後悔はなんだった?

木嶋うめ香

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駄目な私を慰める人1

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「……あれ?」

 目を開けると、眠っている誰かの顔が見えた。
 薄暗い部屋でその誰かが、兄様だと気が付いた瞬間、驚きの声を出さない様に慌てて両手で自分の口を塞ぐ。
 確か私はいつもの様に兄様に魔法を掛けるため兄様の部屋にいたけれど、リボンの件を相談していてまだ魔法は掛けていなかった。
 魔法を掛けた後兄様が眠ってしまうことは度々あったし、魔法を沢山使うと私は空腹が我慢できない程酷くなるし疲れて眠くなることもある。
 だけど、今日はまだ魔法は使っていなかった。それなのに、どうして眠っていたのだろう。
 横たわったまま窓の方へ視線を向けると、カーテンの隙間から日差しが差し込んでいるのが見えるから、まだ昼間なのだと思うけれど、兄様は調子が良く無いのだろうかと考えて今日はまだ魔法を掛けていないからだと思いついてしまった。

「お兄ちゃま、ごめんなさい」

 魔法を毎日掛けているお陰で、最近の兄様の体は一見調子が良いように見える。
 でもそれは魔法が効いているからで、魔法を掛けない日があると翌日の兄様の顔色はとても悪くなってしまう。
 魔法は兄様の体の負担にならない様に弱いものを、一日に何度も掛けている。兄様の生命力はとても弱くて、強い魔法に耐えられないのだ。
 だから魔法の効果は持って数刻、毎晩眠る前に掛けていても朝にはその効果は切れてしまうというのに、今日は一度も魔法を掛けていないのだ。
 それなのに、私のリボンの事で兄様に余計な心配を掛けた上、魔法を掛けずに眠ってしまうなんて、私はなんということをしてしまったのだろう。
 私の魔法で体が楽になることを知ってしまった兄様は、魔法が切れてしまったら以前より不調が辛い筈、それなのに私は自分のことを優先してしまったのだ。
 なにより優先すべきは兄様のお体なのに、私はなんていうことをしてしまったのだろう。
 私なんかの為に、兄様を辛い目に合わせてしまったなんて。

「手、冷たい」

 兄様の手を握ると、寸前まで氷を掴んでいたかの様に兄様の手は冷え切っていた。
 兄様の寝室は暖房の魔道具でどんなに寒い日でも暖められている。それなのに、毛布の中に包まっていても冷たい兄様の手の温度に、体調を崩す前兆なのかと不安になりながら兄様を起こさない様に眠りの魔法を掛けてから体調鑑定の魔法を掛けてみる。
 ジョゼットの怪我を治した時に確認に使った初歩の体調鑑定魔法と違い、今掛けたのは上級の体調鑑定魔法だ。
 あの時は幼い体で魔法を使うのが難しくて初歩のものしか使えなかったけれど、何度も兄様に魔法を掛けていく内に魔力操作の腕があがり、以前の私が使えなかった魔法まで習得し使いこなせる様になっていた。

「ひろう? どうして?」

 私が眠っている間に兄様は長く歩いたか何かしたのだろうか、理由は分からないけれど兄様の体は疲労が酷く、そのせいなのか喉の奥がかなり腫れている様だった。
 このままの状態を放っておくと、高熱が出てしまうかもしれない。
 元々兄様は生命力がとても低いし、少し無理をすると喉が腫れて頭痛がし始め熱を出すのだ。
 さらに細かく確認する為、

「どうしよう、先生いないのに」

 頭だけ持ち上げて部屋の中を見渡すけれど、ルーシー達の姿は見えない。
 私達がぐっすり眠っているから、眠りを妨げない様に隣の部屋に控えているのかもしれない。

「魔法、どうしよう」

 治癒魔法は先生達が一緒でないと使ってはいけないと約束させられている。
 でも、すぐに魔法を掛けないと兄様の症状はどんどん悪くなるかもしれない。

「大丈夫、私は出来る」

 ルーシーを呼びキム先生を連れて来てもらうべきなのは分かっているけれど、あまりにも冷たい兄様の手と体調確認の魔法の結果に私は気が急いていた。
 実は私は元々魔法使いとしてかなりの能力があるようだと、キム先生が教えてくれた。
 それを聞いて思い出したのだが、以前の私は魔法の練習を怠けていてもそれなりに治癒魔法が使えていた。それは元々魔法使いとしての力があったせいなのだろう。
 それなのに練習を怠けていたせいで、以前の私は兄様を救えなかったのだ。
 あの時兄様の傍にいた者の中で治癒魔法が使えたのは私だけだったのに、いくら私が成人前だったとはいえあの頃真面目に治癒魔法を勉強していなかった私は碌な魔法が使えなかった。
 怠けずに勉強してさえいれば、治癒師が到着するまで兄様の命を繋ぐくらいの事は出来たというのに、私が怠けていたせいで以前の兄様は命を失ってしまったのだ。
 キム先生は魔法の勉強を頑張っている私を励ます為私の魔法の能力について教えてくれたのかもしれないが、私は以前の私の罪を自覚して青くなった。
 私が兄様の命を縮めてしまったのだ、過去の兄様の未来を奪ったのは私なのだ。

「兄様、魔法掛けるね」

 以前の私の罪を思い出すと、辛くてたまらなくなる。
 だからこそ、ほんの少しでも今の兄様を苦しめたくない。
 キム先生の話を聞いてから、余計に私は魔法の勉強にのめり込んだ。
 魔法使いとしての能力が高いとキム先生が教えてくれた通り、私の魔法の腕はどんどん上達していった。魔法の勉強をキム先生とガスパール先生の指導の下必死に努力した結果、最初ガスパール先生が私に使わせようとして詠唱が難しく出来なかった体調鑑定の魔法を無詠唱で使えるまでになった。
 初歩の体調鑑定魔法は元々詠唱が無いが、ガスパール先生が使っている体調鑑定の魔法は最上級の物で「神の光よ慈しみ深き神の愛よ、すべてを照らし目の前に現せ、弱気もの悪しきもの、すべて現せ」ととても子供が噛まずに詠唱出来る様なものではない。

「大丈夫よ、すぐに治してあげるから」

 治癒魔法を患者に使う時、一番大切なのは術者の平常心だ。
 それを何度も何度もキム先生とガスパール先生に言われていたのに、私はあまりにも冷たすぎる兄様の手に慌てていて、自分が冷静さを失っていると気がついていなかった。

「大丈夫よ、お兄ちゃま」

 体の弱い、弱すぎる兄様に強い魔法は厳禁、それも理解していたのに私は過剰な魔力を込めて治癒魔法を使ってしまったのだった。
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