後悔はなんだった?

木嶋うめ香

文字の大きさ
上 下
113 / 164

なぜそんな事を?5 (キム先生視点)

しおりを挟む
「妹のために貰ったのではないのか?」

 呆然と侯爵は、多分誰に聞いたのでもなく呟いた。
 誰もがパティの行動に驚いて、信じられない思いだったのだと思う。

「うちは使用人だからといって、空腹で苦しむ様な食事をさせてはいない筈だ。そんな情けない行いをさせる様な、そんな酷い……」

 侯爵の人の良さ、育ちの良さが分かる言葉につい笑いそうになる。
 この人には理解できないのだろう、私にだって難しいが、納得出来なくても行動理由は分かる。

「空腹だからではありませんよ、侯爵」

 私の言葉に、侍女頭だけが頷く。
 ルーシーも、母親は後妻とはいえ伯爵家の令嬢として生まれている。彼女の所作はきちんと教育され身に付いたものに見えるから、どちらかと言えば今は侯爵よりの心境だろう。

「どういうことだ」
「空腹だから、行儀悪くそんな食べ方をしたのではありませんよ。多分ですがもっと菓子が食べたかったのでしょう。侯爵家の使用人は満足になれる量を食べられるのかもしれませんが、それでも菓子は使用人には贅沢品でしょうからね」

 魔法使いは大食らいだから、すぐに空腹になり周囲が呆れる程に食べる。
 私の体感だが、睡眠で回復出来る魔力と食事で回復する魔力は回復する種類が違う気がするのだ。
 だから睡眠と食事どちらも大切なのだと思うが、魔法使いは不眠気味な者も多く、そういう者は普通の魔法使いの倍以上に食べる。
 ミルフィ様も不眠気味、というより夢に魘されて熟睡出来ていない様だからどうしても食事で魔力回復するしかない。
 侯爵家の食事は迷宮産の魔素が多い食材を沢山使っているから良いが、普通の食材では一日中食べ続けても足りないと感じるかもしれない。
 だからミルフィ様が空腹から立喰いしても咎めようとは思わない、それが必要だからだ。
 でも、パティは違う。
 妹のためと言い自分の分け前以上を望み、それを妹に渡さずに自分が食べたのだ。しかも、人目をはばかりながら廊下で立喰いをして。
 なんて見苦しい、そんな風に食べて美味しいとか嬉しいとか思うものなのか、理解に苦しむ。

「それでは空腹なのではなく?」
「ええ、きっともっと食べたかったのですよ。失敗作だろうと、甘くて美味しい菓子を、妹にあげたいと嘘まで吐いて人の分を横取りしたのです」

 あまりの事に呆れながら、それでも子供ならそんなものかと考えて、すぐに否定する。
 毎日の食事を十分に食べられない平民ならともかく、菓子は無理でも十分な食事を用意されている立場、しかも元貴族ならそれが恥ずかしいことだと自覚出来ていなければおかしい。

「そんな、パティは妹を可愛がっているのに、普段から妹を幸せにしたいと口癖の様に言っているわ」

 侯爵夫人はそう言うが、それが事実なら一つしかない菓子を躊躇わずに食べた後で、もう一つ貰った菓子まで食べたりしないだろう。
 
「最初で最後、絶対にもう食べられないものなら兎も角、焼き菓子の一つや二つ食べられる機会はあるでしょうに、妹に渡さずに自分だけ食べてしまう。そんな人間か妹を思っているとは信じられませんがねぇ」

 どうもパティに厳しい感情を向けてしまいがちだが、単純に貰ったものを一人で食べてしまったのとは違い、妹にあげたいと強請ったくせに自分が食べてしまったのかという呆れが余計に厳しい目で見せてしまう。

「それで、侍女頭殿はその後どうしたのです?」
「……私は、あまりの事に驚きながらその場では何も言わず、パティの言動を見るようになりました」
「見るとは?」
「平気で嘘を吐く人間は、どんどん大きな嘘を吐く様になります。パティがおかしな事をしないか見張ろうと考えたのでございます」

 注意せずにそうしようと考えた理由は分からないが、侍女頭が長年使用人達を見てきた経験からの判断なのだろうか。

「それで、パティを見張るうちに、彼女が自分の可哀想さを誇示しているように感じる様になったというわけですね」

 私の問いかけに、侍女頭は真顔で頷いたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どんなに私が愛しても

豆狸
恋愛
どんなに遠く離れていても、この想いがけして届かないとわかっていても、私はずっと殿下を愛しています。 これからもずっと貴方の幸せを祈り続けています。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

家族に裏切られて辺境で幸せを掴む?

しゃーりん
恋愛
婚約者を妹に取られる。 そんな小説みたいなことが本当に起こった。 婚約者が姉から妹に代わるだけ?しかし私はそれを許さず、慰謝料を請求した。 婚約破棄と共に跡継ぎでもなくなったから。 仕事だけをさせようと思っていた父に失望し、伯父のいる辺境に行くことにする。 これからは辺境で仕事に生きよう。そう決めて王都を旅立った。 辺境で新たな出会いがあり、付き合い始めたけど?というお話です。

今日、大好きな婚約者の心を奪われます 【完結済み】

皇 翼
恋愛
昔から、自分や自分の周りについての未来を視てしまう公爵令嬢である少女・ヴィオレッタ。 彼女はある日、ウィステリア王国の第一王子にして大好きな婚約者であるアシュレイが隣国の王女に恋に落ちるという未来を視てしまう。 その日から少女は変わることを決意した。将来、大好きな彼の邪魔をしてしまう位なら、潔く身を引ける女性になろうと。 なろうで投稿している方に話が追いついたら、投稿頻度は下がります。 プロローグはヴィオレッタ視点、act.1は三人称、act.2はアシュレイ視点、act.3はヴィオレッタ視点となります。 繋がりのある作品:「先読みの姫巫女ですが、力を失ったので職を辞したいと思います」 URL:https://www.alphapolis.co.jp/novel/496593841/690369074

妹から私の旦那様と結ばれたと手紙が来ましたが、人違いだったようです

今川幸乃
恋愛
ハワード公爵家の長女クララは半年ほど前にガイラー公爵家の長男アドルフと結婚した。 が、優しく穏やかな性格で領主としての才能もあるアドルフは女性から大人気でクララの妹レイチェルも彼と結ばれたクララをしきりにうらやんでいた。 アドルフが領地に次期当主としての勉強をしに帰ったとき、突然クララにレイチェルから「アドルフと結ばれた」と手紙が来る。 だが、レイチェルは知らなかった。 ガイラー公爵家には冷酷非道で女癖が悪く勘当された、アドルフと瓜二つの長男がいたことを。 ※短め。

これでも全属性持ちのチートですが、兄弟からお前など不要だと言われたので冒険者になります。

りまり
恋愛
私の名前はエルムと言います。 伯爵家の長女なのですが……家はかなり落ちぶれています。 それを私が持ち直すのに頑張り、贅沢できるまでになったのに私はいらないから出て行けと言われたので出ていきます。 でも知りませんよ。 私がいるからこの贅沢ができるんですからね!!!!!!

笑わない妻を娶りました

mios
恋愛
伯爵家嫡男であるスタン・タイロンは、伯爵家を継ぐ際に妻を娶ることにした。 同じ伯爵位で、友人であるオリバー・クレンズの従姉妹で笑わないことから氷の女神とも呼ばれているミスティア・ドゥーラ嬢。 彼女は美しく、スタンは一目惚れをし、トントン拍子に婚約・結婚することになったのだが。

欲しがり病の妹を「わたくしが一度持った物じゃないと欲しくない“かわいそう”な妹」と言って憐れむ(おちょくる)姉の話 [完]

ラララキヲ
恋愛
 「お姉様、それ頂戴!!」が口癖で、姉の物を奪う妹とそれを止めない両親。  妹に自分の物を取られた姉は最初こそ悲しんだが……彼女はニッコリと微笑んだ。 「わたくしの物が欲しいのね」 「わたくしの“お古”じゃなきゃ嫌なのね」 「わたくしが一度持った物じゃなきゃ欲しくない“欲しがりマリリン”。貴女はなんて“可愛”そうなのかしら」  姉に憐れまれた妹は怒って姉から奪った物を捨てた。  でも懲りずに今度は姉の婚約者に近付こうとするが…………  色々あったが、それぞれ幸せになる姉妹の話。 ((妹の頭がおかしければ姉もそうだろ、みたいな話です)) ◇テンプレ屑妹モノ。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい。 ◇なろうにも上げる予定です。

処理中です...