後悔はなんだった?

木嶋うめ香

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夢か現実か分からない

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「……ミルフィーヌ、私達もそんなに若くないのだからそろそろ夫だけでなくお前も領地に戻っておいで。王都は社交の時期だけくればいいのだから」

 お父様が私に言うけれど、幼い頃から王都で暮らしていた私にはスフィール侯爵家が代々治めている場所だとしても領地は慣れないところでしかない。

「でもオーレンス子爵夫人が私は領地には行かない方がいいと」

 両手でハンカチを弄びながらお父様から視線をそらすと「子爵夫人はもうお前の家庭教師では無いし、彼女は年老いているからお前の側にいるのも難しいのだよ」とため息交じりに言われてしまう。

「お前が領地に戻らなくてもレムフリードは私と一緒に帰るだろう?」
「はい、義父上。まだ領地運営で義父上から学ばねばならぬところが沢山あります。あまり賢くない私では義父上のご期待に沿えないところも多いですが、どうぞよろしくお願い致します」

 夫のレムフリードはお父様と領地に帰るのが嬉しいのか、私と会話するよりも楽しそうな声で話している。
 彼は、兄様が亡くなり私が跡継ぎになるしかなかったため急遽私の相手に選ばれた人だ。元々婚約していた人は嫡男だったから婿にはなれなかった。私の代わりに父方のハトコが彼と婚約し数年前に嫁いでいった。
 彼は私よりハトコと縁づいた事が嬉しい様だったけれど、それはそうだろうこんなつまらない女、私だって結婚相手にするのは嫌だ。

「ミルフィーヌ、君も一緒に行こう。子供達もその方が喜ぶよ」

 レムフリードはお父様の前だからそう言うけれど、子供達は私には全く懐いていないから私がいない方が嬉しいだろうし、レムフリードだってそうだ。
 元の婚約者と同じ、彼だって私が妻なのは気に入らないのだ。

「そうだよ、ミルフィーヌ親子が離れて暮らすのは良く無い。勿論夫婦だってそうだよ」
「そうよ、ミルフィーヌ。お父様が仰る通り私達と共に領地に帰りましょう」

 両親の説得に私は曖昧に頷くだけ、だって皆が本当は私と一緒に居たくないのを知っているから。
 亡くなったのが兄様では無く私だったら良かったと、陰で両親が言っていたのを私は知っているのだ。
 子供達は私よりパティと一緒にいる方を喜んでいる、家庭教師との勉強の後過ごすのもパティが良いと言っているのを知っている。
 お母様も時々パティとお茶の時間を過ごしているし、レムフリードは自分の夜会服の準備や子供達が友人を招いて開く茶会についての相談をパティにしているのを知っている。
 私が侯爵家の夫人として至らないから、頼りなさ過ぎるから私の侍女のパティを女主人の代わりとに頼るのだ。
 そして両親にとって、パティは実の娘の私よりも娘扱いしたい人なのだ。

「分かりました、一緒に領地に行きます。でも私だけすぐに王都に戻るかもしれないことは覚えていて下さい」
「……良かった。ミルフィーヌ、君が領地を好きになるように私が素敵な場所を案内するよ」

 結婚して数年で、夫レムフリードは領地に慣れたのだろう。
 侯爵家の実の娘なのに、領地を良く知らない私よりも彼の方が詳しい。
 私は数える程しか、領地に行ったことはないのに彼は社交の時期以外は領都にある侯爵家の屋敷で子供達と両親と暮らしているのだから当然だろう。

「そうね、ミルフィ―ヌ。レムフリードは領民と仲が良いのよ。子供達も一緒に出掛けるといいわ」

 お母様が嬉しそうに言うけれど、私は領地に向かうのが憂鬱でしかなかった。




「……あれ?」

 目を開くと、私の顔を覗き込む兄様の顔が見えた。

「ミルフィ、良かった気が付いたんだね。ガスパール先生! ミルフィを診て、ミルフィが目を開けました!」

 兄様の顔はとても幼い。
 兄様は数年前に亡くなった筈なのに、どうしてだろう。

「ミルフィ、ぼんやりしてどうしたの?」
「……ミルフィ?」

 兄様がミルフィなんて私を呼んだことがあっただろうか、体を起こそうとするけれど怠くて起き上がることが出来ないのは何故なんだろう。

「ミルフィ駄目だよ、急に起き上がるなんて」
「ミルフィお嬢様、熱が下がったばかりなのですから」
「そうよ、ミルフィ。無理をしないで」
「そうだよ、ああ喉が渇いているのかな? ガスパール先生水を飲ませてあげてもいいでしょうか」
「ミルフィ様、ガスパール先生が診るまでお水は我慢出来ますか?」

 私の名を呼びながら、ベッドの近くに集まって来る人達。
 兄様、ガスパール先生、お母様、お父様、キム先生、皆が私の名を呼び心配している。

「ミルフィ? ミルフィ、どうして」

 さっきまで私は大人だったのに、両親と夫と領地に帰る話をしていたのは夢だったの?

「ミルフィは熱を出して意識を失っていたんだよ。熱が下がって良かった」

 お父様が言うけれど、それではあれは眠っている間に見た夢だったのだろうか。
 いいや、あれは夢じゃない。
 以前の私の記憶だ、私は意識を失っている間に全部思い出したのだ。
 兄様が亡くなり、急に婚約者が変更になり、私が跡継ぎとなった。
 兄様を亡くした両親の悲しみ、結婚相手が変更になり喜んでいた元婚約者、新しく婚約者となったレムフリードは私と親しくなる前に僅かな婚約期間で結婚した。

「熱? どうして?」

 なぜ熱を出したのか、その時何をしていたのかよく覚えていない。
 でも、悲しい気持ちだったのは覚えている。
 悲しくて、辛くて、そして以前の私の悲しさを思い出した。
 
 ああ、あれはやっぱり夢じゃない。
 あれは、以前の私の記憶だったのだ。

 孤独だと自覚出来ない程の孤独、誰も自分を必要にしていない。
 夫も子供達も両親も、誰も。
 それは過去の私の話、では今は?

 お嬢様は幸せになんかなれませんよ、だから一人なのです。
 誰もあなたを必要としていない、誰も。

 パティの声が耳に残る。
 いつパティが私に言った言葉だろう。
 子爵夫人が私を責める、私は出来損ないだと。
 両親が嘆く、私が死ねば良かった。なぜ亡くなったのがセドリックだったのかと。

 悲しい辛い寂しい、辛い辛い辛い。
 誰か助けて、私が何を言っても辛いと言っても誰も助けてくれないの。
 夫に側にいて欲しいと言っても、夫は側にいてくれなかった。
 皆がパティの言葉を信じるの、私が何を言っても私の言葉は誰にも届かないの。

「ミルフィ?」
「……」

 それは過去? それとも今の私も同じ?
 私の声は誰にも届かない。私の悲しさも寂しさも誰も理解せず、私ではなくパティを信じる?

「それなら……言葉なんて」

 いらない。

 私は兄様に手を伸ばし、そしてそのまま意識を手放した。
 兄様が私の手を握ってくれたのかどうか、それすら分からないまま私は目を閉じた。
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