにも賢くていらっしゃるから、ミルフィーヌお嬢様のそういう面が目立たなかったのかもしれないけれど、パティの妹と比べても下働きの子供達と比べてもミルフィーヌお嬢様はとても賢く思慮深く、そして我慢強いと思う。
　少し前までは少し感情の起伏が激しいところが見えたけれど、それは今全く無いと思うし、授業から逃げようとする素振りも皆無だ。
　あの困った言動は、子爵夫人の虐待から助けて欲しいというミルフィーヌお嬢様の声なき叫びだったのだろうというのが皆の見解だ。
　申し訳ないことに、誰もそれに気が付かずに、宥めて授業に向かわせていたのだから、辛い時に誰も助けてくれなかったと恨まれても仕方がないのに、ミルフィーヌお嬢様が誰かを責めたことは一度もない。
　それどころか、自分よりセドリック様のお体を心配し、幼い体で難しい魔法を使っているのだから、頭が下がる。

「ええミルフィ様はとても賢い。だからこそ私は心配なんです。難しい魔法を使えば使う程、ミルフィ様の身体能力は上がっていきます。それは運動能力だけでは無く、記憶力や理解力なども含まれるのです。心は幼い子供なのに、そういう能力だけが急速に向上していく、その恐ろしさが分かりますか？」
「……想像も出来ません」

　私は凡庸な能力しかない、セドリック様の賢さにも私はついていけていないのに、ミルフィーヌお嬢様の急激な成長による恐ろしさなんて想像も出来ない。

「子供の心は薄い薄い氷の様なものですから、ほんの少しの刺激で壊れてしまいかねない。心身共に健康な子供ならそこまで心配はありませんが、ミルフィ様は長い間子爵夫人に傷つけられていて、とても心が弱っています」
「それは、確かにそうだと思います」

　ミルフィーヌお嬢様は毎晩魘されていると、セドリック様は心配されている。
　子爵夫人や旦那様達に癒されながら謝罪し続け、泣いているのだと。
　セドリック様は、とても心配して後悔している。
　ミルフィーヌお嬢様を守ってあげられなかった、助けてあげられなかったと。