後悔はなんだった?

木嶋うめ香

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セドリックの提案とキム先生の提案5 (キム先生視点)

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「セドリック様、今一番気をつけなければならないのは、パティの動向です。次に使用人達がミルフィ様をどの様に認識しているか、ですがこちらはルーシーさんが調べてくれると決まりましたから、その結果次第で対応しましょう」

 ルーシーを一時的にミルフィ様付きにしたいというのは、まだ侯爵達に伝えていないがミルフィ様の担当が足りていないのは明白だから許可されるだろう。
 パティの近くに常にルーシーがいることで、盗み等の悪さの抑制になればいいが、パティが自分だけ立場を良くし周囲を蹴落としたいと考えている場合は、ルーシーも被害にあうかもしれない。

「ルーシーがミルフィ付きになるだけでは駄目?」
「パティの考えが把握できていない今、最悪の場合のことも考えて動かないといけないかと」

 最悪の場合が想像出来ないのか、セドリック様はルーシーに助けを求める様に視線を向ける。
 この辺りはセドリック様もまだ子供なのだと安心しながら、ルーシーはどう考えるだろうと私も彼女を見る。
 パティは貴族の頃の感覚が中途半端に残り、人に仕えているという意識が薄い。ルーシーの様に貴族家から行儀見習いという扱いでこの屋敷に勤めている者達もいるから勘違いしているのかもしれないがパティの場合、すでに立場は平民といってもいいだろう。
 だが、まだ貴族令嬢であるルーシーは、自身をセドリック様に仕える使用人だと自覚し行動している様に見えるが、平民と言っていいパティは、ミルフィ様が貴族令嬢として自分の上にいることに不満がある様に見える。
 これは、私が子供の頃に周囲にいた令嬢にパティの言動が似ているからついそう見てしまうのかもしれないが、なんていうかパティは少し利己的な考え方をしている様に見える。
 例えば、自分だって男爵家の令嬢として育ったのに成人前から働いていて、ミルフィ様は贅沢な暮らしをしていて狡い。綺麗なリボンだっていくらでも買ってもらえて狡い。自分はお仕着せばかり着ているのに……等考えているような気がするのだ。

「ルーシーさん、こんな事を聞くのは失礼だと思いますが教えて下さい。あなたは行儀見習いでこちらに来ているので籍はまだご実家にありますよね」
「はい、兄が正式に爵位を継いだらどうなるか分かりませんが、まだ籍はございます。父が亡くなっただけで妹を嫁がせることなく除籍するのは、外聞が悪いですから」
「では、パティはどうなのでしょう」

 この国の法律では、結婚後爵位を持った夫又は妻が亡くなった場合、その伴侶は自分の子供が跡継ぎのままなら貴族でいられるが、爵位を継いだ者に跡継ぎになれるものがいる場合は実家の籍に戻ることになる。その時実家に戻れない場合は平民となる。
 母親が嫁ぎ先に残っている場合、爵位を継げない子供は成人後は籍を抜け平民になることになるが、それは成人すればそれを理由に籍を抜くことが出来るというだけで、普通は結婚まで籍を家に置いておく。平民になってしまえば貴族家と縁づかせるのが難しくなるからだ。
 
「パティは多分平民になっているかと」
「そうですか」

 男爵だった夫が亡くなり夫の弟が家を継ぎ家を出され、実家にも戻れなかったのだからそうだろう。
 つまり、パティとルーシーではこの家にいる立場がだいぶ違うということだ。
 セドリック様付きは多分そういう行儀見習いの様な立場でこの家に来ている者ばかりで、長女のミルフィ様は元貴族で今平民の者が二人だけというのは、様々な理由があったとしても酷い。
 体は弱いが頭が良い跡継ぎのセドリック様と、我儘で癇癪持ちだと思われていたミルフィ様、それが実の親でも、いいや親だからこそ心の奥底で優先順位を決めてしまっていたのかと、つい勘繰りたくなる。
 乳母を決めた時に事情があったとしても、産まれてからミルフィ様付きを増やすことはいくらでも出来た筈なのになぜそうしなかったのか。生まれた直後から子爵夫人が邪魔していたのだろうか?
 パティの母親ジョゼットが善良だったから良かったが、これが家庭教師の子爵夫人の様な狡猾な性格だったら、ミルフィ様の心の傷はもっと酷かっただろう。

「先生?」
「セドリック様。パティがリボンを盗んだ理由が、綺麗なリボンを持っているミルフィ様が羨ましかったという理由なら、どう罰しますか?」

 本当なら優しい使用人に囲まれて幸せに育っていた筈のミルフィ様の境遇を思い、考えに没頭していたのをごまかす様に、セドリック様にある可能性を伝える。
 私がパティと過去に私が苦手だった令嬢に重ねて悪く見ていただけで、実はパティはただミルフィ様が持っている綺麗なリボンが羨ましかった。だから盗んでしまい、それをルーシーに見つかって咄嗟に嘘をついてしまった。それだけなら、ただ一度の過ちだと許してもいいのかもしれない。
 その可能性を示唆すると、セドリック様は「羨ましい、それだけで盗むことはあるの?」と首を傾げながらルーシーに聞いた。

「……そうですね、自分が欲しくても手に入らないものが目の前にあったら、盗んでも欲しいと考える人もいるのかもしれませんが、私はそれは悲しい考えだと思います。盗んで手に入れてもそれは盗んだもので、本当に自分のものにはならないと思いますから」

 いつも微笑みを絶やさずセドリック様に仕えているルーシーには珍しく、へにょりと眉尻を下げ答える姿に、何か辛いことを思い出させたのだろうかと心配になる。
 私は侯爵家に来るまで、人と深く関わることをせずに生きてきたから、話の途中でこういう顔をされるととても戸惑ってしまう。

「……僕はパティが何を考えてリボンを盗んだのか分からない。僕が羨ましいと思うのは、絶対に盗んだり出来ないものだから、羨ましいから盗むという考えが分からないんだ」
「セドリック様?」
「僕はずっとミルフィが羨ましかった。元気に動き大声を上げられるミルフィがとても羨ましかった。僕は少しむりしただけで熱を出して苦しいのに、苦い薬を我慢して飲み続けても元気になれないのに。ミルフィは勉強を嫌がり好き嫌いをしてるのが嫌だった。……でも、本当はミルフィはずっと苦しんでた。僕よりもずっとずっと。それなのに僕は元気なミルフィを羨ましくて、狡いって思ってて……」

 セドリック様はひくっと喉を鳴らすと、ミルフィ様を抱きしめた。

「ミルフィごめんね、気が付かなくて、僕は優しく無かった。ミルフィが辛い思いをしてるなんて知らなくて、だから僕は……ごめんね」

 セドリック様は、ミルフィ様を抱きしめながら泣き続け、私とルーシーはそれを見ているしかなかった。
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