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駄目な私を慰める人2
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「あっ!」
魔法が発動してすぐ、私は自分の失敗を悟った。
私は魔力を込めすぎただけでなく、滋養魔法と強壮魔法、二つの魔法を一度に掛けてしまったのだ。
簡単な治癒魔法であれば、ガスパール先生は一つを詠唱しながらもう一つを無詠唱で治癒魔法を発動することはあるらしい。だが、滋養魔法も強壮魔法も簡単な魔法ではない。
滋養魔法、強壮魔法どちらも、患者の体調を探りながら込める魔力量を決めて慎重に発動しなければならない、とても繊細な魔力操作が必要な魔法だ。
それなのに、私は焦るあまり最大の魔力で二つ同時に魔法を発動してしまったのだ。
意識しても私は今まで魔法の同時発動など出来なかったのに、なぜこうなってしまったのか分からない。
でも今は理由を考えるより兄様だ。
兄様の体を絶対に害するわけにはいかないのだから、なんとかしなければ。
「ううっ」
兄様が苦しげな声をあげる様子を見つめながら、私は徐々に込める魔力を減らしながら、魔法を止める準備に入った。
滋養魔法も強壮魔法も魔法が発動してから少しの間効果が続く、ある程度生命力が高ければ最大の魔力で発動した魔法でも効果が切れるまで見守ればいいだけだけれど、兄様の生命力はとても低い。
体調確認の魔法では数値では確認できないが、例えば私の生命力を百として兄様の生命力は十あるかないかだと思う。もしかしたらそれよりも低いかもしれない。
強壮魔法の効果の一つに、患者の血の巡りを良くし体を作るもととなるものを体の隅々にまで行き渡らせる。体を作るもととなるものは通常であれば食事で体内に取り込むが、兄様の場合は滋養魔法で体内にそれを注いでいる。
もっと生命力があれば強力な魔力を込めた滋養魔法と強壮魔法の同時発動でも問題はほぼ無いけれど、今の兄様の体は、過剰な魔力を込めてしまった魔法で全速力で走った時みたいな負担を体に強いている。
兄様の体には負担が掛かり過ぎているのだ。だから一刻でも早く魔法の威力を落とさなければいけないが、でも一気に落とすわけにはいかない。
強壮魔法の効果が切れてしまえば、体の巡りの速度が一気に落ちてしまい心臓の動きを止めてしまう可能性まで出て来てしまう。だから込める魔力を徐々に減らし、ゆっくりと体の巡りの速度を落として行かないといけないのだ。
「ハァハァハァ」
苦しそうな息を吐く兄様を見て、冷たい汗が背中に伝うのを感じる。
焦らないで、魔力を調整して。
徐々に徐々に込める魔力を減らしていく、焦っては駄目だと少しずつ少しずつと自分に言い聞かせながら減らしていく。
「ハァッハァッハァッ」
兄様の呼吸はどんどん荒くなっていき、体が震え始める。
過剰な魔力が兄様の体に急速に巡って兄様を苦しめている。その恐ろしさに逃げ出したくなるけれど、今私が逃げてしまえば兄様の体がどうなるか分からない。
焦らないで、大丈夫、私は出来る。
自分に言い聞かせ、魔力を減らす。
涙がこぼれるけれど、集中を切らしては駄目だから歯を食いしばり嗚咽を堪える。
兄様を苦しめたいなんて思わないのに、兄様を助けたいだけなのに、どうして私はこんなことをしてしまったのだろう。
いつだって私は兄様にとって害でしかないのか、ほんの少し動揺しながら魔法を発動しただけで兄様をこんな風にしてしまうなんて、私はなんて駄目な子なのだろう。
兄様、ごめんなさい。頑張るから、私の命を削ってでも兄様の体を守るから、絶対に守るから今だけ耐えて、お願い!!
「ふううぅ」
涙を流しながら、歯を食いしばりながら魔力の操作をし続け、どれだけ時間が経ったか分からない。
漸くいつもの魔力まで込める量を減らし終え、さらに量を減らして魔法を終わらせることが出来た。
「治癒魔法……それじゃだめ」
体調確認の魔法を使った後、暫し考え治癒魔法を発動しようとして、禁忌の魔法に切り替える。
今の兄様を救うには、禁忌魔法『命移し』を使う以外方法はない。
なにせ、体調確認の魔法で兄様の生命力は殆ど残っていないと分かったのだ。
瀕死、その言葉が頭に浮かんだ瞬間、ブルブルと頭を振りその言葉を振り払う。
死なせない、兄様を助ける。何があっても。
「私の生命力の半分、それじゃ多すぎる? いつもの兄様の生命力程度を」
急に生命力を増やしたら、また兄様の体が過剰に反応してしまうかもしれない。
最終的に私の生命力を全て移すにしても、まずは徐々に徐々にだ。
心の中で禁忌の魔法を詠唱し、今私の体に残っている魔力の殆どを使い発動し、私の生命力の一部を兄様の体に移動する。
初めて使う魔法だけれど、絶対に失敗はしないと心に念じる。
術者の生命力の一部を患者に移動させる魔法は、治癒魔法の中では禁忌とされる魔法だ。
以前の私が偶然覚え、でも誰かに使ったことはなかった。
この魔法を使った後、術者から移動した分の生命力が術者が食事や睡眠等で戻せるのかどうか分かっていない。最悪は術者の生命力が減ったまま戻らずに、体を弱める事になるかもしれない。だから禁忌とされている魔法だった。
私の体が弱くなるかもしれない、だけど私はそれでも構わなかった。
兄様を救えるなら、兄様が元気になるなら私の体なんてどうなっても構わない。
神様、おばあ様お願い、兄様を守って。
祈りながら禁忌魔法を発動すると、すぐに淡い光に兄様が包まれ始め、ふわふわと光が揺れる。私の体から伸びる光の線が兄様を包み、その光が兄様の体に入っていく。
薄暗い部屋で、その光がただ一つの希望の様に見えて、私はまた涙をこぼす。
「死なせない、絶対に元気にしてみせる」
呼吸が落ち着きすやすやと寝息を立て始めた兄様の寝顔に、私は誓う。
もう二度と失敗しない、絶対に兄様を元気にしてみせる。
そのためなら、なんだってする。
涙で歪んだ視界の中兄様の寝顔を見つめながら、魔力を使い切った私は意識を失った。
魔法が発動してすぐ、私は自分の失敗を悟った。
私は魔力を込めすぎただけでなく、滋養魔法と強壮魔法、二つの魔法を一度に掛けてしまったのだ。
簡単な治癒魔法であれば、ガスパール先生は一つを詠唱しながらもう一つを無詠唱で治癒魔法を発動することはあるらしい。だが、滋養魔法も強壮魔法も簡単な魔法ではない。
滋養魔法、強壮魔法どちらも、患者の体調を探りながら込める魔力量を決めて慎重に発動しなければならない、とても繊細な魔力操作が必要な魔法だ。
それなのに、私は焦るあまり最大の魔力で二つ同時に魔法を発動してしまったのだ。
意識しても私は今まで魔法の同時発動など出来なかったのに、なぜこうなってしまったのか分からない。
でも今は理由を考えるより兄様だ。
兄様の体を絶対に害するわけにはいかないのだから、なんとかしなければ。
「ううっ」
兄様が苦しげな声をあげる様子を見つめながら、私は徐々に込める魔力を減らしながら、魔法を止める準備に入った。
滋養魔法も強壮魔法も魔法が発動してから少しの間効果が続く、ある程度生命力が高ければ最大の魔力で発動した魔法でも効果が切れるまで見守ればいいだけだけれど、兄様の生命力はとても低い。
体調確認の魔法では数値では確認できないが、例えば私の生命力を百として兄様の生命力は十あるかないかだと思う。もしかしたらそれよりも低いかもしれない。
強壮魔法の効果の一つに、患者の血の巡りを良くし体を作るもととなるものを体の隅々にまで行き渡らせる。体を作るもととなるものは通常であれば食事で体内に取り込むが、兄様の場合は滋養魔法で体内にそれを注いでいる。
もっと生命力があれば強力な魔力を込めた滋養魔法と強壮魔法の同時発動でも問題はほぼ無いけれど、今の兄様の体は、過剰な魔力を込めてしまった魔法で全速力で走った時みたいな負担を体に強いている。
兄様の体には負担が掛かり過ぎているのだ。だから一刻でも早く魔法の威力を落とさなければいけないが、でも一気に落とすわけにはいかない。
強壮魔法の効果が切れてしまえば、体の巡りの速度が一気に落ちてしまい心臓の動きを止めてしまう可能性まで出て来てしまう。だから込める魔力を徐々に減らし、ゆっくりと体の巡りの速度を落として行かないといけないのだ。
「ハァハァハァ」
苦しそうな息を吐く兄様を見て、冷たい汗が背中に伝うのを感じる。
焦らないで、魔力を調整して。
徐々に徐々に込める魔力を減らしていく、焦っては駄目だと少しずつ少しずつと自分に言い聞かせながら減らしていく。
「ハァッハァッハァッ」
兄様の呼吸はどんどん荒くなっていき、体が震え始める。
過剰な魔力が兄様の体に急速に巡って兄様を苦しめている。その恐ろしさに逃げ出したくなるけれど、今私が逃げてしまえば兄様の体がどうなるか分からない。
焦らないで、大丈夫、私は出来る。
自分に言い聞かせ、魔力を減らす。
涙がこぼれるけれど、集中を切らしては駄目だから歯を食いしばり嗚咽を堪える。
兄様を苦しめたいなんて思わないのに、兄様を助けたいだけなのに、どうして私はこんなことをしてしまったのだろう。
いつだって私は兄様にとって害でしかないのか、ほんの少し動揺しながら魔法を発動しただけで兄様をこんな風にしてしまうなんて、私はなんて駄目な子なのだろう。
兄様、ごめんなさい。頑張るから、私の命を削ってでも兄様の体を守るから、絶対に守るから今だけ耐えて、お願い!!
「ふううぅ」
涙を流しながら、歯を食いしばりながら魔力の操作をし続け、どれだけ時間が経ったか分からない。
漸くいつもの魔力まで込める量を減らし終え、さらに量を減らして魔法を終わらせることが出来た。
「治癒魔法……それじゃだめ」
体調確認の魔法を使った後、暫し考え治癒魔法を発動しようとして、禁忌の魔法に切り替える。
今の兄様を救うには、禁忌魔法『命移し』を使う以外方法はない。
なにせ、体調確認の魔法で兄様の生命力は殆ど残っていないと分かったのだ。
瀕死、その言葉が頭に浮かんだ瞬間、ブルブルと頭を振りその言葉を振り払う。
死なせない、兄様を助ける。何があっても。
「私の生命力の半分、それじゃ多すぎる? いつもの兄様の生命力程度を」
急に生命力を増やしたら、また兄様の体が過剰に反応してしまうかもしれない。
最終的に私の生命力を全て移すにしても、まずは徐々に徐々にだ。
心の中で禁忌の魔法を詠唱し、今私の体に残っている魔力の殆どを使い発動し、私の生命力の一部を兄様の体に移動する。
初めて使う魔法だけれど、絶対に失敗はしないと心に念じる。
術者の生命力の一部を患者に移動させる魔法は、治癒魔法の中では禁忌とされる魔法だ。
以前の私が偶然覚え、でも誰かに使ったことはなかった。
この魔法を使った後、術者から移動した分の生命力が術者が食事や睡眠等で戻せるのかどうか分かっていない。最悪は術者の生命力が減ったまま戻らずに、体を弱める事になるかもしれない。だから禁忌とされている魔法だった。
私の体が弱くなるかもしれない、だけど私はそれでも構わなかった。
兄様を救えるなら、兄様が元気になるなら私の体なんてどうなっても構わない。
神様、おばあ様お願い、兄様を守って。
祈りながら禁忌魔法を発動すると、すぐに淡い光に兄様が包まれ始め、ふわふわと光が揺れる。私の体から伸びる光の線が兄様を包み、その光が兄様の体に入っていく。
薄暗い部屋で、その光がただ一つの希望の様に見えて、私はまた涙をこぼす。
「死なせない、絶対に元気にしてみせる」
呼吸が落ち着きすやすやと寝息を立て始めた兄様の寝顔に、私は誓う。
もう二度と失敗しない、絶対に兄様を元気にしてみせる。
そのためなら、なんだってする。
涙で歪んだ視界の中兄様の寝顔を見つめながら、魔力を使い切った私は意識を失った。
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