後悔はなんだった?

木嶋うめ香

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駄目な私を慰める人3

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 あまりの空腹に目が覚めてすぐに飛び起きて、隣に眠っている筈の兄様を探した。

「お兄ちゃま?」

 静かに眠っている兄様に体調確認の魔法を掛けて生命力はいつもより少しだけ低いものの、他は目立った不調がないと確認出来て安堵の息を吐く。

「良かった。……ん?」

 口の中の違和感に、行儀が悪いと思いながら人差し指を入れて確認すると、奥の歯が欠けたのか小さな欠片に触れた。

「……」

 歯の治療はしたことがないけれど、どうしたら良いのだろう。
 先程意識を集中している時に奥歯を噛み締めていたから、力が入りすぎていたのかもしれないけれどそれに至った理由を誰かに話したら、兄様に魔法を掛けるのを禁止されるかもしれない。
 私がお父様達に見限られるのは今更だけれど、魔法を禁止されて兄様の体に不調が出るようになったらどれだけ後悔しても足りない。

「おなかしゅいた」

 今後の事を考えようとしても、空腹過ぎて上手く考えがまとまらない。
 それどころか、目眩までし始めてしまうし、上手く口が動かないのか滑舌も悪くなってきた。

「よびりん……」

 兄様の体を超えなければ、呼び鈴には手が届かない。眠りの魔法の効果は既に切れているだろうからそんなことをすれば兄様は目を覚ましてしまうだろう。
 兄様は十分な睡眠が必要だ、どれだけ私達が眠っていたか分からないけれど、体に負担を掛けてしまった兄様を沢山休ませなければいけない。
 くううと小さくお腹が鳴って、思わず両手でお腹を押さえる。
 魔力をほぼ使い切ったのだから、空腹なのは当然だ。睡眠でいくらか回復はしているようだけれど、禁忌魔法で兄様に移した生命力の分も、たぶん体は回復しようとしているのだ。
 今すぐ何か食べたい、食べないと空腹で倒れてしまうかもしれない。
 多分隣の部屋には何か食べるものが置いてある筈だと思いついたらもう我慢が出来なかった。

「おりてみりゅ?」

 そろそろと、足元の方へベッドを四つん這いで移動する。
 兄様を起こさないようにそっと進み、ベッドの端まで来たはいいものの、私の体の大きさでは一人ではベッドから下りられない。
 私の部屋のベッドも大きいけれど、兄様のはもっと大きいのだからうっかり落ちてしまえば怪我をするかもしれない。

「うぅんと」

 体の向きを変えうつ伏せになって足を下ろしたらどうだろう? と考え、早速向きを変え両手をベッドについて足を下ろそうとしたところで控えめに扉を叩く音がした。

「……失礼致します。まあ……」

 扉を叩き少し待った後、小声で声を掛けながら扉を開けたのはルーシーだった。

「るーしぃ」

 私は肩越しにルーシーを見て、情けないところを見られてしまったとしょげ返る。
 貴族の子供は、一人でこんなふうに下りたりしてはいけない。使用人が来るまで待つか、呼び鈴を鳴らし使用人を呼ばなければならない。一人でベッドから下りようとして、万が一があれば使用人が罰を受けることになる。
 私は、幼い子どもについている使用人が一番やって欲しくないことをしていたのだ。

「お嬢様、セドリック様はまだ眠っていらっしゃるのですね?」

 ルーシーの声に返事をしたのは、くううというお腹の音だった。
 ルーシーはそっと近付き、私を抱き上げてそのまま部屋を出た。

「……まさか、セドリック様を起こさないように、呼び鈴を鳴らさずにお一人で?」

 私の行動を理解したのだろうルーシーの問いかけに、私は情けなさと恥ずかしさで俯きながら、コクリと頷く。
 行動の理由をルーシーが知ったところで、普通なら注意を受けることをしようとしていたのだから「よばにゃくてごめんなちゃい」と謝るしかなかった。
 呼び鈴を鳴らし誰かを呼べない状況だったとしても、兄様ならどれだけお腹が空いていても一人でベッドから下りようとしたりせずルーシー達が来るのを待っていただろう。
 それなのに私はお腹が空きすぎて我慢が出来なかったのだ。それが恥ずかしくて仕方ない。

「お嬢様はお兄様思いですね」

 ルーシーは優しく言うけれど私は恥ずかしさから顔が上げられないし、兄様の命を危険にさらした私は兄様思いだなんて言われる資格はない。

「ミルフィ、だめにゃ子、わりゅい子なにょ」
「まあ、どうしてそんなことを仰るのですか?」
「だって……」

 駄目なことしか思いつかないのに、お腹だけはくうくうと鳴り続けるのが情けない。
 空腹のあまり口が思う様に動かせなくて、滑舌が悪いのも情けない。
 情けなさすぎて泣きたくなる。
 魔力を沢山使ったとしても、こんなに節操無しに鳴らなくてもいいのではないだろうか。

「おにゃかなるの……おぎょうぎわりゅい」

 恥ずかしいと思うのに、人気のない廊下に無情に音が響くから泣きたくなる。
 もしも子爵夫人が今この場にいたら、どれだけ叱責されたことだろうと、想像するだけで体が震えてしまう。
 いいや、子爵夫人じゃなく、ここにお父様やお母様がいても行儀の悪さに眉をひそめるだろう、そして思うのだ「やっぱりミルフィは出来の悪い、セドリックとは違う駄目な子だ」と。
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