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駄目な私を慰める人6
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「甘える?」
ルーシーの声から、彼女が戸惑っているのが分かる。
メイドはそのルーシーを笑いながら、得意気に話し始める。
「あなたはあまり男性使用人達と話をしないから知らなかった? パティってあの年にしてはかなりしたたかよ」
小さく笑うメイドの声が不愉快でたまらない。
以前の私が苦手な社交界、あまりお茶会などに呼ばれることは無かったがそれでも招待状を貰ったら嫌々でも出席しなければならなかったあの場所で、この不快な笑い方を良くされていた。
あの頃の私には社交界に味方がいなかった。兄様が亡くなりすっかり精神的に老いてしまった両親は殆ど社交界に出なくなり領地に引きこもり領地運営だけをするようになっていたから、私に社交界の渡り方について与えていたのは子爵夫人だった。
それは今思えば、私が不利になるような、間違った知識だった気がする。
多分、子爵夫人は私と両親を意図的に引き離していたのだろう。
今のミルフィのことだって、嘘ばかり子爵夫人は両親に話をして私が勉強嫌いで我儘な怠け者だと言葉巧みに思い込ませていたのだ。
彼女は私の教師になって一年弱しか関わっていなかったのに、それでも両親は子爵夫人の嘘に騙されていたのだから、以前の私の状況であれば両親は私ではなく子爵夫人の言う事が正しいと信じ込んでいたであろうことはあり得る話だ。
子爵夫人は巧みに両親の心に入り込み、私の嘘を吹き込んでいった。
もしかしたら両親にしたのと同じ様に、社交界でも私が不利になる噂を広げていたのかもしれない。
「したたか?」
「このお屋敷は旦那様も奥様も優しいし、ご主人様が優しいから上級使用人も皆優しいじゃない。私、以前別のお屋敷に勤めたことがあるけれど、待遇が全然違うのよぉ。あなたはここしか勤めたことが無いし、最初からセドリック様付きだから分からないでしょうけどね」
どうもこのメイドはルーシーと仲があまり良くないのかもしれない。
メイドの言い方には随分と棘がある様に感じる。
「そうね、私は恵まれていると思うわ。セドリック様はとても優しい方ですもの」
「そうよ、恵まれているわ。でもそれってパティだってそうよ。知識もない平民になった元男爵家のまだ成人前の子供が、幼いとはいえお嬢様付のメイド見習いなんて、普通ならありえないでしょ」
「それは、ジョゼットさんの傍で働ける様に奥様が気遣って下さったからでしょう?」
ルーシーの声はだいぶ小さいが、メイドの声は段々高くなっている。
私が二人の話に聞こえない振りをしていなければ、耳を塞ぎたくなるくらいにメイドの声は不愉快だ。
「そうよ。ジョゼットさんはとても善人だし、こっちが心配になるほどお人よしだから、奥様はジョゼットさんが安心して働ける様に気を遣って下さってるのよね。だけどそれをパティは自分の立場を上手く利用しているのよ。私ねぇ見ちゃったの、パティが執事見習いの彼に相談してるところ」
「相談?」
「ええ、お嬢様は自分にだけ意地悪をするとか、いい子になった振りをしてるとか、とても辛いけれど妹のために頑張って働くんだってさ。彼に慰められながら、話を聞いて貰えるだけで元気になりますとかなんとか言ってたわね」
くすくすと笑いながら、メイドはルーシーに話をしているけれど私は冷静でいられなかった。
私がいつパティに意地悪をしたというのだろう、いい子になった振りなんてしたことはない。
「そんなことをパティが?」
「そうよ。彼以外にも何人かにそういう話をしているわ。先日はお嬢様が違うものが食べたいと癇癪を起していると大袈裟にしょげ返っていたのよ。こんなに美味しそうなお菓子をいらないと言う気持ちが分からない。許されるなら妹に食べさせてあげたい。って執事見習いの彼と料理人に訴えていたわ。あの子自分が優しいって言いたいのか、なにかにつけ自分の妹にこうしてあげたいああしてあげたいっていうのよね」
パティは妹を可愛がっているし、あの部屋にいつも一人でいる妹を不憫に思っているのだろう。
そこに嘘はないと信じたい。
それにしてもお菓子の話というのは、パティがわざとお菓子の皿をひっくり返した時の事を言っているだろうか、パティは執事見習いに私が我儘を言っていると訴えこのメイドもその話を聞いていたのか。
「あの子以前から自分を良く見せるために、小さな問題を大袈裟にいうところもあったわ。だからお菓子の件は本当なのかしらって興味があったの」
「お嬢様の話、それは違うわ」
意地悪く笑いながら言うメイドに、私が否定するのは出来ないけれどどうしたらいいだろうと悩んでいたら、ルーシーがきっぱりと否定した。
「あら、ルーシーはお嬢様を庇うの?」
「……私がその場を見ていたとパティは気が付いていないと思うけれど、実は私その場を見ているの。……なぜあんな事をしたのか分からないけれど、パティは自分でお菓子が盛られた皿をひっくり返して、すぐに取り換えて来ると言ったのよ」
「ルーシーがそれを見たの? あなたお嬢様の部屋に行く用事なんてあった?」
「あの時セドリック様からお嬢様をお部屋にお送りする様に言いつかって、私は部屋の中に入らなかったけれど扉を閉めようとした時に見えたのよ。お嬢様の部屋は扉からテーブルが見えるでしょう?」
嘘だ。
ルーシーにパティがお菓子を床に落としたと話はしたし、パティからルーシーは嘘の話を聞かされていた様だけれど、ルーシー自身はパティがお菓子を落としたところは見ていない。
「私にはわざとそれをした様に見えたから奥様にお話しした方がいいかと悩んで、その場ではパティに言わずにセドリック様のところに戻ろうとしたの。そしたらお嬢様の部屋から出て来たパティがあなたが今言ったことと同じことを私に言ったの。もしかしてわざとではなくパティは本当に手をすべらせて、失態を隠そうとしてるのかしらって思って様子を見ようかと思っていたのだけど、そんな嘘を広めていたなんて」
嘘だ、ルーシーは嘘を言って私を庇おうとしている。
そんな事しても、ルーシーの得になることなんか何もないのに、なぜ私を庇うのか分からない。
ルーシーの声から、彼女が戸惑っているのが分かる。
メイドはそのルーシーを笑いながら、得意気に話し始める。
「あなたはあまり男性使用人達と話をしないから知らなかった? パティってあの年にしてはかなりしたたかよ」
小さく笑うメイドの声が不愉快でたまらない。
以前の私が苦手な社交界、あまりお茶会などに呼ばれることは無かったがそれでも招待状を貰ったら嫌々でも出席しなければならなかったあの場所で、この不快な笑い方を良くされていた。
あの頃の私には社交界に味方がいなかった。兄様が亡くなりすっかり精神的に老いてしまった両親は殆ど社交界に出なくなり領地に引きこもり領地運営だけをするようになっていたから、私に社交界の渡り方について与えていたのは子爵夫人だった。
それは今思えば、私が不利になるような、間違った知識だった気がする。
多分、子爵夫人は私と両親を意図的に引き離していたのだろう。
今のミルフィのことだって、嘘ばかり子爵夫人は両親に話をして私が勉強嫌いで我儘な怠け者だと言葉巧みに思い込ませていたのだ。
彼女は私の教師になって一年弱しか関わっていなかったのに、それでも両親は子爵夫人の嘘に騙されていたのだから、以前の私の状況であれば両親は私ではなく子爵夫人の言う事が正しいと信じ込んでいたであろうことはあり得る話だ。
子爵夫人は巧みに両親の心に入り込み、私の嘘を吹き込んでいった。
もしかしたら両親にしたのと同じ様に、社交界でも私が不利になる噂を広げていたのかもしれない。
「したたか?」
「このお屋敷は旦那様も奥様も優しいし、ご主人様が優しいから上級使用人も皆優しいじゃない。私、以前別のお屋敷に勤めたことがあるけれど、待遇が全然違うのよぉ。あなたはここしか勤めたことが無いし、最初からセドリック様付きだから分からないでしょうけどね」
どうもこのメイドはルーシーと仲があまり良くないのかもしれない。
メイドの言い方には随分と棘がある様に感じる。
「そうね、私は恵まれていると思うわ。セドリック様はとても優しい方ですもの」
「そうよ、恵まれているわ。でもそれってパティだってそうよ。知識もない平民になった元男爵家のまだ成人前の子供が、幼いとはいえお嬢様付のメイド見習いなんて、普通ならありえないでしょ」
「それは、ジョゼットさんの傍で働ける様に奥様が気遣って下さったからでしょう?」
ルーシーの声はだいぶ小さいが、メイドの声は段々高くなっている。
私が二人の話に聞こえない振りをしていなければ、耳を塞ぎたくなるくらいにメイドの声は不愉快だ。
「そうよ。ジョゼットさんはとても善人だし、こっちが心配になるほどお人よしだから、奥様はジョゼットさんが安心して働ける様に気を遣って下さってるのよね。だけどそれをパティは自分の立場を上手く利用しているのよ。私ねぇ見ちゃったの、パティが執事見習いの彼に相談してるところ」
「相談?」
「ええ、お嬢様は自分にだけ意地悪をするとか、いい子になった振りをしてるとか、とても辛いけれど妹のために頑張って働くんだってさ。彼に慰められながら、話を聞いて貰えるだけで元気になりますとかなんとか言ってたわね」
くすくすと笑いながら、メイドはルーシーに話をしているけれど私は冷静でいられなかった。
私がいつパティに意地悪をしたというのだろう、いい子になった振りなんてしたことはない。
「そんなことをパティが?」
「そうよ。彼以外にも何人かにそういう話をしているわ。先日はお嬢様が違うものが食べたいと癇癪を起していると大袈裟にしょげ返っていたのよ。こんなに美味しそうなお菓子をいらないと言う気持ちが分からない。許されるなら妹に食べさせてあげたい。って執事見習いの彼と料理人に訴えていたわ。あの子自分が優しいって言いたいのか、なにかにつけ自分の妹にこうしてあげたいああしてあげたいっていうのよね」
パティは妹を可愛がっているし、あの部屋にいつも一人でいる妹を不憫に思っているのだろう。
そこに嘘はないと信じたい。
それにしてもお菓子の話というのは、パティがわざとお菓子の皿をひっくり返した時の事を言っているだろうか、パティは執事見習いに私が我儘を言っていると訴えこのメイドもその話を聞いていたのか。
「あの子以前から自分を良く見せるために、小さな問題を大袈裟にいうところもあったわ。だからお菓子の件は本当なのかしらって興味があったの」
「お嬢様の話、それは違うわ」
意地悪く笑いながら言うメイドに、私が否定するのは出来ないけれどどうしたらいいだろうと悩んでいたら、ルーシーがきっぱりと否定した。
「あら、ルーシーはお嬢様を庇うの?」
「……私がその場を見ていたとパティは気が付いていないと思うけれど、実は私その場を見ているの。……なぜあんな事をしたのか分からないけれど、パティは自分でお菓子が盛られた皿をひっくり返して、すぐに取り換えて来ると言ったのよ」
「ルーシーがそれを見たの? あなたお嬢様の部屋に行く用事なんてあった?」
「あの時セドリック様からお嬢様をお部屋にお送りする様に言いつかって、私は部屋の中に入らなかったけれど扉を閉めようとした時に見えたのよ。お嬢様の部屋は扉からテーブルが見えるでしょう?」
嘘だ。
ルーシーにパティがお菓子を床に落としたと話はしたし、パティからルーシーは嘘の話を聞かされていた様だけれど、ルーシー自身はパティがお菓子を落としたところは見ていない。
「私にはわざとそれをした様に見えたから奥様にお話しした方がいいかと悩んで、その場ではパティに言わずにセドリック様のところに戻ろうとしたの。そしたらお嬢様の部屋から出て来たパティがあなたが今言ったことと同じことを私に言ったの。もしかしてわざとではなくパティは本当に手をすべらせて、失態を隠そうとしてるのかしらって思って様子を見ようかと思っていたのだけど、そんな嘘を広めていたなんて」
嘘だ、ルーシーは嘘を言って私を庇おうとしている。
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