後悔はなんだった?

木嶋うめ香

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ミルフィのリボンの行方4

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「あの、セドリック様もミルフィーヌ様もまだ幼くていらっしゃいますので、もう少し言葉を選んで頂けますでしょうか」

 キム先生に向かい、メイドが緊張した表情で制止する。
 キム先生は侯爵家が望んで来て頂いている魔法の師の立場で、メイドは我が家の使用人、当然メイドの方が立場は下だけど、確かに今のキム先生の話は子どもの前でするものではないから、彼女はこの事がお母様の耳に入れば叱られるのを覚悟でキム先生に注意したのだろう。
 彼女の行いは素晴らしいものだ。
 でも、立場が下の者からの注意を素直に聞く人は少ないものだ、キム先生はどうだろう。

「そうですね、考え無しに話してしまいました。申し訳ありません」

 私が様子を見ていると、キム先生は驚いた様にメイドを見つめた後、私達三人に謝罪した。

「私こそ出過ぎた行いを致しました。申し訳ございません」

 キム先生に謝るメイドの所作は、とても綺麗だ。
 しっかりと教育を受け、教養を身につけていると分かる。
 兄様の侍女やメイドは、前回は侯爵家の三女、四女か伯爵家の令嬢達が付いていたと思う。従者も確かそうだった。皆品が良く、立ち居振る舞いが美しかった。
 兄様付きの者たちは行儀見習いで来ていた者が多かったけれど、上位貴族でも令嬢が三人もいれば末っ子まで持参金を用意出来ない家もあるから、行儀見習いといって働きに出しているとしながらそのまま結婚せずに働き続ける場合もあったらしい。
 彼女は確か前回の時、兄様が亡くなるまで専任メイドとして働いていた。
 実は私は彼女の名前すら知らない、勿論どこの家の出なのかも知らない。
 だけど、前回も今も兄様に心から仕えてくれているのは知っている。

 私にもこんな人が側にいてくれたら、と兄様を羨ましく感じてしまう。
 前回は兄様付きだった者達は、兄様が亡くなるまでは兄様付き、亡くなってからはお母様付きになっていた。
 私にはジョゼットとパティしかいなかった。
 癇癪持ちな上我儘だった私に、仕事とはいえ側付きになるのは皆が拒否していたのかもしれない。
 両親が亡くなってからも、変わらず私に付いていたのはジョゼットとパティだけだった。
 私が侯爵夫人だったことを考えると、少なすぎるけれど、その頃の私にはそれが当たり前になっていて周囲に人がいる方が落ち着けなかった。
 ジョゼットが亡くなった後は、パティだけが私の側にいて、私が癇癪を起こして当たる相手もパティだけになった。
 前回、パティは私の癇癪の被害者だった。
 私は彼女を姉の様に慕いながら、彼女にその時の気分で我儘を言い大声を上げた。
 私は酷い主人だった、だから彼女の様に心から仕えて貰えなくても仕方が無いのかもしれない。
 
「言い訳になってしまいますが、セドリック様はとてもしっかりされているので、まだ幼い子どもだということを忘れてしまいます。ですからまた忘れている様な時は教えて貰えると助かります」

 私がぼんやりと考え込んでいると、キム先生はメイドに言い訳めいたことを言っている。
 確かに兄様はしっかりしているから、とても五歳の子どもとは思えない時がある。
 私は大人の意識があるのに、どうもこの幼い体に引っ張られていて感情が制御出来ないことが多いから、兄様の方が私より余程しっかりしている。

「まあ……畏まりました」

 メイドは少し驚いた素振りを見せた後、微笑んで承諾した。
 
「キム先生、彼女はルーシー・ホーバスです。これから彼女と話す機会もあるでしょう」
「キム・ブリーンクです。気軽にキムと呼んで下さい」
「ルーシー・ホーバスでございます」

 突然兄様がメイド、ルーシーの名をキム先生に紹介し始めたから何事が起きたのだろうと私は戸惑いつつ無言で見ていた。
 使用人の名を客に紹介することなど、殆ど無い。 
 パティの名をキム先生が知っているのは、私が彼女の名前をよく呼んでいるからだろう。

「ホーバスというと、あなたのお兄さんはマイケル?」
「はい、当家の長男がマイケルでございます」
「そうか、彼とは何度か学校の魔法大会で戦ったことがあります。今は領地に?」

 先生は、最初会ったばかりの頃よりも感情が分かりやすくなった気がする。
 今は少し嬉しそうに見える。
 ルーシーの兄と仲が良かったのかもしれない。

「ええ、兄は家を継ぐ準備中で、今は伯爵代理をしている叔父の秘書の様な仕事をしております」
「そうですか、ホーバス家の領地は王都からだいぶ離れていますから、なかなか会えそうにありませんね」
「はい、馬車で半月以上かかりますから……」

 ルーシーは家の話はあまりしたくないのか、少し声が暗い気がする。
 もしかしたら、前回の私と兄様の様にあまり仲が良いとはいえない関係だったのかもしれない。
 だとしたら、話を続けさせるのは可哀相だ。

「キム先生」
「はい、何でしょうミルフィ様」
「キム先生は、パティがミルフィの前にいるときとちがうって思う?」

 いきなり話題を変えてしまった私に、兄様は目を丸くしているが、ルーシーはホッとしている様に見える。
 やはり兄の事はあまり話したくないのかもしれない。

「違う、そうですね違うと思います。ミルフィ様に対しては目つきも口調もキツイ時がありますから」

 キム先生の言葉に、今度は私の目が丸くなる。
 先生はそんなところまで気が付いているとは、思ってもいなかったのだ。
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