後悔はなんだった?

木嶋うめ香

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ミルフィのリボンの行方5

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「そうなの? そんなこと分からなかったな」

 兄様はキム先生とは違う意見の様だ。
 キム先生と兄様の差は何だろう。
 パティが私を睨む様に見る時があるけれど、そんなに露骨な視線ではなかったと思う。
 でもキム先生は気が付いていて、兄様は気付いていない。

「いつもではありません。私は少し気配に敏感な方なので気が付いただけです」
「敏感」
「びんかん?」

 兄様は言葉を理解して考え込み、私は分からない振りをしてキム先生を見る。

「敏感というのは、小さな変化や動きを感じてしまうことです。私の場合誰かに向けられる悪意等を感じ取ってしまうのです」

 成程、つまりキム先生はパティが私に向ける悪意を感じ取って、パティの方へ視線を向けてパティの視線に気が付いたということなのか。
 そういえば、私もパティの視線に敏感かもしれない。ふと気が付くと私を睨んでいるパティに気が付く。

「キム先生、それはパティがミルフィになにか悪い感情を持っているということですか?」
「例の夫人とは違い、あからさまに悪意を向けているわけではありませんが、嫌な感じの気配がある方を見るとパティがミルフィ様を険しい表情で見ていることが度々あって気になっていました」
「そうですか、この事父には」

 兄様は本当にしっかりしている、と思う。
 本当に五歳なのかと疑いたくなるけれど、キム先生は気にしていないようだ。勿論メイドのルーシーも。

「侯爵に話すかどうか悩んでいました。私がこの侯爵家の使用人について口を出す権限はありませんし、すべての使用人が雇い主やその家族と関係が良好というのは無理な話です。お互いの相性もありますしね。ですからなるべくミルフィ様と行動を共にして、見守っておりました」

 それはそうだ。そもそも私はジョゼットにもパティにも迷惑を掛けていたし、前回の記憶が戻り家庭教師だった子爵夫人の暴力が無くなり私の我儘に理由があったと言われても、パティは納得していないのかもしれない。
 それにしても、キム先生が最近私と良く一緒にいてくれたのは私を心配していたからだったのか。
 これは、どう言い表せばいいのだろう。心の奥底がむず痒い気がする。
 パティのことが理由でも、キム先生は私を心配してくれたのだ。
 この感情は嬉しいのだろうか、それとも申し訳ない?

「……どうしたの、ミルフィ」

 私を見つめる三人の目は、皆心配そうだ。
 私がパティの行いに傷付いていないかと、心配しているのだろう。
 私なんかを、一番身近にいたパティが私に悪意を向けているのに、そんな私を心配してくれる。

「ミルフィ、我儘な悪い子だったから、いい子になるって決めたけど」

 理由があったことことはいえ、落ち込む。
 本当はパティだけでなく、私が心を入れ替えたのは一時的なものだと思っている人がいるかもしれないと思うだけで背中に冷たい汗が流れる様な気持ちになる。
 だって我儘だったのは事実だから。
 
「ミルフィが悪い子だったから、パティにたくさん迷惑かけたから、だから」

 たった三歳の子もの我儘でも、パティにとっては避けたくても避けられない嵐の様なものだっただろう。
 今は良い子だと言っても、過去を思い出し理不尽だと感じて恨みを抱いているのかもしれない。
 パティが前にジョゼットに言っていた、自分だって貴族の令嬢だったのにというのはただの切っ掛けだろう。パティは私を嫌いなのだ、ただそれだけなのだろう。

「ミルフィ、勘違いしてはいけないよ。ミルフィが過去パティに何か迷惑を掛けていたとしても、パティがミルフィの物を盗んでいいことにはならないし、意図的に周囲にミルフィを悪く思わせ様とするのも違うんだよ」

 落ち込む私を兄様が慰めてくれるけれど、兄様から冷静な口調でパティの行動を言われると、やはりパティは私を周囲に悪く思わせようとしているのかと悲しくなってくる。

「悪く思わせる?」
「そうだよ。なぜそんなことをしたいのか分からないけれど、パティの行いはミルフィが悪い子のままだと思わせ様としてるとしか思えない」

 兄様の鋭い目線に、思わず体が震えてしまう。
 兄様がどうしてこんなに怒っているのか分からない、まさか私の代わりに怒っているのだろうか。
 でも、どうして? 悪い子だと思われているのは私で兄様ではないのに。

「お兄ちゃま、怒ってる?」
「ミルフィは腹が立たないの」
「……ミルフィ、分からないの。嫌いって思われてたら悲しい、リボンも盗られて悲しい」

 もしリボンを取り返して貰えたとしても、兄様が選んでくれた大切なリボンの記憶は、パティが私に嘘をついて盗んだリボンになってしまった。
 リボンが戻ってきたら嬉しいけれど、でもそのリボンをもう使うことはないだろう。
 きっとリボンを使う度に、悲しい気持ちになってしまうだろうから。

「お姉ちゃまみたいに思ってたのになあ」

 私が知らないところで、前回もパティは私を悪く言っていたのだろうか。
 でも前回はそれは本当のことだったから、言われても仕方が無かったのかもしれない。
 前回のパティは、どんなことを言っていたのだろう。

「ミルフィ頭いたい」

 前回のことを考えていたら、頭が痛くなってきてしまった。
 私を悪く言うパティ、私を避ける夫、私に近付こうとしない子ども達、私は一人だった。

「いたいよ」

 頭を抱えて、それでも前回の自分の孤独と悲しみを考え続ける。
 ずきずきと痛む頭、その痛みの中に前回の記憶が見え隠れしている。
 夫と子ども達、彼らを遠くから見る私。
 夫にも子どもにも興味がない、私は一人で良い。そう自分に言い聞かせて、孤独に耐えていた。
 彼らと一緒にいたのは、パティだった。
 ああ、そうだ、パティが彼らと側にいて、私は最後まで一人で……。

 そうだ、私は最後の最後まで一人だった。
 
「ミルフィ!」
「お嬢様!」
「ミルフィ様!」

 ずきずきと痛む頭、その痛みに耐えかねて私は意識を手放した。
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