後悔はなんだった?

木嶋うめ香

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不器用な人なのかもしれない1 (ルーシー視点)

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「ルーシー、あなたは私の言い方が厳し過ぎると思っているでしょうね」

 キム先生が旦那様達との話を終え私を伴い部屋を出るとすぐ、ため息を吐きながら言うのを私は複雑な気持ちで聞いていた。
 先程のキム先生は奥様をわざと傷つけようとしているのかと思う程の言い方をしたわけではないと思う、でも優しくも無かったと思う。

「優しくはありませんでしたが、厳し過ぎるとまでは思いませんでした」

 私がそう答えたのが意外だったのか、私の前を早足で歩いていたキム先生は立ち止まると振り返って私を見た。

「あなたはそう思うのですか?」
「……傷付いたお嬢様を見た後で、使用人の私が言って良い事ではありませんが、奥様の言い方はあまりにも」
「そうですか、あなた一人だけでもそう考えてくれる人がいると分かって良かった」

 躊躇いがちに言う私に、キム先生は唇の端を少し上げただけの笑顔で話す。
 キム先生に初めてお会いした時、失礼ながら不愛想という言葉をそのまま人の形にした様な印象を受けた。
 宮廷魔法使いのキム・ブリーンク様は腰までの長い灰色の髪と髪の色と同じ灰色の瞳で、どんよりと曇った暗い空の様な色の服を纏っていたためかとても話し難そうな人だと思った。

「私だけではありません、きっと侍女頭様も同じく思われていたかと」

 少しだけ早口でそう付け加えると、キム先生は少しだけ目を見開き私を見つめた。
 話し難そうだと思っていたのに、実はそうではないと気が付いたのはいつだっただろう。
 キム先生は、ミルフィーヌお嬢様をとても優しい瞳で見ていると気が付いた時だっただろうか? それとも美味しそうに大量のお料理を召し上がっている時だろうか。
 どんよりと曇った暗い空の色、髪の色と同じ灰色、魔法使いとはこうあるべきと言わんばかりに暗い色の服ばかり着ていたキム先生は、ある日とても綺麗な空色のローブを着始めた。
 それはミルフィーヌお嬢様からキム先生への贈り物だった。
 勿論幼いミルフィーヌお嬢様だけでは服を注文するなんて出来ないから、セドリック様から旦那様へお話を通されて仕立て屋を屋敷に招き魔法使い向けの服の注文をした。
 私は詳しく知らなかったけれど、魔法使い向けの服は特別な素材で作られているらしい。
 なんでも魔力が通り難いと魔法を使う時に支障がでる場合があるそうなのだ、だから特別な素材が必要でそれは私の一ヶ月分の給金では到底足りないものだった。
 魔法使いのローブの場合ローブを仕立てた後に補助魔法を付与するらしいから、そうなると一ヶ月分の給金どころか一年分の給金でも足りないかもしれない。
 それでも旦那様はミルフィーヌ様が初めて誰かに贈り物をしたいと望まれたのだからと、キム先生が空色のローブとそれに合わせた服一式を気に入られたと知ると、追加で仕立て屋に何着も服を作らせ魔法の授業の報酬の一部としてキム先生に贈られた。
 空色のローブ、若草色のローブ、春の日差しの様な明るい色のローブ、侯爵領にある迷宮から採取された特殊な素材で作られたそれらを着る様になったキム先生は、不愛想という印象は消え失せていた。

「そうですか、侍女頭殿はだいぶ辛い思いをされていた様だ。知っていますか、二種類の考え方をする人がいるのですよ。自分が辛い思いをしたから他人に優しくしようと、辛い思いをさせないようにと思う人と、自分よりも辛い目に合わせてやろうと考える人。侍女頭殿は前者なのでしょう。だからミルフィ様を心配し、パティを警戒した」

 それはパティは後者だという意味だろうか、私はあまりそういうことは敏くないと思う。
 多分こういうのはグレタの方が得意だ、彼女は他人の感情の変化に敏感でそれにどう対処したらいいかの判断も早いと思う。

「自分が信用されていないのに、それでも忠義を持って主人に仕え続けるのは他人が思うよりとても大変なことだったでしょう。それでも彼女は、勿論安易に仕事を辞められないというのもあったでしょうが、この家に仕え続けた。侯爵夫人を案じ、ミルフィ様を案じ、第二の子爵夫人を出さない様にと警戒し続けた。誰にも話さずにいたのは雇い主の不興を買って辞めさせられたら、この家を守れないと考えたからかもしれません」

 いつも厳しい顔で私達を見つめる侍女頭様の姿を思い出すと、その瞬間背筋が伸びる。
 彼女は、私が幼い頃に礼儀作法を習った家庭教師によく似ていると思う。
 貴族の女性は他人に隙を見せてはならないと、指先の動かし方まで厳しく指導してくれたその家庭教師の女性は、例えか弱き見た目をしていても、その中身は強くあるべきだとも私に教えてくれた。
 有事の際、泣いて動けない様ではいけない、妻として母として毅然とした態度でやらねばならぬ務めを果たさねばならないのだと。
 侍女頭様は、私の家庭教師が教えてくれた通り、この侯爵家を守るために自分の務めを果たそうとしていたのだろうか。
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