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駄目な私を慰める人4
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ルーシーに抱っこされながら隣の部屋に入った後も、私はしょんぼりと俯いていた。
本当は使用人の前でこんな風に感情をさらけ出していることも良く無いのは、嫌になるほど分かっている。
以前は大人だったけれど、私は大人だった以前の方が今より感情の起伏が激しかったというのもあるし、何より幼い今のミルフィと精神が混ざり合っているせいで上手く気持ちを隠せなくなっている。
応接室にはメイドが一人控えていた。
テーブル近くに、お菓子を盛ったワゴンが置いてあり扉近くの壁際にはいつでもお茶が入れられる様に道具が揃えられている。
兄様の寝室の隣のこの部屋は一応応接室だけど、現在の兄様は親しい友人を屋敷に呼ぶことが無いのでほぼ私と兄様のくつろぎの場になっているから、私達が希望した時に対応出来るようになっているのだろう。
ただ、私の部屋にはこういったものは置いていない。部屋も兄様の方が広いし調度品も立派だ。それはお父様達が兄様を贔屓しているのではなく、兄様がこの家の跡継ぎだからだと、今の私はちゃんと理解している。
「ルーシー、おきがぇは?」
「その前に、少しだけ何か召し上がりませんか」
ルーシーか優しく微笑みながら私にそう言うと、私の返事を待たずに部屋にいた他のメイドが素早く動きだす。
「お嬢様、温めた魔牛の乳に入れるのは蜂蜜と苺のジャムどちらがよろしいですか?」
ルーシーに抱っこされたままの私に、名前を知らないメイドがたずねる。
ここにいるのだから兄様付きのメイドだと思うけれど、初めて見る顔だと思う。
兄様付きは男女共に数名ずついるけれど、そういえば私はルーシーとしか話をしたことがなかったかもしれない。
「……いちご」
答えたものの知らない人に警戒してしまい、ルーシーにしがみつく手に力が入る。
メイドには何の罪もないけれど、知らない女性は何となく怖く感じてしまう。
キム先生の時はそう思わなかったから、知らない女性をそう思ってしまうのだろうか。
「畏まりました」
私の態度は良くなかっただろうに、メイドは表情を変えることなくテーブルに茶器を一人分置いてジャムを入れた後、ポットから魔牛の乳を注ぐ。
あのポットは保温出来る魔道具だと思うけれど、そんなにすぐに温められない筈だ。
もしかすると、ルーシーが部屋に来る前から準備していたのだろうか。
「お菓子は何をお取りしますか?」
「……えと。おにぃちゃま、ねてりゅのにミルフィだけ、いいにょ?」
ルーシーにソファーに座らせてもらってすぐ、メイドが声を掛けてくるから確認する。
テーブルは沢山の焼き菓子が盛られたお皿が置いてあるけれど、部屋の主がいないのにいいのだろうかと今更不安になった。
「ミルフィ、まて……」
兄様が起きるまで待てると言おうとしたのに、お腹が鳴ってしまうから、とっさに両手でお腹を押さえる。
「う……ごめんにゃさい」
比較的慣れたルーシーは兎も角、初めて会うメイドの前での失態に泣きたくなる。
お腹は鳴るし、相変わらず口は上手く動かないから滑舌が悪い。
「セドリック様はまだお休みされていますから、お嬢様だけでお召し上がり下さいませ。料理長が先程届けてくれたばかりの焼き菓子です。まだ温かいものもございますよ」
ルーシーがそう言ってくれて、魔力不足のせいで空腹な私は内心ホッとするけれど、行儀良く食べられるか不安になる。
「もし、他のお菓子の方がよろしいのであれば料理長に伝えて参りますが」
沢山食べすぎて知らないメイドに驚かれないようにしようと決心しながら、菓子を選ぼうとしたところでメイドが変なことを言い出した。
テーブルの上には沢山のお菓子があるのに、なぜ他のものが、等言うのだろう。
「おかし、たくしゃんありゅよ? どれもミルフィのしゅきなのよ?」
首を傾げてメイドを見ると、何となく不満そうに見えて、私はこのメイドに以前何かしたのだろうかと不安になる。
たぶん私は兄様と違って、元々使用人達からの評判は良くないのだと思う。
我儘だったし、すぐに癇癪も起こしていたからいい感情を持たれなくても当然だ。
子爵夫人のことを全ての使用人に話している筈はないし、理由を知らなければ私は最近少し大人しくなった程度の我儘令嬢という認識しかないだろう。
「おいしいにょ、ミルフィどれもしゅき。えとねミルフィはね」
私への印象が元々悪くても、こんなに沢山ある菓子を前に他のものが良いと言いだすかもしれないなんて、そんな風に思われているのは辛い。
料理人の作るお菓子はどれも私の好みを考えて作られているからとても美味しいし、魔法を使う度に恐ろしく空腹になる私には、量もたっぷりと常に用意されているのは、とてもありがたいことなのだ。
それを我儘を言って他のものを作らせるなど、するはずがない。
「これがしゅき、こっちもしゅき。これはねきのみがたくしゃんはいっていりゅの。これははちみちゅのケーキ、それでこれはね、なかにジャムがはいっててあまぁいのよ」
好きだと言ったものをルーシーがお皿にのせてくれるから、私はにこにこと笑って食べる。
どれも迷宮産の食材を使っているから、飲みこむとすぐに魔力に変わって私の体を満たしてくれる。
お腹が満たされていく幸福に、頬を両手でおさえながら微笑んでしまう。
「お嬢様、時々飲み物もお飲み下さいね」
「はぁい」
行儀良く、しかしかなりの速さでお菓子を食べる私を見て、メイドは目を丸くしている。
「お菓子おいしいって言ってね、ルーシー」
かなりの量を食べた後、やっと魔力も回復し始めたのか滑舌も元に戻ってきた。
魔牛の乳も飲み干して、ほぅと息を吐く。
「料理長に必ず伝えます。お嬢様がとてもお喜びでしたと」
私がルーシーに伝言を頼むと、ルーシーは心得たとばかりに微笑む。
私達のやり取りを、メイドが驚きの目で見ていたけれど、空腹が満たされつつあることに安堵していた私はメイドの態度を追求はしなかった。
本当は使用人の前でこんな風に感情をさらけ出していることも良く無いのは、嫌になるほど分かっている。
以前は大人だったけれど、私は大人だった以前の方が今より感情の起伏が激しかったというのもあるし、何より幼い今のミルフィと精神が混ざり合っているせいで上手く気持ちを隠せなくなっている。
応接室にはメイドが一人控えていた。
テーブル近くに、お菓子を盛ったワゴンが置いてあり扉近くの壁際にはいつでもお茶が入れられる様に道具が揃えられている。
兄様の寝室の隣のこの部屋は一応応接室だけど、現在の兄様は親しい友人を屋敷に呼ぶことが無いのでほぼ私と兄様のくつろぎの場になっているから、私達が希望した時に対応出来るようになっているのだろう。
ただ、私の部屋にはこういったものは置いていない。部屋も兄様の方が広いし調度品も立派だ。それはお父様達が兄様を贔屓しているのではなく、兄様がこの家の跡継ぎだからだと、今の私はちゃんと理解している。
「ルーシー、おきがぇは?」
「その前に、少しだけ何か召し上がりませんか」
ルーシーか優しく微笑みながら私にそう言うと、私の返事を待たずに部屋にいた他のメイドが素早く動きだす。
「お嬢様、温めた魔牛の乳に入れるのは蜂蜜と苺のジャムどちらがよろしいですか?」
ルーシーに抱っこされたままの私に、名前を知らないメイドがたずねる。
ここにいるのだから兄様付きのメイドだと思うけれど、初めて見る顔だと思う。
兄様付きは男女共に数名ずついるけれど、そういえば私はルーシーとしか話をしたことがなかったかもしれない。
「……いちご」
答えたものの知らない人に警戒してしまい、ルーシーにしがみつく手に力が入る。
メイドには何の罪もないけれど、知らない女性は何となく怖く感じてしまう。
キム先生の時はそう思わなかったから、知らない女性をそう思ってしまうのだろうか。
「畏まりました」
私の態度は良くなかっただろうに、メイドは表情を変えることなくテーブルに茶器を一人分置いてジャムを入れた後、ポットから魔牛の乳を注ぐ。
あのポットは保温出来る魔道具だと思うけれど、そんなにすぐに温められない筈だ。
もしかすると、ルーシーが部屋に来る前から準備していたのだろうか。
「お菓子は何をお取りしますか?」
「……えと。おにぃちゃま、ねてりゅのにミルフィだけ、いいにょ?」
ルーシーにソファーに座らせてもらってすぐ、メイドが声を掛けてくるから確認する。
テーブルは沢山の焼き菓子が盛られたお皿が置いてあるけれど、部屋の主がいないのにいいのだろうかと今更不安になった。
「ミルフィ、まて……」
兄様が起きるまで待てると言おうとしたのに、お腹が鳴ってしまうから、とっさに両手でお腹を押さえる。
「う……ごめんにゃさい」
比較的慣れたルーシーは兎も角、初めて会うメイドの前での失態に泣きたくなる。
お腹は鳴るし、相変わらず口は上手く動かないから滑舌が悪い。
「セドリック様はまだお休みされていますから、お嬢様だけでお召し上がり下さいませ。料理長が先程届けてくれたばかりの焼き菓子です。まだ温かいものもございますよ」
ルーシーがそう言ってくれて、魔力不足のせいで空腹な私は内心ホッとするけれど、行儀良く食べられるか不安になる。
「もし、他のお菓子の方がよろしいのであれば料理長に伝えて参りますが」
沢山食べすぎて知らないメイドに驚かれないようにしようと決心しながら、菓子を選ぼうとしたところでメイドが変なことを言い出した。
テーブルの上には沢山のお菓子があるのに、なぜ他のものが、等言うのだろう。
「おかし、たくしゃんありゅよ? どれもミルフィのしゅきなのよ?」
首を傾げてメイドを見ると、何となく不満そうに見えて、私はこのメイドに以前何かしたのだろうかと不安になる。
たぶん私は兄様と違って、元々使用人達からの評判は良くないのだと思う。
我儘だったし、すぐに癇癪も起こしていたからいい感情を持たれなくても当然だ。
子爵夫人のことを全ての使用人に話している筈はないし、理由を知らなければ私は最近少し大人しくなった程度の我儘令嬢という認識しかないだろう。
「おいしいにょ、ミルフィどれもしゅき。えとねミルフィはね」
私への印象が元々悪くても、こんなに沢山ある菓子を前に他のものが良いと言いだすかもしれないなんて、そんな風に思われているのは辛い。
料理人の作るお菓子はどれも私の好みを考えて作られているからとても美味しいし、魔法を使う度に恐ろしく空腹になる私には、量もたっぷりと常に用意されているのは、とてもありがたいことなのだ。
それを我儘を言って他のものを作らせるなど、するはずがない。
「これがしゅき、こっちもしゅき。これはねきのみがたくしゃんはいっていりゅの。これははちみちゅのケーキ、それでこれはね、なかにジャムがはいっててあまぁいのよ」
好きだと言ったものをルーシーがお皿にのせてくれるから、私はにこにこと笑って食べる。
どれも迷宮産の食材を使っているから、飲みこむとすぐに魔力に変わって私の体を満たしてくれる。
お腹が満たされていく幸福に、頬を両手でおさえながら微笑んでしまう。
「お嬢様、時々飲み物もお飲み下さいね」
「はぁい」
行儀良く、しかしかなりの速さでお菓子を食べる私を見て、メイドは目を丸くしている。
「お菓子おいしいって言ってね、ルーシー」
かなりの量を食べた後、やっと魔力も回復し始めたのか滑舌も元に戻ってきた。
魔牛の乳も飲み干して、ほぅと息を吐く。
「料理長に必ず伝えます。お嬢様がとてもお喜びでしたと」
私がルーシーに伝言を頼むと、ルーシーは心得たとばかりに微笑む。
私達のやり取りを、メイドが驚きの目で見ていたけれど、空腹が満たされつつあることに安堵していた私はメイドの態度を追求はしなかった。
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