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なぜそんな事を3 (キム先生視点)
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「そうですか、ではその僅かな時間で子爵夫人はパティと親しくなったかもしれませんね」
今まで聞いていた子爵夫人の話から、彼女が使用人とすぐに打ち解ける印象はないが、何か目的があったのなら別かもしれない。
ジョゼットはミルフィ様の乳母としてこの屋敷に来ていたし、ジョゼットの娘のパティは年齢から将来ミルフィ様付きになる可能性が高い。子爵夫人がミルフィ様が生まれたばかり、いいやその前からもしかしたら害する計画を立てていたのなら、その計画のためにパティに近付いたと考えられるかもしれない。
「そんなに前から? でも、そうか妻の流産があの人の犯行だったとすれば十分考えられる」
私が推測したことを話すと、侯爵は難しい顔をしながら頷く。
「で、でも、お嬢様のことと私のことは別なのではありませんか? 私はなぜ子爵夫人からそんな風に言われていたのか分かりません」
「それは……キム先生?」
「考えるだけでもおぞましいですが、セドリック様のお顔は侯爵に良く似ています。侯爵に執着していたのなら侯爵の息子セドリック様にも執着していたのではないでしょうか」
想像するだけで胸の奥がムカムカとしてくるが、侯爵夫人に似た顔立ちのミルフィ様を虐待した理由を考えればそういうことになるのだろう。
侯爵の子だから愛しいのなら、男女関係なく可愛がると思う。
「執着、確かに彼女をセドリックからミルフィーヌの担当に変えようとした時にかなり嫌がっていた」
「それでもミルフィ様の家庭教師にしたのですね」
「ああ、彼女は侯爵家の嫡男を教えるには能力が少し低いと感じたが妻の友人だったし本人の強い希望もあり、子供達が幼い間だけ礼儀作法の師とするならいいかと雇ったのが始まりだ。セドリックには今数人の教師が付いているしミルフィーヌも同じ様に教育していくつもりだった」
幼い頃だけだからという判断は、駄目だと私は思っている。
最初に酷い師につくと、後々まで尾を引いてしまうのは私の経験から事実だと思う。
今セドリック様を教えている方々は皆優秀だが、ミルフィ様は子爵夫人がすべて教えて(実際には何も教えていなかった様だが)いたのだから、侯爵が決めたことはことごとく問題があったとしか思えない。
「それなのに、ミルフィ様には子爵夫人だけが師としてついていた」
「……ミルフィーヌは人見知りが酷くて他の人間では授業中に怯えるだろうと彼女に言われて、まだ基本的な勉強しかしないからとすべて彼女に任せてしまったんだ。私はミルフィ―ヌに確認せず、片方だけの意見を聞いて決めてしまった。ミルフィーヌは勉強嫌いで怠け者の我儘な子だという、子爵夫人の嘘を信じてしまって」
子爵夫人が言葉巧みに嘘を吹き込んでいたのか、侯爵夫妻があまりにも簡単に人を信じすぎたのか、おそらく両方なのだろうが、どちらにしろミルフィ様が気の毒過ぎる。
彼女はほんの少し前まで、両親は自分を信じてくれず、教師に虐待され、その挙句生まれた頃から自分の傍に居た使用人に裏切られたのだから。
まだたった三歳の幼い彼女が受けるには、もしこれが神の試練だったとしても過酷すぎる。
「侯爵、後悔しているのは分かりますが、それより今は考えなければならないことがあります」
「……そうだな。過去はもう変えられない。ミルフィーヌがこれ以上傷付かない様にしなければ」
そう言うものの、侯爵の目には力が無いように見える。
こんな弱い人間が広大な侯爵領を治めていて大丈夫なのか、と他人事ながら心配になる。
理由は分からないが、前侯爵は早々と爵位を彼に譲り領地で前侯爵夫人と暮らしているらしい。今の侯爵家の繁栄は前侯爵の手腕故なのかもしれないが、今後目の前の彼が上手くそれを次代に繋げられるかは分からないと思う。
「侍女頭殿、パティと話をしていて気になったのはその件だけですか? あなたはパティと話している時どの様に感じましたか?」
「……私はパティの言動が時折気になる時がありました。自分をとても可哀相な境遇にいると言わんばかりで、それでも健気に前向きに生きているのだと誇示している様に見えたのです」
侍女頭は誇示している様に見えたと言った。
誇示とは『得意になって見せる』という意味があるが、まさしく侍女頭にはそう見えていたのだろうか?
「それはどんな時ですか」
「そうですね、……最近ではミルフィーヌお嬢様の服の手入れを年嵩の下働きの女性と一緒にしている時でしたでしょうか。ミルフィーヌお嬢様はまだ外出されることが殆どありませんが、それでも急にそう言ったことがある時の為に外出着を用意してございます」
「そうですね。数日ではドレスを用意することは出来ませんから、念のための用意は必要でしょう」
リボンですら高級なものを気軽に購入する家だ、幼い令嬢とはいえ外出着となれば最高級の物になるだろう。
「その中には、一度も袖を通さないままミルフィーヌお嬢様の体の成長により寸法が合わなくなってしまうものがございます」
「そうでしょうね、子供の成長は早いですから」
ある程度成長を見越して大きめに作るかもしれないが、それでも大きすぎて着られない程のものを作る事はしないだろう。新品と同じ様な服でも寸法が合わなくなったらそれはしまい込み、新たに作ればいいだけなのだから。
「……パティは、そういった服を保管用の木箱に畳んで入れながらこう言ったのです『こんな素敵な服を、いつかスザンヌにも作ってあげられる様に、私もっと頑張らなくちゃ』と」
「それは優しい姉だ」
「ええ、下働きの女性もそう言っていました。パティは優しいし働き者だと」
だけど侍女頭はそうは思わなかった、そういう事だろうか?
今まで聞いていた子爵夫人の話から、彼女が使用人とすぐに打ち解ける印象はないが、何か目的があったのなら別かもしれない。
ジョゼットはミルフィ様の乳母としてこの屋敷に来ていたし、ジョゼットの娘のパティは年齢から将来ミルフィ様付きになる可能性が高い。子爵夫人がミルフィ様が生まれたばかり、いいやその前からもしかしたら害する計画を立てていたのなら、その計画のためにパティに近付いたと考えられるかもしれない。
「そんなに前から? でも、そうか妻の流産があの人の犯行だったとすれば十分考えられる」
私が推測したことを話すと、侯爵は難しい顔をしながら頷く。
「で、でも、お嬢様のことと私のことは別なのではありませんか? 私はなぜ子爵夫人からそんな風に言われていたのか分かりません」
「それは……キム先生?」
「考えるだけでもおぞましいですが、セドリック様のお顔は侯爵に良く似ています。侯爵に執着していたのなら侯爵の息子セドリック様にも執着していたのではないでしょうか」
想像するだけで胸の奥がムカムカとしてくるが、侯爵夫人に似た顔立ちのミルフィ様を虐待した理由を考えればそういうことになるのだろう。
侯爵の子だから愛しいのなら、男女関係なく可愛がると思う。
「執着、確かに彼女をセドリックからミルフィーヌの担当に変えようとした時にかなり嫌がっていた」
「それでもミルフィ様の家庭教師にしたのですね」
「ああ、彼女は侯爵家の嫡男を教えるには能力が少し低いと感じたが妻の友人だったし本人の強い希望もあり、子供達が幼い間だけ礼儀作法の師とするならいいかと雇ったのが始まりだ。セドリックには今数人の教師が付いているしミルフィーヌも同じ様に教育していくつもりだった」
幼い頃だけだからという判断は、駄目だと私は思っている。
最初に酷い師につくと、後々まで尾を引いてしまうのは私の経験から事実だと思う。
今セドリック様を教えている方々は皆優秀だが、ミルフィ様は子爵夫人がすべて教えて(実際には何も教えていなかった様だが)いたのだから、侯爵が決めたことはことごとく問題があったとしか思えない。
「それなのに、ミルフィ様には子爵夫人だけが師としてついていた」
「……ミルフィーヌは人見知りが酷くて他の人間では授業中に怯えるだろうと彼女に言われて、まだ基本的な勉強しかしないからとすべて彼女に任せてしまったんだ。私はミルフィ―ヌに確認せず、片方だけの意見を聞いて決めてしまった。ミルフィーヌは勉強嫌いで怠け者の我儘な子だという、子爵夫人の嘘を信じてしまって」
子爵夫人が言葉巧みに嘘を吹き込んでいたのか、侯爵夫妻があまりにも簡単に人を信じすぎたのか、おそらく両方なのだろうが、どちらにしろミルフィ様が気の毒過ぎる。
彼女はほんの少し前まで、両親は自分を信じてくれず、教師に虐待され、その挙句生まれた頃から自分の傍に居た使用人に裏切られたのだから。
まだたった三歳の幼い彼女が受けるには、もしこれが神の試練だったとしても過酷すぎる。
「侯爵、後悔しているのは分かりますが、それより今は考えなければならないことがあります」
「……そうだな。過去はもう変えられない。ミルフィーヌがこれ以上傷付かない様にしなければ」
そう言うものの、侯爵の目には力が無いように見える。
こんな弱い人間が広大な侯爵領を治めていて大丈夫なのか、と他人事ながら心配になる。
理由は分からないが、前侯爵は早々と爵位を彼に譲り領地で前侯爵夫人と暮らしているらしい。今の侯爵家の繁栄は前侯爵の手腕故なのかもしれないが、今後目の前の彼が上手くそれを次代に繋げられるかは分からないと思う。
「侍女頭殿、パティと話をしていて気になったのはその件だけですか? あなたはパティと話している時どの様に感じましたか?」
「……私はパティの言動が時折気になる時がありました。自分をとても可哀相な境遇にいると言わんばかりで、それでも健気に前向きに生きているのだと誇示している様に見えたのです」
侍女頭は誇示している様に見えたと言った。
誇示とは『得意になって見せる』という意味があるが、まさしく侍女頭にはそう見えていたのだろうか?
「それはどんな時ですか」
「そうですね、……最近ではミルフィーヌお嬢様の服の手入れを年嵩の下働きの女性と一緒にしている時でしたでしょうか。ミルフィーヌお嬢様はまだ外出されることが殆どありませんが、それでも急にそう言ったことがある時の為に外出着を用意してございます」
「そうですね。数日ではドレスを用意することは出来ませんから、念のための用意は必要でしょう」
リボンですら高級なものを気軽に購入する家だ、幼い令嬢とはいえ外出着となれば最高級の物になるだろう。
「その中には、一度も袖を通さないままミルフィーヌお嬢様の体の成長により寸法が合わなくなってしまうものがございます」
「そうでしょうね、子供の成長は早いですから」
ある程度成長を見越して大きめに作るかもしれないが、それでも大きすぎて着られない程のものを作る事はしないだろう。新品と同じ様な服でも寸法が合わなくなったらそれはしまい込み、新たに作ればいいだけなのだから。
「……パティは、そういった服を保管用の木箱に畳んで入れながらこう言ったのです『こんな素敵な服を、いつかスザンヌにも作ってあげられる様に、私もっと頑張らなくちゃ』と」
「それは優しい姉だ」
「ええ、下働きの女性もそう言っていました。パティは優しいし働き者だと」
だけど侍女頭はそうは思わなかった、そういう事だろうか?
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