後悔はなんだった?

木嶋うめ香

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ミルフィの行動の理由(キム先生視点)

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「ミルフィ!」
「お嬢様っ!」

 ミルフィ様は話の途中で頭が痛いと言い始め、意識を手放してしまった。

「すぐにガスパール先生を呼んできて!」

 セドリック様の指示にメイドのルーシーが部屋を出て行こうとするが「待ってください」と止める。
 繊細な子どもが精神的な苦痛等で頭痛などを起こすことは良くあることで、これは私も幼いころに経験がある。

「ミルフィ様の呼吸は問題ありません。私も簡易的な魔法は出来る様になりましたから、まず私が確認して見ましょう」

 セドリック様を宥めながら意識を失った体をソファーに寝かせ、身体状態確認の簡易魔法を掛ける。
 ガスパール先生の使う上級治癒魔法は、適性の無い私には覚えられなかったが、下級治癒魔法である簡易魔法であれば無理矢理だったが習得出来た。
 セドリック様をミルフィ様が治療する際二人の傍にいる私が出来た方が望ましいから、二人には内緒でガスパール先生に教わったのだ。
 
「……ミルフィは」
「意識を失っているだけです。ミルフィ様はとても繊細なのですね、心に負担が多く掛かるとお体を守る為に意識を失ってしまうのでしょう」

 ずっと自分の近くにいた者から裏切られたのだから、家庭教師だった子爵夫人の時以上に心に傷を受けたのかもしれない。
 こんな小さな体で受け止めるには、どちらもキツイことだ。

「体を守る為に意識を失う」
「幼いセドリック様に詳しくお話をしていいものか悩むところですが、もし問題があると判断された場合は遠慮なく止めて頂けますか」

 どうも私はその辺の配慮に欠けているらしいから、ルーシーに向かい頼むと彼女は頼もしく頷いてくれた。

「まず前提として、毎日魔法を使い続けているミルフィ様は急激に知能が発達しています」
「知能が発達」
「はい、ですがまだ彼女は三歳です。発達した知能は周囲の変化や言動に敏感に反応しますが、それは幼いミルフィ様の感情には大きな負担になっていると思われます。小さな器にバケツで水を大量に注ぎ入れている様な状態だと思って頂けるといいかと」

 セドリック様の反応を見ながら話す。
 彼は五歳だと聞いていなければ大人と話している様な気持ちになるほど、しっかりしているしこちらの言う事を理解している。だけど感情もそうだとは限らない。

「知能が発達するのは、ミルフィが使っている魔法がそれだけ難しいということ?」
「ええ、そうです。繊細に魔力を制御し、最適な魔力量を使用し魔法を継続して掛け続けること、滋養魔法から強壮魔法への切り替え、そしてまた魔法を継続し掛け続ける。言葉にすれば簡単ですが、実際これを幼いミルフィ様が一日に何度も行うというのは、自分の目で見なければとても信じられないでしょう」

 ミルフィ様は子爵夫人からの暴力で受けた傷を無意識に治癒魔法を使っていたせいで、魔法を使う時の魔力制御の方法は体が覚えてしまったのだろう。
 その証拠に、ミルフィ様は未だに魔力制御だけ行おうとするのは苦手そうだが、魔法の掛け方は完璧だ。
 
「僕に魔法を掛けることが、ミルフィの負担になっているの」
「いいえ、そうではありません。むしろセドリック様に魔法を掛けていることはミルフィ様の心の励みになっているのではないかと」
「励み?」
「ミルフィ様は、私以上に周囲の人の気持ちに敏感なのだと思います。そして自分が嫌われることを恐れているように思います」

 先程ルーシーに兄のマイケルのことを尋ねた時、ミルフィ様は急に話題を変えてしまった。
 普段のミルフィ様であれば、こちらの話が終るまで待っているのにあの時はかなり強引だった。

「失礼ですが、ルーシーさんはマイケルとあまり仲が良く無い?」
「え、あの、どうしてそれを」

 ルーシーが不思議そうにしているが、これで確信が持てた。

「先程ミルフィ様は、あなたがマイケルの話をするのが嫌なのだと感じて話題を変えたのではないかと」
「え、でもミルフィ様は私の家の事情なんて何もご存知ない筈です」
「ええ、ですから、ミルフィ様は理由は分からないものの、あなたが嫌そうにしていると感じたから止めさせたのですよ」

 だとすればミルフィ様は、私が思っている以上に優しく繊細な方だ。
 彼女が嫌だと思っているから、話題を変えよう。そう考えられるのなら、その時自分がいきなり話題を変えたことで私やセドリック様がどう思うかまで思い至るだろう。
 それでも、嫌がっているルーシーを庇おうとしたのだ。

「そんな……」
「私がマイケルの名を出したのが悪かったのです、申し訳ありません」

 マイケルとは、学生時代学校の魔法大会で戦ったことがある。
 彼はホーバス伯爵家の嫡男で、頭が良く剣も魔法も得意な社交的な男で私とは仲が悪かった。人付き合いが苦手で灰色の髪と目をしている私を良く馬鹿にしていたから、魔法大会で彼に圧勝出来た時は胸のすく思いだった。

「いいえ、兄……他の兄弟とは仲が良く無いのです。母は後妻として嫁いだもので私だけが母の子なもので」
「そうだったのですか」

 そういえば彼の上には姉が三人いて、彼の母親は彼を産んですぐ亡くなったのだったか?
 ルーシーは成人したばかりに見えるから、マイケルとは五歳程度は離れていることになる。それだけ年が離れていれば話も合わないだろう。
 
「母は兄達に好かれていましたが、なぜか私は目の敵にされていていました。父が三年前に病で亡くなり、私は行儀見習いでこちらのお屋敷にお世話になる事に……」
「伯爵代理をしているという方はなんと?」
「父の弟が、父が病で伏せるようになってから領主の仕事をしてくれていますが、私のことは家族ではないのだから口を出すなと兄に言われて」

 本来なら、結婚準備に入っていておかしくない年頃の女性を行儀見習いに出すということは、結婚させるつもりが家に無いということだ。
 父親が亡くなったのなら、彼女は兄に家から追い出されたということだろう。

「そうでしたか」
「私、兄に優しくされた思い出がありません。両親は末っ子の私を大切にしてくれていましたが、父の死後母は離れに押し込まれてしまいました。兄は母とは仲が良かったと思っていましたが、違っていたのでしょう。そんな関係ですから、つい兄の名前が出た時に顔が強張ってしまったのだと思います。でも、それをミルフィ様が気付いて下さったなんて」

 ミルフィ様を見下ろすルーシーの顔は、記憶の中のマイケルとあまり似ていない。
 薄い青色の瞳は同じでも、彼女は優しい顔立ちで薄い金色の髪だし、マイケルは茶色の髪で少し目つきがキツイから印象がだいぶ違う。

「そうか、そういう理由で……」

 セドリック様はそう呟くと、何か考え込む様にミルフィ様とルーシーを見ていた。
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