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なぜそんな事を4 (キム先生視点)
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「侍女頭殿は何が言いたいのです?」
分からない振りをしながら、私は侍女頭に尋ねる。
使用人の娘が侯爵家の令嬢と同じドレスを仕立てるなんて出来る筈が無いから、今の話だけを聞けばパティは妹思いの優しい姉だと誰もが思うだろう。
パティが元男爵令嬢で父親が亡くなったため母親と二人でこの屋敷に雇われているという事情を知る者なら、成人前のパティが働いていることを気の毒に思う者もいるだろう。
平民なら余程裕福な家でもない限りパティと同い年の子供でも働くのは普通だが、パティは下級貴族の令嬢だったのだから、父親さえ生きていればのんびりと子供時代を過ごせただろう。
「先生は今の話でパティは優しいと思われたでしょう」
「そうですね。妹に綺麗な服を買ってあげたい。その為に自分が頑張ると決意する優しい姉だ」
「パティがそういった事を言うのが、パティに優しくしている者がいる時だけでもですか?」
今度は本当に分からなかった。
パティに優しくしている? それはつまりどういうことだろう。
「今の話は、私が少しその場から離れた時に下働きの女性としていたものです。私が居なかったから気を抜いたのでしょうね」
「仕事を怠けていたのですか」
「いいえ、一応服に皺が付かないように丁寧に畳んでいました。パティは先程の言葉を言った後で、自分の体に服を当て『お嬢様は一度もこの服をお召しになっていないのよ。注文した時はとても喜んでいらっしゃったのに、いざ出来上がって来たらもうこれは好きじゃなくなったから、別のドレスが欲しいと仰ったの。驚いたわ』と言いながら『私がこんな素敵なドレスを持っていたなら、体が大きくなって着られなくなるまで何度も何度も大切に着るのに、お嬢様は贅沢だわ。外出着を一枚も持っていないセザンヌが可哀相』と」
年頃の少女なら、綺麗なドレスを羨ましいと思うかもしれない。
だが、ミルフィ様がそんな我儘を言うだろうか。そもそも幼いミルフィ様がどんな外出着があるか把握しているものだろうか。
「失礼ですが、ミルフィ様はまだご自分でドレスを注文出来ませんよね?」
「ええ、私と彼女とジョゼットで必要な物を選んでいます。急な外出用に季節毎に数枚用意はしていても、ミルフィ―ヌはそういうドレスがあることすら知らない筈です」
「そうですよね。まだ三歳ですから」
「あの子が仕立て屋を呼んだのは、キム先生のローブ等を注文したのが初めてです。それもセドリックが夫に話をして実現したことですから、それまでミルフィーヌは服は仕立て屋を呼んで注文するのだということすら知らなかったと思いますわ」
侯爵夫人の説明に納得する。
だとすれば当然パティの前でドレスを注文して喜ぶことも、新しいドレスが欲しいと言うことも無い。
「なぜパティはそんな嘘、その言い方だとミルフィーヌが贅沢好きで考え無しに散財している様ではないか」
「分かりません。私が部屋に入ると二人は会話を止めてしまいましたから」
ミルフィ様がドレスを注文することは無いと知っている侍女頭の前で、そんな会話は出来ないだろう。
でも、なぜその時侍女頭はパティを叱らなかったのだろう。それに今の会話ではパティが健気な自分を誇示しているという様子は無かったと思う。
「……私がパティの話は何かおかしいと初めて感じたのは、見習い料理人が失敗して焦がした焼き菓子を一部の使用人に分けていた時です。見習いが菓子作りの練習で作ったものですから僅かな数しかありませんでした。それを一枚ずつ分けて、偶然その場にいたパティにも渡しました」
大きな屋敷では料理人の見習いもいるだろうし、練習で料理や菓子を作ることはあるだろうし当然一度で美味く作れるわけはないから失敗もする。
失敗作は主人家族に出すわけにはいかないから、使用人達で食べるのは許される話だ。
「パティはその場で躊躇いなくすべて食べてしまってから『こんな美味しいお菓子、セザンヌは食べた事ないわ。あの子にも食べさせてあげたい』と言い出したのです」
「……自分が食べてからですか?」
「ええ。私や他の女性使用人は離れたところでそれを頂いていて、パティは料理人達と一緒でした」
それはつまり、料理人に暗にもっと寄越せと言った様なものなのだろうか?
「それで?」
「見習いの料理人は、気が付かなくて悪かったと言って自分の分をパティに渡したのです」
「なるほど」
お菓子を貰ってつい食べてしまった後で、妹を思い出したのだろうか?
「私は呆れながら、見習いが自分の分を渡したのだからとその場では何も言いませんでしたが、人にものを強請る様な真似はしてはいけないと注意した方がいいと思い直し、お嬢様の部屋に戻る途中のパティに声を掛けようと追いかけました。そうしたら」
「そうしたら?」
「急にきょろきょろと辺りを見渡したので、私は咄嗟に柱の陰に隠れました。その瞬間パティは、見習いから貰った菓子を自分の口に入れたのです」
あまりな話に私は何も言えなくなってしまった。
それはこの部屋にいるすべての人間も同じだったのだ。
分からない振りをしながら、私は侍女頭に尋ねる。
使用人の娘が侯爵家の令嬢と同じドレスを仕立てるなんて出来る筈が無いから、今の話だけを聞けばパティは妹思いの優しい姉だと誰もが思うだろう。
パティが元男爵令嬢で父親が亡くなったため母親と二人でこの屋敷に雇われているという事情を知る者なら、成人前のパティが働いていることを気の毒に思う者もいるだろう。
平民なら余程裕福な家でもない限りパティと同い年の子供でも働くのは普通だが、パティは下級貴族の令嬢だったのだから、父親さえ生きていればのんびりと子供時代を過ごせただろう。
「先生は今の話でパティは優しいと思われたでしょう」
「そうですね。妹に綺麗な服を買ってあげたい。その為に自分が頑張ると決意する優しい姉だ」
「パティがそういった事を言うのが、パティに優しくしている者がいる時だけでもですか?」
今度は本当に分からなかった。
パティに優しくしている? それはつまりどういうことだろう。
「今の話は、私が少しその場から離れた時に下働きの女性としていたものです。私が居なかったから気を抜いたのでしょうね」
「仕事を怠けていたのですか」
「いいえ、一応服に皺が付かないように丁寧に畳んでいました。パティは先程の言葉を言った後で、自分の体に服を当て『お嬢様は一度もこの服をお召しになっていないのよ。注文した時はとても喜んでいらっしゃったのに、いざ出来上がって来たらもうこれは好きじゃなくなったから、別のドレスが欲しいと仰ったの。驚いたわ』と言いながら『私がこんな素敵なドレスを持っていたなら、体が大きくなって着られなくなるまで何度も何度も大切に着るのに、お嬢様は贅沢だわ。外出着を一枚も持っていないセザンヌが可哀相』と」
年頃の少女なら、綺麗なドレスを羨ましいと思うかもしれない。
だが、ミルフィ様がそんな我儘を言うだろうか。そもそも幼いミルフィ様がどんな外出着があるか把握しているものだろうか。
「失礼ですが、ミルフィ様はまだご自分でドレスを注文出来ませんよね?」
「ええ、私と彼女とジョゼットで必要な物を選んでいます。急な外出用に季節毎に数枚用意はしていても、ミルフィ―ヌはそういうドレスがあることすら知らない筈です」
「そうですよね。まだ三歳ですから」
「あの子が仕立て屋を呼んだのは、キム先生のローブ等を注文したのが初めてです。それもセドリックが夫に話をして実現したことですから、それまでミルフィーヌは服は仕立て屋を呼んで注文するのだということすら知らなかったと思いますわ」
侯爵夫人の説明に納得する。
だとすれば当然パティの前でドレスを注文して喜ぶことも、新しいドレスが欲しいと言うことも無い。
「なぜパティはそんな嘘、その言い方だとミルフィーヌが贅沢好きで考え無しに散財している様ではないか」
「分かりません。私が部屋に入ると二人は会話を止めてしまいましたから」
ミルフィ様がドレスを注文することは無いと知っている侍女頭の前で、そんな会話は出来ないだろう。
でも、なぜその時侍女頭はパティを叱らなかったのだろう。それに今の会話ではパティが健気な自分を誇示しているという様子は無かったと思う。
「……私がパティの話は何かおかしいと初めて感じたのは、見習い料理人が失敗して焦がした焼き菓子を一部の使用人に分けていた時です。見習いが菓子作りの練習で作ったものですから僅かな数しかありませんでした。それを一枚ずつ分けて、偶然その場にいたパティにも渡しました」
大きな屋敷では料理人の見習いもいるだろうし、練習で料理や菓子を作ることはあるだろうし当然一度で美味く作れるわけはないから失敗もする。
失敗作は主人家族に出すわけにはいかないから、使用人達で食べるのは許される話だ。
「パティはその場で躊躇いなくすべて食べてしまってから『こんな美味しいお菓子、セザンヌは食べた事ないわ。あの子にも食べさせてあげたい』と言い出したのです」
「……自分が食べてからですか?」
「ええ。私や他の女性使用人は離れたところでそれを頂いていて、パティは料理人達と一緒でした」
それはつまり、料理人に暗にもっと寄越せと言った様なものなのだろうか?
「それで?」
「見習いの料理人は、気が付かなくて悪かったと言って自分の分をパティに渡したのです」
「なるほど」
お菓子を貰ってつい食べてしまった後で、妹を思い出したのだろうか?
「私は呆れながら、見習いが自分の分を渡したのだからとその場では何も言いませんでしたが、人にものを強請る様な真似はしてはいけないと注意した方がいいと思い直し、お嬢様の部屋に戻る途中のパティに声を掛けようと追いかけました。そうしたら」
「そうしたら?」
「急にきょろきょろと辺りを見渡したので、私は咄嗟に柱の陰に隠れました。その瞬間パティは、見習いから貰った菓子を自分の口に入れたのです」
あまりな話に私は何も言えなくなってしまった。
それはこの部屋にいるすべての人間も同じだったのだ。
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